第63話 魔界より来る者

 立体駐車場三階は惨憺たる光景が広がる。

 水着ギャル風魔ルゥナは突如牙を剥いたジャスコ姫に噛み付かれ、どくどくと血を流してしまっていた。その血をワインでも味わうかのようにジャスコ姫は啜り、恍惚な表情を浮かべる。


「ああ、なんと極上なのかしら。この森羅を喰らい、私の魔力とする……ふふ、また強くなれるわ。ご馳走様……」

「ぐっ……くっ……なんの、これしきッ……」


 着物の帯に拘束されてしまっているが、口は動く。ルゥナは言葉を舌の上で高速で転がす。


「ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ・マカバサラクロダヤ・トロトロ・チヒッタチヒッタ・マンダマンダ・カナカナ・アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ」


 自身の蛇性を強化させる軍荼利明王の真言だ。刹那、ルゥナの体に変化が起き、ずるりと水着姿の頭から脱皮。着物の帯から抜け出すことに成功した。さらに脱皮の瞬間、ジャスコ姫の頬目掛けて「尻尾」を鞭のようにしならせて打ち付ける。


「即席蛇ギャル忍法――〈尻尾ビンタ〉! ちっ、即席過ぎてネーミングセンスもいまいちって感じ……」


 脱出と同時に反撃し、ルゥナは脱け殻を帯で締め付けているジャスコ姫から距離を稼ぐ。


「あら、面白い姿をしているじゃない、あなた……」

「……あたしはあまりこの姿を見せたくないけど、仕方ない」


 ルゥナが嘆息したように、今の彼女の姿はほぼ全裸。しかし、下着を纏ったように、胸元や股間には黄色や緑を基調とした鱗が鎧のように覆われていたのだ。さらに、大きな特徴として、腰からは長い尻尾が伸びている。


「ルゥナサン、その姿は……」


〈避雷針〉で足を負傷したハマが【水銀棍】を杖にしながら尋ねる。


「フリーザみたいな姿でしょ? これは人間と蛇の中間の姿。蛇よりも小回りが聞くけど、あんまり可愛くないのが欠点って感じ?」

「変幻自在。ルゥナは、本当に忍者……」

《▼それはそれとして……ジャスコ姫。あなたは一体何なんです?》


 アンナとアレキサンドリアもルゥナの傍に駆け寄り、射貫くようにジャスコ姫を見つめた。

 牙を剥き出しにし、妖艶に笑うジャスコ姫。その姿は人間とはとても思えない。


「そうね、あなたも変身してくれたことだし、私も真の姿を見せようかしら……」


 間を置かず、ぼおっとジャスコ姫の全身が紫の炎に包まれ――

 彼女もまた「変身」を果たしたのだった。


 透き通るような白い肌と、見る者を魅了する妖艶な美貌はそのままに、体は大きく変化。大胆に露出した胸元と臀部。レオタードにも似た黒い衣装を着ているように見えたが、それは獣の如き体毛であった。魔力が流れているのだろう。髪の毛がイカの足のようにくねくねと動く。

 まるで淫靡な妖精。これこそが、ジャスコ姫の「真の姿」なのだという。


「なに……その、バニーガールみたいな格好……あたしが言える立場じゃないけど目のやり場に困るでしょ……」

「……ですが、はっきりとしましたネ! ジャスコ姫、あなたはこの世界の人間でも妖怪でも精霊でもない……魔界の住人だと」


 ハマが名探偵のように怜悧な瞳を輝かせ、びしっと指を差す。


「魔界の、住人」《▼またまた御冗談を》とアンナたちも驚愕するが、


「そうよ」


 ジャスコ姫は嫣然と微笑んで認めるのだった。


「……最初に会った時『ここ』の人たちには、発音できない名前だと仰っていましたからネ。まるで自分が別の世界から来たような存在だと言わんばかりに」

「……やっと化けの皮を暴けたと思ったらびっくり仰天驚き桃の木二十世紀って感じ。でもま、歴史に残らない、謎だらけの人生を歩んできたあんたらしいとも言えるかも」


 肩を大きく上下させ、息を吐くルゥナ。

 ジャスコ姫は妖しく唇にそっと指を添え、語り始めた。


「そう、私は魔界からこの物質界に流れ着いた身。魔界というのは闘争が全ての世界よ。悪魔が、怪物が、魔物が跋扈し、力のある者が魔界全土を支配していたの。そして私はその闘争に敗れ、命からがら逃げだした身。残る魔力で門を開いた私は、この物質界の日本へと辿り着いた。それが、四百年以上も前の話」

