第10話洒落者ウサギと悪魔の実・1

「あの……何か御用なのでしょうか?」


 恐る恐る、潔は店のドアを少しだけ開けてドアの前に佇む人物に声を掛けた。しかし返答はない。それどころか、潔に話し掛けられてもいないかの様に前を向いたまま不動の構えだ。


『何でこんな事に……』


 そんな事を考えながら、潔は溜め息を吐いた。


 店を開いてからもうすぐ1ヶ月程が経つ。相変わらず客足は少ないが、ロベルトが色んな所でその美味しさを吹聴してくれているお陰か、パラパラと客が来るようにはなっていたし、毎日カレーを食べに来るヴェルナーさん(本人は隠しているつもりらしいが、正体はロベルトに確認済みだ)の出入りしているとの噂を聞き付けてか、チラホラと高い身分の方々らしき客まで来るようになった。儲けはほとんど望んでいない、半分趣味の様な店なので潔は現状で順風満帆と感じていた。そんなある日の事である。開店前に店の前を掃除しようと表に出ると、黒い仕立ての良さそうなスーツを着たライオンとゴリラがドアの前に陣取っていた。


「ひっ……!」


 その迫力と圧力に思わず小さな悲鳴を上げると、ギロリと目だけを動かしてこちらを睨み付けてくるライオン。顔はライオンだが、身体は人間の様だ。もしや獣人という奴だろうか?と睨まれた恐怖も忘れてファンタジーならではの存在に少しテンションの上がる潔。だが、ライオンの方は潔を一瞥しただけでまた前を向いたまま不動の構えに戻る。ゴリラの方など潔を見向きもせずにまるで彫像の様に固まっている。


『なんなんでしょうかね?まさか営業妨害?でも他の店に恨まれる程に儲かってはいないしなぁ』


 と、店の前を箒で掃きながらこの2人の目的を推察してはみるものの、思い当たる節が全くない。敢えて言うならご領主様お気に入りの店である、という事ぐらいだろうか。


『まぁ、気にしても仕方がない。いつも通りにやりましょう』


 と、案外楽観的な潔は開店準備を粛々と進めていく。いつも通りにカレーを仕込み、その他作り置きしている物を準備したら開店である。




「あいつら『ジヴォートナイ』だな」


 すっかり常連と化して毎日サンドイッチを食べに来るようになったロベルトに、ドアの前の2人組について尋ねてみた。


「ジヴォートナイ?」


「この街の獣人の互助組織を名乗っちゃいるが、裏じゃあこの街の破落戸ごろつき連中を仕切ってる……まぁ、鼻持ちならない連中さ」


 潔の頭に浮かんだのは、有名なテーマソングと共に葉巻を加えてソファに腰掛ける往年の名優だ。


『〇ッドファーザーかな?』


「やっぱりボスはドン何とかとか呼ばれてるんですか?」


「なんだ、知ってたのか?」


 ロベルトはそう言いながら最近お気に入りのタマゴサンドとカツサンドを交互に口に放り込んでいく。


「ボスの名前はドン・コリーニョ。名前は解ってるんだが、誰も素顔を知らない……が、怒らせたり敵対した相手には容赦しない冷酷な男だって噂だぞ。なぁキヨシ、あんた奴等に目を付けられる様な事したのか?」


「それが思い当たらないから困ってるんですよ……」


 と、潔は今日何度目かの溜め息を吐いた。




 ロベルトが去っていった後も、ライオンとゴリラはドアの前に立ったままだ。入店を邪魔するつもりはない様だが、その威圧感のせいか入って来るのを躊躇っているようで客足は伸びない。まるで開店当初の閑古鳥が帰ってきたかの様だ。そんな時、カランカランとドアベルが来客を告げる。と同時に


「お邪魔致しますよ」


 という声がした……のだが、姿が見えない。一体何処から?とキョロキョロしていると、


「よっこらせっ……と。ふぅ、やはり小柄な体格は何かと不便ですな」


 と言いながら、潔の真正面の席に1匹、いや1人の獣人が跳び乗ってきた。黒いシルクハットにスーツ、それにステッキ。中には赤と黒のチェック柄のチョキを着て、青い蝶ネクタイを締めて片眼鏡を付けている。一見するとマジシャンの様に見えなくもないが、それがビシッとキマって見える辺り中々の洒落者だ。


「はじめまして、私はクローリク。この街でちょっとした商いをやらせて貰っている者です」


「これはご丁寧に。私は潔、この店の店主です」


潔はそう言いながら、目の前のクローリクを名乗るウサギに深々と頭を下げた。


「……それでクローリクさん。今日は一体どんな御用でしょう?」


「いや、此方の店主は珍しい地方のご出身と窺いましてな。少しお知恵を拝借したいのです」


「はぁ。非才の身ではありますが、貸せる知恵ならば何なりと」


「ははは、そんなに畏まらなくても。ガリーラ、例の物を」


 クローリクがそう声を発すると、表に立っていたゴリラ獣人がバスケットを抱えて店の中に入ってきた。そのバスケットの中にはーー


「これはまた……見事なトマトですな」


「知っておられるのか?この『悪魔の実』を」


「悪魔の実?」


「左様、私の仕事は貿易商でしてな。何か目新しい商品を、と西の方から買い付けたのですが……この血の塊ような見た目から気味悪がられましてな。全く売れんのです」


 困ったものです、と肩を竦めるクローリク。


「クローリクさんは召し上がった事は?」


「お恥ずかしながら、私の立場を考えると万が一毒だった場合取り返しが付かないので食べた事は……」


「成る程、賢明なご判断かと」


 しかし、潔の目にはとても美味しそうなトマトに見える。色艶も良いし、皮にハリもある。ヘタも萎れていない。新鮮そのものだ。


「それで、私にどうしろと?」


「もしこの悪魔の実……トマト、と言うのでしたかな?これが食べられると言うならば私に食べさせて欲しい」


「生で丸かじりでも食べられますが……」


「いやその、実は私はあまり野菜が得意ではなくてですな」


「えっ?」


「野菜より寧ろ、血の滴る様なステーキや新鮮な魚等の方が好みでして」


 そりゃあ獣人を動物と一緒にする気はない。が、ある程度は姿の似通った動物と食の好みは似るのでは?と潔は思っていたのだが。まさかの肉食ウサギである。あまりにも予想外すぎてきょとんとしてしまった。


「どうでしょう?このトマトを使って野菜嫌いの私でも食べられる料理を作っては頂けないでしょうか?」






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