第4話マスターと妙なお客・1


 開店して間もなく、ドアが開いた。初めてのお客だと嬉しくなりながらも、潔はその喜びを押し殺してなるべく平常心で出迎えようと微笑みを浮かべて待ち構える。そうして入って来たのは……戸惑いを隠せない表情の外人コスプレイヤー(?)だった。潔もその出で立ちに困惑するが、その感情を押し殺して笑顔をキープ。


「いらっしゃいませ」


 と声を掛けると、ビクッとオーバーに驚かれた。服装は鎧姿。中世の騎士のようなフルプレートメイルではなく、胸当てや肩、肘などの関節部分だけを金属で保護した革鎧というのがまたリアリティを感じさせる。潔もコーヒーのお伴には音楽の他に読書を嗜む事もあってか、ファンタジー小説なども有名所は大体押さえている。そんな作品の中でもプレートメイルというのは全身金属製の為に重い上に高価な為、貴族階級の裕福な者だけが使い、民兵等は部分的に強化した革鎧を使う事が多かったのだ。傷の付け方もいかにも『使い込んでいる』感じが出ていて、見事の一言だ。しかし潔は端と思い返した。今は6月の下旬、ハロウィンは4ヶ月も先だし、この辺りでコスプレイベントなどやっていただろうか?と。


「お、おい貴様。こんな所で何をしている?」


 明るいブラウンの髪に碧眼の、いかにも外国人丸出しのその男は、潔の予想に反して流暢な日本語で話しかけてきた。もしかすると日本の在住歴が長いのか、はたまた日本人とのハーフか。そんな事を頭の隅で考えながらも、相手が警戒心丸出しで威嚇してきているので潔はなるべく刺激しないように、朗かに応える。


「何って、商売ですよ。今日が開店日でしてね、お客様が第一号なんです」


「しょ、商売……だと?」


「えぇ。ウチは喫茶店でしてね、紅茶はまだ準備しておりませんが、各種コーヒーと軽いお食事位なら出せますよ。召し上がります?」


 そう淀みなく告げると、男は益々困惑した顔になってしまった。


「コーヒーというのが何かは解らんが……貴様は先程『紅茶』と言っていたな。紅茶とは、あの紅茶か?」


「? はい、あの紅茶がどこの産地を指しているのかは解りません……が、紅茶は紅茶でしょう?」


 潔も訳が解らないままそう応えると、男は渋面を作ってブツブツと呟き始めた。


「バカな……こんな所にサロンだと?まさか他国の密偵、いやいや。それならばもう少し情報収集のしやすい場所に……」


「あの、それでどうされるんです?何か召し上がります?」


 考える事に没頭していた男はハッと顔を上げ、


「そ、そうだな。では簡単につまめる物とそのコーヒーとやらを貰おうか」


 そう言って男はカウンターの中央、潔の真正面に腰かけた。


「はい、かしこまりました」


「そう言えば名乗っていなかったな。私はロベルト、この街の衛兵隊で中隊長をしている」


「これはこれはどうもご丁寧に。私は佐藤潔。佐藤が名字で、潔が名前です。どうぞ気軽にキヨシと呼んで下さい」


 衛兵隊の中隊長か。中々凝った設定だなぁ、と心の中で思いながら、潔はコーヒーの支度を始める。





~ロベルト視点~


 何者なのだろう、この老人は。ロベルトの頭の中を占めるのはその疑問だ。自分が衛兵であると名乗っているのに、物怖じしないこの胆力。大抵の街の住民は、衛兵に話しかけられたというだけで怯えたりするというのに、この老人は笑みを崩さない。更には老人の口から出た『紅茶』という単語。コーヒーとやらは何か解らないが、紅茶は解る。だが、紅茶は高級品だ。この街ーーウィシュト帝国でも一、二を争う港町であるコニアの街でも、紅茶はほとんどが中央や地方の有力貴族の為の輸入品。領主が少量を買い付けてはいるらしいが、街の住人の口に入る事などまず有り得ない。だが、この老人は事も無げに『まだ準備していない』と言っていた。つまり、何れはここで紅茶を提供する予定なのだ。そして極めつけは事。名字は貴族か、その功績を認められた大商会の一族位しか名乗る事を許されない、身分の象徴だ。つまりはこの人の良さそうな老人の前で無礼を働けば、自分の首は落ちても可笑しくない。それも、社会的な意味ではなく、物理的にだ。思わず緊張から、ゴクリと生唾を飲み込む。


「……あぁ、忘れていました。こちら『お冷や』です」


 オヒヤ?オヒヤとは何だろう。そうして老人から差し出されたのは、歪みの無いガラスのグラス。そしてそこに入れられた、氷の入った水だった。


「こ、氷…だと……!?」


「えぇ。衛兵の方なら一日中歩き回っていて喉も渇いているかと思いまして。冷たい水よりも温かいお湯の方が良かったですか?」


 理解が追い付かない。なんなのだこの店は。この時期に氷を出すだと?それもたかが水を冷やす為だけに。冬ならまだしも、夏も近付くこの時期にどうやって氷を準備したのか。まさか、魔導師を雇っているのか?


「水はおかわり自由です。好きなだけ飲んでください」


 老人に促されてグラスに口を付ける。冷たい!氷の入った水の涼しさが、喉を通り抜けていく感触が心地好い。思わず一気に飲み干し、傍らに置いてあった水差しからお代わりを注ぐ。その間に老人は何やら豆のような物をよく解らない機械のような物にいれて、ハンドルを回している。その度にゴリゴリと音がしているので、恐らくはあの機械は石臼のような物なのだろう。それを使ってあの豆を粉にしている。それをこれからどうするのかは解らないが、恐らくは紅茶のように飲み物にして提供してくれるのだろう。無料タダの水に氷を入れてくれる程のサービスの良い店だ、きっとそのコーヒーとやらも美味い事だろう。


 老人は、粉にした先程の豆を漏斗のような物に入れていく。その傍らでは竈にヤカンがかけられて、湯が沸いているのかシュウシュウと湯気を上げている。その沸いたお湯をさっきの漏斗に注ぐのかと思いきや、別のポットにお湯を入れている。


「何故お湯を移すんだ?」


「沸騰したお湯だと熱すぎて、コーヒーの雑味が出てしまうんです。美味しく淹れるには、少し冷ました位が丁度いいんですよ」


「へぇ…… 」


 そう言えばそんな蘊蓄を、俺と給料が大して変わらない同僚が語っていた。独身で薄給のくせに紅茶狂い。そのせいで嫁すら娶れていない。本人は結婚する気が無いだけだと嘯いていたが、恐らくは強がりだろう。老人は今度こそ、漏斗に少しずつお湯を注いでいく。円を描くように、少しずつ。やがて入れ終わったのか漏斗を外してカップをこちらに差し出してきた。


「どうぞ、コーヒーです」


「ありがとう」


 さて、どんな味なのだろう?香りは香ばしく、凄く落ち着く香りだ。どれ、味は……と啜った瞬間、襲ってきたのは強烈な苦味と酸味。まさか毒か!やはりここは怪しい店だったのだ、そうでなくては衛兵だと名乗った私に毒を飲ませる必要など無いはずだ。


「おのれ貴様、よくも私に毒を盛ったな!」

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