第61話 姫と魔王
ジャスコ城三階立体駐車場で女の戦いが始まった。
水着ギャル風魔ルゥナ。地仙を目指すハマ。音響術師アンナ。ゴーレムアレキサンドリア。彼女たち退魔師連合に一人立ち向かうは、かつて濃姫とも呼ばれていた女ジャスコ姫。
ジャスコ姫は得体の知れない人物だ。ハマの予想ではジャスコ武将たちとも違い、最初から人間ではなかったとしている。その正体を暴くためにも、二階での雪辱を果たすためにも、ルゥナは奮闘するのだが、
「ふふっ!」
ジャスコ姫が腕を回せば、水着ギャルは宙を舞い、またも立体駐車場の床に轟音と共に叩き付けられる。
「つっ……やっぱり異常な力! まさに化け物って感じ!」
血の籠った唾を吐き捨て、ルゥナは弾むようにジャスコ姫から距離を取る。
そこへ、
「では、朕も続きますヨ! 〈九天応元雷声普化天尊波〉!」
氣を漲らせ、【水銀棍】の先端から電光を放射するハマ。当たれば確実に動きを止められることが可能になるのだが、そうは問屋が――いや、ジャスコが卸さなかった。
「ふふっ、雷などジャスコ相手には無効よ」
ジャスコ姫は雷を浴びるよりも早く――恐らくはハマの【水銀棍】に集まる電光を見ていたのだろう――右手を煌めかせ、雲耀の速さで長細い針のようなものを出現させた。
「この〈避雷針〉があればね」
「わお」とハマが驚愕する。【水銀棍】から放たれた電撃はジャスコ姫を焼き焦がすこともなく、その手にしていた〈避雷針〉に吸い込まれてしまったのだ。
「ジャスコにはもちろん〈避雷針〉が備わっているもの。私はそれをジャスコ術として再現できる」
ジャスコ姫はやはり担当の売場などはなく「ジャスコ」そのものの力を扱えるようだった。言わば、ジャスコが擬人化しているような存在だ。ジャスコ姫を名乗るだけのことはある。
「これは返礼品よ。もうすぐ、お中元の季節だものね」
刹那、びゅっとジャスコ姫が〈避雷針〉を槍投げのごとく投擲。次の瞬間には、
「ぐふっ……」
ハマの左腿に深々と避雷針が突き刺さっていた。ハマは呻き、歯を食い縛る。
「ハマっち!」
「これぐらい大丈夫ですヨ。痛いのは慣れていますので」
ハマは躊躇なく避雷針を太腿から外すと、【水銀棍】の先端を傷痕に向ける。するとハマの氣を受け【水銀棍】の先端がテープ状に変化し、本体と分離。水銀製のテープが傷を丸ごと包み込んだ。これがハマなりの止血方法らしい。
しかし、恐るべき膂力と反射速度だ。これまでのジャスコ武将ほど甘くはないとルゥナは実感する。四人がかりとはいえ、優位になった気が感じられないのだ。
でも、それでも――負けるわけにはいかない。
「次は、アンの番! もう一度、力を貸して、マタビリ!」
アンナが【リゲムチャ】の演奏を終え、池田恒興戦でフィナーレを飾った沼の悪霊を再び呼び出す。立体駐車場に出現したカエルに似た悪霊が鳴き声をあげる。マタビリはジャスコ姫を見つけると、泥だらけの体を揺さぶりながら突進を開始。その大口でジャスコ姫を捕えようとする。
だが、やはり、ジャスコ姫が上手だった。
「泥っぽいのは不潔感があって嫌なのよね。〈ジャスコクリーニング丸洗いプラン〉!」
ジャスコ姫の両手から怒涛の勢いで水流が発生。水流がマタビリを捕え、洗濯機の中に放り込んだかのようにくるくると回し始める。
「何、それ」とアンナは目を小さくし絶句。
マタビリは激流に絡め取られ、何十回も何百回も「丸洗い」される。やがて体を維持できなくなったのか光の粒となって消滅した。
《▼ありえないくらいインチキなジャスコ術の使い手ですね。ですが、本機も本気で行きます。プシュケー粒子全力全開――〈A・SPEED〉〈H・POWER〉同時使用》
アレキサンドリアの両腕と両足にプシュケー粒子が集中。怪力と俊足を同時に発揮し、ゴーレムは立体駐車場を駆け抜ける。さらに、右手にプシュケー粒子を凝縮、短剣を出現させる。
《▼〈S・GRADIUS〉展開。ジャスコ姫、その首いただきます》
暗殺者もかくやという姿になったアレキサンドリアが超スピードでジャスコ姫の胸を穿つ!
