第11話洒落者ウサギと悪魔の実・2

 さて、トマトを使って野菜嫌いの人(?)に食べさせるメニュー……なおかつ、潔の拘りとして喫茶店にあっても可笑しくないメニューでとなるとかなり作るメニューは絞り込まれるだろう。頼まれるままに何でも作ってしまっては、最早それは喫茶店にあらず。それはただの飯屋と化してしまう。潔は第2の人生として喫茶店のマスターになることを選んだのだ、そこに拘りを持っていたいと心に固く決めていた。


『となると……アレなら良いだろうか』


 潔は作るメニューを決めて、早速料理に取り掛かった。





    ~クローリク視点~


『妙な店が出来た』ーーそんな報告を部下から受けたのは何時の事だったか。この街に関しての事ならば、領主よりも知らない事は無いと自負していた私にしてみれば寝耳に水の報告。即刻調査させてはみたものの、上がってくるのは酔っ払いが見聞きしたのではないかと疑いたくなる様な話の数々。曰く、『異世界と繋がっている』だの『店主は勇者と繋がりがある』だの『毎日の様に領主が足繁く通っている』だの全く要領を得ない。こういう場合、私自らが目にし、耳にし、確かめねばなるまい。実際これまでもそうして生き延びて来たのだ、これからも私はそうするだろう。直ぐ様案内をさせようとしたのだが、心配性な部下に止められた。私の立場を考えると、客が一人でもいると暗殺の危険が拭えないから、せめて警備を万全に整えられる明日にしてくれと。部下達の必死の懇願に渋々承諾する。私は普段の店の雰囲気も味わいたかったのだが……仕方あるまい。逸る気持ちを抑えつつ、その日は仕事をこなした。そして翌日、店に向かうとドアの前には部下兼護衛のリエーフとガリーラが入店を妨害するかのようにドアの前に立っていた。


「お待ちしておりました、ド……」


 と言いかけたリエーフを、右手を上げて制止する。


「その名前で呼ぶんじゃあない、この間抜けめ。私はクローリク、貿易商だ。そうだろう?」


「し、失礼しました」


 リエーフは護衛としては頼りになるのだが、少々頭が堅く融通が利かない所がある。


「ん、解れば宜しい。それで中に客は?」


「おりません、クローリクさん」


「結構。では、行くとしよう」


 そう応え、ドアを開ける。涼やかなドアベルの音色が店主に来店を告げる。


「お邪魔致しますよ」


 ふむ、落ち着きのあるいい内装だと思う。窓は無いが十分に明るいし、よく掃除と手入れが行き届いている。そして店内に漂う何とも言えない香ばしい薫りが、心を落ち着かせてくれる。


「はじめまして、私はクローリク。この街で商いをさせてもらっている者です」


 行儀よく頭を下げると、店主らしき男が呆気に取られた様な顔をして此方を見ている。どうやら、獣人が物珍しいらしい。


「これはご丁寧に。私はキヨシ、この店の店主です」


 ふむ、物腰の柔らかさと気品から見て何処かの貴族家の家令でもやっていたのだろう。それが没落するか何かして、こうして店を開いた……そんな所だろうか?であれば、アレの始末にも期待が持てる。


「此方の店主は珍しい地方の出身と窺いましてな。少しばかりお知恵を拝借したいと思いまして」


 そう言って私は部下のガリーラに持たせたバスケットの中身を見せる。するとどうだろう、店主はその実を『トマト』と呼び、生でも食べられる美味しい野菜だと言う。血をそのまま固めた様な不気味な色をした、この悪魔の実を!しかし、毒はなく食べられると聞けば俄然興味が沸く。あまり野菜は好きではないが、物珍しい食材や料理の話は場を盛り上げるにはうってつけの話題だ。そういうのを手ずから仕入れるのも悪くない。


「どうでしょう?このトマトを使って野菜嫌いの私でも食べられる様な料理を作っては頂けないでしょうか?」


 と店主に尋ねれば快く請け負ってくれた。


「あぁそれと、部下のお2人も立ちっぱなしは疲れるでしょう?どうぞ、お座りになってください」


 と促される。私にチラリ、と視線を送ってくるガリーラ。彼はバスケットを店内に持ち込む為に入ってきたが、リエーフの方はまだドアの前に立ち続けている。恐らくは『店に入ってきていいのか』と確認をしたいのだろう。


『店主は恐らく、店の前に立つ2人にいい印象は持っていないだろう。あからさまに営業妨害だからな……この期に中に入れて、自分の縄張り《テリトリー》に引き込みたいのだろう』


 ドラゴンの巣に飛び込まねば、卵は得られないという言葉もある。ここは飛び込む機会だろう。コクリと頷くとガリーラは表のリエーフを呼びに戻った。そして連れ立って戻ってくると、私の両脇を固めるように座った。行儀が悪いと思いつつも、椅子の上に立ち上がって店主の手元を観察する。あの悪魔の実ーートマトだけでなく様々な野菜を刻んでいる。セロリに玉ねぎ、白く小ぶりなキノコらしき物。そして私の天敵とも言うべき人参まで。あの独特の臭いが駄目で、子供の頃に私を野菜嫌いにしたオレンジの憎たらしいアレを、店主は細かく刻んでいく。


「に、人参も使うのかね?」


「えぇ。香味野菜と言いましてね、味や香りが強くて上手く調理すると味に深みが出るんですよ」


「ほ、ほほう。それは楽しみですな」


 嘘だ。真っ赤な嘘だ。人参なんぞ見るのも嫌なのに、それを食べるなんて!しかし部下の出前、私がそんな醜態を曝す訳には行かない。私は平静を装い、調理の続きを眺めていく。フライパンを取り出し、油を熱し始めた。いい香りだ。そこにニンニクのスライスを入れ、軽く炒めている。ニンニクの焼ける匂いは暴力的に胃に負担を掛けてくる。店主はそこに細かく刻んだ野菜を入れ、よく炒めていく。しかし香味野菜とは、成る程。あの忌々しい人参でさえ、炒めていくと中々良い香りがする。少し位なら食べてもいいとさえ思えるほどに。しかし店主は炒めていた野菜をフライパンから取り出し、再び油を足して熱し始めた。そして今度は肉だ。しかしステーキ等に使うような塊の肉ではない。挽き肉だ、少し傷んで来た肉の質を誤魔化すのに、腸詰めなんかに加工するのに使う挽き肉をたっぷりと炒め始めたぞ?一体何を作ろうというんだ、この店主は。そこに先程炒めていた野菜を入れ、よく混ぜている。更に塩、胡椒、乾燥させたハーブの粉末、よく解らない黒い液体を加えた。恐らくは味付けだろう、塩と胡椒以外はほとんど見た事の無い代物ばかりだったが。そして……


「も、もしやそれは赤ワインかね?」


「えぇ、これで煮込むと味に深みが出るんです」


 当たり前だろう!と私は店主を怒鳴り散らしたくなった。私の商いは多岐に渡るが、一番の資金源はワイン。その扱っているどのワインよりも、惜し気もなくフライパンにぶちこまれているワインから漂う香気は芳醇な物だった。


「さて、仕上げに……」


「な、何をしているのかね!?」


 私は更に愕然とさせられた。店主は悪魔の実を手に掴むと、フライパンの真上で握り潰したのだ。まるで悪魔に血の生け贄でも捧げるかのように。

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