「まさか、その後に信長と出会って……」

「そうよ。この物質界において最も魔王に近い存在であり、野心の持ち主だった。そこで私は信長様に近付き……愛した。愛された。その末に、信長様にも魔力が宿り……後はわかるわね? 魔王信長となった彼は、この物質界を統べようとした」

「つまり、あなたが何もかもの元凶だったというわけですネ」

「ふふ、そうよ。けれど、私はただ魔力の種を与えただけ。ここまで力を開花させたのは、信長様の天賦の才によるもの」

「……それで、信長は明智光秀……いや、十兵衛様に斃され、その後も復活するようになったけど、その間あんたは何をしていたわけ? 今まで魔城に現れたという記録はないはずだよ!」

「ええ、私は何もしなかったわ。ただ、この物質界の各地を旅し、妖魔の力を吸収していただけ。その最中ね、私も魔力が溜まり過ぎていると発散させたくなっちゃうのよ。そういうわけで遊んでいたら、あら不思議。この物質界の獣が魔獣に変わってしまったことがあったわ」

「まさか、フィールサンが相手にしているジェヴォーダンのコトですか?」

「ふうん? そう言われているのね。とにかく、私はこの四百年間……人間に化け続け、各地を転々としていた。そして……今年になって、私は復活した信長様に再会したの。今度こそ悲願を達成させるためにね」

「……なんで今になって信長と……何回も復活していたのに……」


 拳を握りながら、ルゥナが尋ねるとジャスコ姫は不快極まる高笑いを始めた。


「それもまた私の計画よ。全ては世紀末……最も聖人の加護が落ちる、魔力が高まるこの時――一九九九年になるまで、信長様は負け続けたのよ」

「え……?」

「今までの魔城は全て、今回の復活のための布石。今の信長様は最高の状態なの。そして、ジャスコの力を手に入れ、全てを統べる。その後は、魔界へ進出し……私を追い出した馬鹿どもたちをジャスコで屈服させるの。そのためにも――」


 にっと牙を剥き出しにし、ジャスコ姫は優雅に身を躍らせる。

 そして、身を屈めると、


「あなたたちの森羅――もっと私によこしなさい!」


 獣のような俊敏な動きで魔界の住人――ジャスコ姫は疾駆を開始した。

 手にはナイフのように鋭い爪。それを研ぎ澄まし、ルゥナに向けて振り下ろす!

 旋風を纏ったかのような力が、蛇人間であるルゥナと激突。


「疾……ッ! どうなってんの!?」


 ルゥナは必死の形相でジャスコ姫の猛攻を防ごうとするが、


「はっ!」


 蝋のように白い足に蹴り飛ばされてしまう。


「ぐっ……超、痛い……」


 立体駐車場の天井や床をゴムボールのように跳ね回るルゥナ。霊力を込め、ガードをしなければ一気に瀕死となっていただろう。


「よくも、ルゥナを! 〈オア・ロヴェの矢〉!」


 アンナが音響術を行使。神々の力により、矢が、棍棒が、槍が次々と具現化し放たれる。しかし、ジャスコ姫はその全てを回避し、


「甘いわね、お嬢ちゃん」


 アンナのシャツを破り裂くように爪で引っ掻いた。


「……まさか、さっきのルゥナサンへの噛み付きのせいでしょうか?」

《▼その可能性は大です、ハマ》


 ハマが【水銀棍】で突きを繰り出し、アレキサンドリアが〈S・GRADIUS〉を左手に出現させてジャスコ姫に攻撃をするが、やはり軽くあしらわれてしまう。


「ええ、そうよ。私はこの物質界に伝わる、吸血鬼やサキュバスに似た存在……そうね、吸魔姫……とでも言っておこうかしら? 森羅や魔力を吸収し、己の力に変えることができるの。ふふっ。蛇女から新鮮で、濃厚な森羅をいただいちゃったから、私も力が漲っちゃったのよ」


