第6話違和感の正体は

 衛兵隊の中隊長を名乗ったロベルトは、翌日の昼過ぎにもやってきた。そして、代金の追加をもう少し待って欲しいと頭を下げてきた。


「妻にも相談したのだが……どうしても小遣いの前借りを許してもらえなかった」


 世知辛い世の中だなぁ、と潔もそっと心の中で涙を流す。だが、潔は追加の代金など端から要求するつもりはなかった。むしろ、貰いすぎているのだから返さなくてはならないというのが正直な所である。そもそも、ロベルトが置いていった金貨を買い取りに出したら店員さんに出所を尋ねられて困ってしまったのだ。店員さん曰く、見た事の無いデザインの金貨な上に保存状態も良好。是非買い取らせて貰いたいーー盗品で無いならば、と。盗品を盗品と解っておらずに買い取るのは犯罪ではない……が、要らぬトラブルを招き寄せる可能性が非常に高い。それを避けるには怪しい品は買い取らないのが一番なのだが、どうにもこの店員は買い取りたいらしい。


 結局潔が引き取って来たのだが、店員の名残惜しそうな顔が印象的だったなぁと思い出して潔が苦笑する。そんな様子を見て怪訝に思ったのか、ロベルトが眉根を寄せている。


「キヨシ殿、どうかされたのか?」


「あぁいや、実を言うと……ロベルトさんに提供した料理とコーヒーの代金は金貨だと貰いすぎなんですよ」


「…………は?」


 ポカンとした表情で、ロベルトが固まっている。


「あれはこの国だと銅貨数枚程度で食べられる程の安い物なんです。それこそ、金貨1枚で数十回は食べられる位の」


「う、嘘を吐け!幾らこの街が港町だからと言って白パンに他国からの輸入品であろうコーヒーとやらが、銅貨数枚で飲み食い出来る筈がない!」


 ん?とここで潔は違和感を覚えた。目の前のロベルトは今『港町』と言った。潔の店がある地域は港から結構な距離があり、とてもではないが港町とは呼べない地域だ。


「……ロベルトさん、つかぬ事をお聞きしますがこの街の名前を教えて貰えますか?」


「寝惚けているのか!?ここはウィシュト帝国一番の港町コニアだろうが!貴様、やはりこの街……いや、この国の者ではないな!」


 ロベルトがまたも腰に佩いた剣を抜き放つ。が、潔はそんな事よりも頭の中がパニックに陥っていた。ウィシュト帝国?コニアの街?そんな地名も国名も聞いたことがない。そもそも、地球上に今現在『帝国』という国は存在しないはずである。そしてラノベを嗜む潔の頭に浮かんできたのは、馬鹿げていると思いつつも考えれば考える程にしっくりと来る答えだった。


「ここはまさか……異世界?」





「さぁ答えろ!貴様は何者で、何処からやって来た!何が目的だ!?」


「そう言われても……」


 再び喉元に突き付けられる剣に怯えつつ、どうしたものかと思案する潔。すると丁度その時、ドアベルがチリンチリンと鳴り響き、来客を告げた。


「なんじゃ、騒々しい。何をしとる?」


「お、大家さん……!」


 店内に入ってきたのは、紛れもなく潔にこの店を貸してくれたあの謎の老人だった。


「何だ、貴様もこの男の仲間か!怪しい奴め、衛兵の詰め所で取り調べてやるから来い!」


「ふむ、何となくじゃが状況は理解した。どれ小僧、少しこっちに来い」


「こ、小僧だと!?」


 よぼよぼの老人に小僧呼ばわりされたロベルトは鼻白むが、すぐに調子を取り戻して老人の後についていく。そして店の隅に行くと、老人がロベルトに耳打ちを始める。ロベルトの顔が驚愕に変わり、次第に青ざめて最後には顔面蒼白になっていく様は正に、百面相と呼ぶに相応しい位の変化だった。