が――ゴーレムであろうと、ジャスコ姫に傷を付けることは叶わなかった。
「遅いわ。欠伸が出るほどにね」
アレキサンドリアの右手を掴み、ジャスコ姫は妖艶に微笑む。神話の英雄の如き力を得たはずのアレキサンドリアをジャスコ姫は制しているのだ。
《▼放しなさい。〈P・BEAM〉照射》
すかさずアレキサンドリアが目を赤く発光させ、至近距離で熱光線を発射。これだけの距離なのだ。逃げ場はないはずなのだが、ジャスコ姫は巧みに体を動かし、軌道を予測し、ビームを回避。
「何あれ、マトリックスのキアヌ・リーヴスって感じ……?」
二人の応酬を見守っていたルゥナも身を竦め、戦慄してしまう。
そして、またもジャスコ姫は反撃を開始。
「あなたは機械なのね。だったら、解体してあげる。〈ジャスコデンタルクリニックドリル〉!」
ジャスコ姫の左手には彼女が宣言したように歯科用のドリルが握られていた。ギュイインっと泣く子がさらに喚く治療用の道具が、ゴーレムの右手を襲撃。
《▼……エラーが発生しました》
アレキサンドリアがそう苦言を漏らしたように――
彼女の右腕はドリルで穿たれ続け、切断されてしまったのだ。
「ドリアっち!」
「……池田恒興との戦いで、もう穴ぼこだった。こうなっても、仕方ない……」
アンナもまた悲愴な顔を作ってしまう。どんな相手にも率先して立ち向かったゴーレムの腕が容易く奪われてしまったのだから。
《▼たかが右腕を失っただけです。本機は、まだ戦え――》
氷のような表情で冷静に現状を報告していたアレキサンドリア。しかし、その腹に向けて、ジャスコ姫は蹴りをお見舞いした。
《▼脆いわね。メンテをしてもらったほうがいいんじゃないかしら》
鋭く強烈な蹴りによりアレキサンドリアは吹っ飛び、立体駐車場の柱に激突。凄まじい威力を物語るかのように、柱の表面が崩れ落ち、骨組みが露出してしまっていた。
「ふふ。四人がかりでも私に傷を付けることはできないみたいね。これで理解したでしょう。私はジャスコ武将をも凌駕するジャスコ姫。このジャスコの化身ということに……」
余裕を込めて妖艶に笑うジャスコ姫。しかし、その直後麗しい頬に一筋の傷が走った。
「あれ、傷付いちゃったんですけど?」
ジャスコ姫が棘のような視線をルゥナへと向ける。その手には、【プリクラ手裏剣】でも【ポストカード手裏剣】でもなく、カミソリの刃が握られていた。それはかつてチーマー忍者風魔月鱗を名乗っていた時に使用していた【カミソリ手裏剣】だ。プリクラよりも小型ではあるが、殺傷能力はその比ではない、まさにガチの武器だった。
「あたしも持てる力を尽くして、あんたを斃してみせる」
ぶわっと水着ギャルの黒髪が妖しく浮かび上がる。残りの霊力を爆発させ、ルゥナは一気にジャスコ姫に迫った。
【PHS鎖鎌】を投擲し、ジャスコ姫の腕を封じると【パラパラ花火】を投下。花火の爆発に蹂躙されるジャスコ姫に目掛け、さらにカミソリを指に挟んで〈虎兎舞姫・乱〉で猛攻を仕掛ける。
ジャスコ姫の服が裂かれ、血が噴き出す。このまま押し切れば、斃せる。
ルゥナがそう確信した時、
「……おいたが過ぎたようね」
ジャスコ姫がカッと目を見開き、その右手を輝かせる。また新たなジャスコ術。ルゥナは警戒したが、間に合わなかった。
「〈着物教室着付け縛り〉……」
ジャスコ姫の手からは着物の帯のようなものが出現。鞭のようにしならせると、ルゥナの体を両腕ごと縛り、締め付けたのだ。
「ぐっ……身動きが取れない……」
「ルゥナサン!」
ハマが叫ぶが、ルゥナの体はさらにジャスコ姫の腕に絡め取られてしまい、人質と化してしまった。迂闊に手が出せない状況の中――
「凄まじい森羅を感じるわ。瑞々しく熟した、美味しそうな力……。それじゃあ、私がいただくわ」
「何を……!」
ジャスコ姫がルゥナの肩を手で押さえ付ける。ジャスコ姫は悪女のような獰猛な笑みを浮かべると、頬をほころばせ、鋭い牙を唇の隙間から覗かせた。