 そう言うとジャスコ姫は大胆にも回し蹴りをハマとアレキサンドリアに放つ。コマのように弾かれ、二人は立体駐車場の柱に激突。


「さあ、お遊びはこれまで。私が大技を見せてあげる」


 ジャスコ姫の全身が妖しく輝く。素の身体能力が高いというのに、さらにジャスコ術を使おうというのだ。

 絶対的絶望。そんな言葉が、傷だらけのルゥナの頭に浮かぶ。


「何をする気?」

「私が意味もなくこの立体駐車場に現れたと思わないことね。ジャスコ術――〈駐車誘導〉……」


 ジャスコ姫の手に交通整理の係員が手にしているような赤い誘導棒が出現。さらに口には笛が咥えられていた。


「嫌な感じ……」


 ジャスコ姫が誘導棒を振り、笛を吹く。すると、立体駐車場の彼方から――

 車が出現した。軽自動車からワゴン車、スポーツカーと様々な種類の車たちが、ジャスコ姫に誘導され――ルゥナたちに突進してくるのだ。


「もう、泣きそうって感じ……あれ、一発でも当たったら即死じゃん……」

「……しかし、これを凌げば活路は開けますヨ。これだけの力を再現するジャスコ術となれば、消費する魔力も甚大なはず」

「なるほど、マダンテってわけね」

「つまり、アンたちは……」

《▼このバッファローの如き車の群れを全て破壊しなければならないというわけですね。無理ゲーではありません。諦めたらそこでゲームオーバーです》


 満身創痍の女性陣が車の群れを前に頷き合う。


「どうしたの? 遺言があったら聞くわ」


 立体駐車場の中央に立ち、車を誘導しているジャスコ姫は不気味に笑う。どうやら、この術の使用中は誘導に徹しなければならず、身動きができないらしい。ならば、やはり好機だ。


「あたしたちは最後まで足掻いてみせるッ! 命を賭けて、やってやるぜッ!」


 ルゥナたちの目前に猛スピードで迫る車たち。それに向けて、


「もう遠慮はいらないっ! 【パラパラ花火】、全弾投入!」


 ルゥナがスクールバッグからありったけの鼠花火を取り出し、車の群れに火の霊力を込めて投擲。刹那、花火は爆弾となって炸裂し、車を大炎上。他の車をも巻き込んで大クラッシュを始めた。


「では、朕も……二千年の修行の成果、今ここに全て発揮しますヨ! 〈九天応元雷声普化天尊波〉!」


【水銀棍】を構え、大音声と共に轟雷を放つハマ。雷撃を浴び、車が破壊。さらに〈四海竜王波〉を放ち、車を次々と激流で流し、立体駐車場の壁に激突させた。


「アンも大技で相手。最高の演奏を、見せてやる!」


 もはや、ドンナを失い泣いていた時の彼女はもういない。アンナは全マナを集中し、神々の奇跡をこの地に顕現させる。


「〈リゲムチャの創世〉!」


 それは【リゲムチャ】の名の由来にもなっている神の技。ニューギニアにおいて天地を創造したとされる神の力。リゲムチャの力を得、アンナの前方に豪風が起こり、雷が縦横無尽に駆け抜け、おまけに地鳴りまで発生。天変地異とも呼べる力を受け、車は次々と大破を始めた。広範囲を対象とし、しかも大量にマナを消費することから使い時が悩みの種だった〈リゲムチャの創世〉ではあるが、もはや躊躇いなど、遠慮などいらない。アンナはここで全ての力を使い切る覚悟で切り札を切ったのだ。


《▼やりますね、アンナ。では、本機も……隠し機能をオープンします》


 アンナの心意気に打たれたのか、アレキサンドリアも声を弾ませ「隠し兵器」を使用する。胸部にプシュケー粒子が集中し、ぱかりと胸が左右に展開。中から銃砲のようなものが飛び出し、プシュケー粒子が唸りを上げた。