「さて、判って貰えたかね?」


「は、はいっ!失礼いたしました!」


 ロベルトの大家さんに対する態度は先程とは打って変わって、目上ーーそれもかなり上の立場の人間に接するようにガチガチの物に変化していた。


「今日はこの後彼との話があるでな。このまま帰ってくれると有り難い」


「はっ、失礼致します閣下!」


 閣下?大家さんは実は10万歳オーバーの悪魔だったりするのだろうか?相撲好きの。なんて明らかに場違いな事を考えながら、ぼんやりと大家さんとロベルトのやり取りを眺める潔。


「さて、お前さんも頭が混乱しておるじゃろう。儂の秘密を話そう……コーヒーでも飲みながら、な」





「勇者……ですか?」


「そうじゃ。儂は15の時に『こっち』に召喚されてな、それから10年かけて魔王を討ち倒してこの世界を救った」


 老人の語った秘密。それは老人がこの世界では世界を救った英雄として奉られている、ということ。


「その時に魂の位が上がって亜神となってな。不老不死なんじゃよ」


「え、でも、その姿は?」


 15で召喚されて10年戦ったのなら25歳で神様の親戚になったと言う事だ。しかし目の前の人物はどう見ても、60代中盤の潔よりも歳上に見える。


「そこは魔法でチョイとな。姿を変えておる」


「……はぁ」


「意外とジジィじゃと得が多いでな」


 ふぇっふぇっふぇ、と笑う老人に気の抜けた返事をするしかない潔。


「お前さん、あんまり驚いとらんのぅ。つまらん」


「いや、驚いてますよ。驚きすぎて頭が整理できていないというか、逆に冷静になってしまいまして」


「信じるのか?こんな突拍子も無い話を」


「信じざるを得ない、というのが正直な所です。窓が無くともドアの隙間から景色は見えますから」


 ロベルトが出入りしていたドアの隙間から垣間見えた景色は、どう見ても中世ヨーロッパ的な香りがした。


「そうか。このドアベルが魔法の道具……マジックアイテムになっておってな。このドアが此方と彼方を繋いでいる」


「凄いモノなんですか?」


「あぁ。妖精の女王の魔法が籠められた一点モノじゃ。売ればドアの向こうの世界ならば小さな国1つ2つ買えるだけの価値がある」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む潔。そんな高価なモノをドアにぶら下げておいて良いのだろうか?


「安心せい。このドアベルは害意をもたらす者を決して通さん。万が一店の中で暴れようものなら、そいつは痛い目に遭うからの」


 どんな目に遭うんですか?とは聞けなかった。


「それで……私にどうしろと?」


「お前さんの自由にしたらエエ」


「はい?」


「半ば騙したような形になってしまったからの。無理に店を続けろとは口が裂けても言えん。ただ……この世界は料理の発展が遅れておる。現代日本に暮らす儂らからすれば悲しくなる程にな」


 まぁ、魔物がおるから生きるのに必死じゃから当然よな……と老人は寂しげに笑う。


「すまんな、儂も10年の旅の内に仲間を多く亡くした。仲間達にはいつか平和になったら儂の故郷に招待して、魔王討伐の宴をしようと約束しておった」


「じゃから、少しでも此方の世界の料理の発展が出来ればとお前さんに声を掛けた。じゃが……」


 老人は声を詰まらせた。筆舌に尽くしがたい思いがあるのだろう。


「大家さん、私は続けますよ。この店を」


「なんじゃと?本気か」


「えぇ。こう見えて私、結構ファンタジーに憧れてましてね。世界を救った勇者様に頼まれるなんて光栄ですよ」


「お前さん、変な奴じゃな」


「お互い様ですよ」


「じゃが……儂の目に狂いはなかった。お前さんは良い男じゃ」


 そう言って朗らかに笑いながら老人が右手を差し出した。潔は差し出されたその手を握り返す。


「改めて、よろしくのぅ」


「こちらこそ」

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