「あんた……まさか!」
溢れ出す魔のオーラ。その正体に辿り着こうとした瞬間、ジャスコ姫は果実を貪るように、ルゥナの肩に噛み付いたのだった。
走る走る走る。駆ける駆ける駆ける。
生まれた時から戦うべき相手だと知らされていた宿敵が、目前にまで迫っている。魔城の主、現代の悪魔王にして恐怖の象徴、織田信長。霧に包まれた近江八幡市に突入した時からの嵐のような時間を思い出しながら、明智十児は仲間と共に立体駐車場を疾走していた。
沈陸徐蛮が狂い、襲い掛かってきたこと。
初めてのジャスコ武将佐々成政との会敵。
奇妙な迷宮と化していたジャスコ城の探索。
森兄弟と「モーリーアイランド」での死闘。
細川忠興と明智家との因縁に決着をつけたこと。
二階に到達し、濃姫ことジャスコ姫と遭遇したこと。
柴田勝家とロンドンの街で激戦を繰り広げたこと。
余りにも想像もしていないような出来事の連続だった。生涯を賭けた修練を、宿命を嘲笑うかのような試練が途絶えることはなかった。原因はもちろん「ジャスコ」である。それでも、十児は全てに打ち勝ち、ここにいる。斃すべき敵は、魔王信長のみ。
胸の中で早鐘が鳴り響く。高揚し、体の痛みも疲れも全て吹き飛ぶような感覚に包まれる。
〝――やっと、終わる。この一九九九年の戦いが……〟
胸元の十字架を大きく揺らし、十児は立体駐車場を駆け抜け、階段を発見。躊躇なく上り四階へ。もちろん、四階も立体駐車場だ。フィールとベアタンクを伴い、時間も忘れてさらに走り続ける。
そして――
「明智殿。また階段だ。これを上れば……」
「……織田信長の待つ天主へ行けるだろうな」
「全てを終わらせる時が来た。行くぞ!」
気力が限界を突破し、十児はルゥナと同じように階段を跳ねるように上り――
ジャスコ城屋上に到達した。
近江八幡市の市街と同じように、霧が立ち込める世界であった。
猛禽類のような目つきで十児が見つめる先には、本来ジャスコには存在しないものがどんと備えられている。
天主。豪華絢爛な装飾が施された、信長の館。築城間もなく焼失し、幻の名城と言われている安土城の天主が、現在はジャスコ城の屋上から継ぎ接ぎのように生えているのだ。
「時は今!」
十児は弾丸のように天主に突貫し、【近景】と【貞宗】を閃かせて正八角形状の天主五階の壁を破壊。そのまま雪崩れ込むように突入した。五階は薄暗い外とは違い、光で溢れている空間。金の装飾が施された壁や襖が目立ち、何やら禍々しい悪魔のような絵画やジャスコの標語などが掲示されていたが、十児は全て無視した。
十児は「八角の段」と呼ばれる天主五階の隅にある階段を駆け上がる。かつての魔城でも、十児の先祖たちはこの階段を上り、信長に挑んだという。彼らの思いを胸に、力を貸してくれと祈り、十児は先祖と同じ足跡を刻み込む。
やがて――
天主六階――「四角の段」に足を踏み入れた。金の襖に閉ざされているが、この奥に魔王の玉座があるはずだ。
もう止まることはない。これは正真正銘の討ち入りなのだから。
「信長ーッ!」
十児は金の襖に向けて十字の斬撃を放つ。鋭い太刀筋を浴び、魔王への扉は破壊され――
十児は対面した。
待ちに待った瞬間が訪れたのだ。
目の前に佇んでいるのは、長身の男だった。禍々しい魔力を帯び、ナイフのように鋭い白目が特徴的な男。貫禄のある髭を筆のように伸ばし、耳は動揺する十児の心音を探れるほど鋭く尖っている。
まさに悪魔の王。第六店魔王。その魔の力で全てを統べようという野心の男。
織田信長。
明智家と血の輪舞を踊り続ける男が部屋の中央に立っていた。身に纏っているのは武将らしい雄々しい鎧――ではなく、ジャスコの制服だった。
信長は三日月のように口を大きく裂き、醜悪な笑みを見せると、
「いらっしゃいませ」
十児たちを歓迎するのだった。
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