《▼最終兵器本機。行きます、この技の名前は、ちょいと口にするのが恥ずかしい。何故ならあのクソッタレな……あ、本音が出てしまいました。生みの親の名前が付いた技ですから――》


 ぎらりと目を輝かせ、アレキサンドリアは力の限りその名を叫ぶ。


《▼ネメシスの名を冠した最終究極ゴージャス秘奥義――〈ネメシスカノン〉!》


 ネメシスとはギリシャ神話の女神の名。義憤の擬人化。そして、その力は神の怒り。

 アレキサンドリアの胸からぽんっと放たれたプシュケー粒子の塊が立体駐車場の奥で爆走する車の前で――大爆発を起こした。

 強烈な爆風と閃光は車を迎撃しているルゥナたちでさえ吹き飛びそうになってしまう。

 まさしく超小型の核兵器のようだ。聖書にも書かれている「神の怒り」とはこのような状況なのだろう。大爆発を受け、車の群れは塵一つ残さず消滅してしまう。


「……やるじゃない」


 退魔師の猛攻を卓越した身体能力で回避しながら、車の誘導を続けるジャスコ姫の額にほんのわずかではあるが脂汗が浮かんだ。それをしっかりと確認し、ルゥナは頬をほころばせる。


「徐蛮っち、技を借りるよ!」


 ジャスコ城に辿り着く前に散ってしまった徐蛮。彼の姿を思い浮かべながら、手で印を結び、ルゥナは真言を唱え始める。


「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・センダンマカロシャダ・ソハタヤ・ウンタラタ・カンマン!」


 不動明王の小咒により太陽の如き火球が生み出され、車を焼き尽くす。


 生き地獄のような時間が流れる中、退魔師たちは全力でジャスコ姫のジャスコ術に抵抗し、車の群れを破壊し続けた。


 やがて――


「ふふっ……まさかここまでとはね」


 とジャスコ姫が音を上げてしまったように。

〈誘導駐車〉によって召喚された車は全て破壊されてしまったのだ。ハマが予想した通り、大量の魔力を消費するジャスコ術だったらしく、ジャスコ姫の動きが鈍っていく。

 だがそれは、ルゥナたちも同じこと。もはや立つことすら限界なほど力を消耗してしまっていた。

 その中で、まだ力が他の者より多かった退魔師がいた。


「人知を超えた力を持つのなら、人の領域に引きずり落とす。これもまた策の内ですヨ、ジャスコ姫」


 二千年以上修行を続け、地仙を目指すハマ。彼女にはまだ少し余裕が残っているらしく、【水銀棍】の先端をジャスコ姫へと向ける。


「ハマっち!」

「任せてください、ルゥナサン。朕が仕留めてみせますから……」


 ハマが余裕の笑みを見せた瞬間だった。

 窮鼠猫を噛むとはこのことである。魔力を消費し追い詰められかのように見えたジャスコ姫は牙を剥き――ハマに噛み付いたのである。


「う……」


 奇襲を受け、【水銀棍】をぱらりと落とすハマ。嘲笑うかのようにジャスコ姫はハマの血を吸い続け、氣――森羅を吸収しようとする。


「あははっ! 馬鹿じゃないの? 魔力が無いのなら、ここで補えばいいだけの話! さあ、あなたの成熟した森羅を……いただくわ! ああっ。なんて美味なの! ふふ、これだけの森羅を魔力に変換させれば、私の悲願も……」


 貪るようにハマの森羅を味わい、恍惚な表情を浮かべるジャスコ姫。


 だが、その至福の時は長くはなかった。


「達成……え……何、これ……体が……」


 突如、ジャスコ姫は悶え苦しみ、ハマの体を捨てるように振り払った。その大胆に露出した肌の血管が膨れ上がり、まるでメロンの表面のようになってしまう。ハマは肩から大量に血を流しながらも――


「……アハハ……拾い喰いはみっともないですヨ、ジャスコ姫。未知の病原菌を持っているかもしれませんからネ」


 ほくそ笑んだ。


「あなた……何を……?」


 ジャスコ姫は目を充血させ、口元から血を流し続ける。


「ハマっち……そうか」


 ルゥナは思い出す。このジャスコ姫の状態には心当たりがあった。「モーリーアイランド」の一時区画で森兄弟の一人、森長隆に対して行った尋問。その時とジャスコ姫は瓜二つな姿をしているのだ。


「水銀を……使った? でも、いつ水銀を打ち込んだの……?」


 始皇帝の命をも奪った猛毒。水銀がジャスコ姫の体に流れ込んだのである。


「……アハハ。直接水銀を投与したわけではありませんヨ。さっき、〈避雷針〉を受けた時、水銀でテープをしましたが……」


 ハマが左太ももを指差す。


「その水銀を、朕の血管の中へ移動させたのですヨ。ルゥナサンが噛まれた時に、これは使えるかもしれないと思って、です。そして、魔力を消費し、油断する時を待っていたのですヨ。あ、朕は水銀の毒を克服してるのでご心配なく」


「それでも、命懸けなのは変わらない……」と大胆な行動にアンナは絶句する。

《▼しかし、その勇気ある行動により、ジャスコ姫は弱体化しています。今なら……》


 アレキサンドリアが血泡を吹き悶え苦しんでいるジャスコ姫を左手で指差す。


「わかった、あたしが介錯してやる。散々遊んでくれた礼を、ここでしなきゃ」


 蛇の尻尾を左右に揺らしながらルゥナは歩み寄る。残る力を一点集中し、退魔師たちを苦しめてきた魔界の住人を嘲笑するように見下ろしながら、


「待って……私……私も……騙されていたの…………悪いのは……信長様……いえ、信長! そう、私は信長の言いなりになっていただけなの……だからお願い、殺さないで……。私が、あなたたちの味方になってあげる…………信長を、斃してやってもいい……だから……」


 血の涙を流すその姿はまさしく異界の人物だった。


「……あんたのせいで……あんたが信長と関わったせいで、あたしは……わたしたちは翻弄されました。死ななくていい人まで巻き込まれました。償いたいというのなら、地獄で閻魔様に頼んでみてください」


 ほんの少しルゥナは月紫の本性を取り戻し、哀れむような目を向け、


「ひっ……」

「それじゃ、大胆なあたしの技で……極楽へ逝かせてあげるッ!」


 ルゥナは大きく口を開け、ちろちろと舌を揺らしながら口腔に火を灯す。霊力を絞り出すと、獄炎を口から放射!

火炎放射器のような〈沙羅曼蛇〉を魔界の獣は受け、白い肌が、黒い体毛が炎上。やがて――


「私は……魔界に…………魔界を…………」


 ジャスコ姫と名乗っていた魔界の住人は絶叫する力をも失い――


「さよなら、ジャスコ姫。生まれ変わったら、普通の主婦になるんだよ」

 

 ルゥナに看取られる形で、絶命するのだった。




「はあ……もう、死ぬかと思った」


 ジャスコ姫に止めを刺したルゥナはもう懲り懲りだと言わんばかりに肺から盛大に息を吐き出す。


「アハハ……そんなことばっかりですが、しぶとく生き残っていますね、朕たち」


 大量に出血しながらも逆転の策を成功させたハマがこのムードを曇らせまいと微笑んだ。


「……熊さんたち、信長と戦っている。アンたちも、加勢に行くべき」

《▼ですね。もう力はほとんど残っていませんが……それでもできることはあるはずです。声援を送るとか》

「とにかく、急がないと。あたしも十児が心配。大丈夫だとは思うけど……」

《▼……では、超特急アレキサンドリア便の出番ですね。本機が〈A・SPEED〉で一気に天主まで駆け抜けます。ので、皆さん本機にしがみ付いてください》


 残存するプシュケー粒子を両足に集中させ、今にもアキレスのように駆け出しそうになるアレキサンドリア。ルゥナたちは頷くと、アレキサンドリアの背中や腕、腰をがっしと掴んだ。


「よし、出発進行!」


 背中におぶられたルゥナが前方に向けて指を差す。最後の決戦の舞台へ挑むために、大事な人を守るために、決意を固めて――


 その直後だった。


「待てや……その特急、ワシの席もあるんやろなア?」


 そんなドスの利いた声が耳朶を刺すのだった。

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