第60話 すばらしい新店舗
「織田四天王との決戦……やはり、想像を絶するものだったか」
七人の中でも最も重症を負った十児が、他の退魔師との情報を耳にして固唾を飲む。
「そうか、松田は……」
誰よりも松田の身を案じていたフィールは彼の状態を知ると、それ以上は詮索をしなくなった。ただ、柴田勝家との死闘で大きく貢献したことを知ると、胸を撫で下ろすのだった。
「まさか、ルゥナが本当に、蛇の精霊だったなんて。驚き」
滝川一益との戦いの中で脱皮し、本性を露わにしたルゥナこと月紫。彼女に対して、アンナは瞑目し、頭を下げる。メラネシアの蛇神のように敬っているようだ。
「あ、そんなにかしこまらないでください。わたしは至って普通の芦ノ湖の精霊。きっと、日本中にはその土地ごとに似たような存在がいるはずです。まあ、日本は八百万の神々と言われるほど神様の類は飽和状態なので、気にしないでください」
「あっ、うん。わかった」
やはりギャルの時とは全然違う口調と仕草に困惑するアンナである。
対してアレキサンドリアはごく冷静にこの事実を受け入れると、
《▼「どこまでエンターテイナー気質なのって感じ。ま、人のこと言えないけど」と言いましたね、ルゥナ》
ドスの利いた声でそう告げた。録音機能でも備わっていたのだろう。不思議なことに、ルゥナだった時の声がそのままアレキサンドリアの口から発せられたのだ。
「はっ、はい……」と身を竦ませ縮こまる月紫。アレキサンドリアは舌鋒を鋭くして、
《▼脱皮とか人のこと言えねーじゃねーか馬鹿野。ネタが被ってんじゃねーか》
と突っ込むのだった。
「アハハ、それで、ベアタンクサンも毛皮を捨てたんですネ。功夫の成果が感じられる筋肉の塊! ご立派で羨ましいですヨ!」
「うむ。あの毛皮は気に入っていたのだが、仕方ない。むしろ、この状態のほうがレスラーらしいのでな。闘気がより漲る。そんな気がするのだ」
「しかし、ハマさんも秘密があるとは思っていましたが、まさか紀元前生まれだなんて思っていませんでした。わたしの三倍歳を取っているということですね」
月紫がハマのピチピチの肌を羨ましそうに見つめた。
「……と言っても、氣を維持するため、修行と善行を積むために人生を全て賭けたので、ルゥナサンほど遊べていませんヨ。ちょっと気を抜けば一気に老けるんですから」
「ハマ殿。そう言えば、丹羽長秀との戦いの終局で、奴が気になることを言っていた」
至極真面目な顔でフィールがそう言うと、ハマも目配せをして答える。
「アッハイ。朕も気付いていましたヨ。朕の体を見て、『森羅』の持ち主だと、確かにそう言っていました」
その発言を耳にし、アレキサンドリアも小さく手を挙げる。
《▼本機も、寝たふりをしながら池田恒興の言葉を聞いてしました。彼もまた、本機とアンナを見つめながら『森羅』を感じると、そう言っていたのです》
「森羅、か……」
敵の奇妙な発言に、十児は腕を組んで唸る。
「まさか、俺たちの特殊能力……霊力や氣、闘気にマナにプシュケー粒子……それらの異能の力の源を指す言葉なのか……?」
「確かに……どれも系統は違えど、魔を滅することのできる力。総括して『森羅』と呼べるのかもしれない。恐らく、僕のエーテルも『森羅』の一部なのだろう」
「あの時お風呂でハマさんが言った話……本当だったのですね」
「ですね、ルゥナサン。そして、敵は朕たちの力を狙っている。ただ殺すのではなく、奪い取ろうとしている。そうするコトで、魔力が、ジャスコの力が増大するのでしょう。用心しなければなりませんネ」
「……死ぬわけにはいかない。こうして、アンたちはここまで来たから」
《▼織田四天王を斃し、残りの敵は何人ですか、十児》
アレキサンドリアに尋ねられ、十児は小さく頷き答えた。
「織田四天王より上位の武将は存在しない。故に、残りの敵は二人だ。濃姫と織田信長。そのどちらも斃さなければ、この世界……物質界は闇に飲まれる」
胸元の十字架を手に、十児は誓いを込める。
「ここまで辿り着けなかった者たちの意志を継ぐためにも、魔王とその姫は必ず討ち滅ぼす。ここからが正念場だ。皆、あと少し……力を貸してほしい」
「もちろんです、十児様!」
月紫がぎゅっと拳を握り、水着に包まれている果実を揺らした。
十児は頬に血を集め、少し黙ってから「…………ルゥナ」と相棒の名を呼んだ。
「なんでしょう、十児様」
「……お前の正体は感づいていたが、こうして直接顔を合わせるのは初めてだったな」
「ああ、確かに……初めて会った時から、ずっとギャルでしたからね。十児様のお父様と会った時はチーマーでしたし……こうして月紫として明智家と接するのは、それこそ十兵衛様以来でした」
赤く染まった頬を掻く月紫。十児はこほんと空咳を吐き、
「その口調だが、やはりむず痒い。元に戻せるか?」
そう懇願した。月紫はぱちぱちと瞬き。ほんの一瞬黙った後、はにかむような笑みを見せ、
「十児様がそう言うのなら……あたしもやぶさかでもないって感じ?」
月紫は再びルゥナに戻るのだった。
織田四天王を斃し、再会を果たした十児たち。
魔王信長とジャスコ姫を斃すため、ジャスコ城の探索を再開する。
ジャスコ武将を全て斃した十児たちにとって、ここからの道程は険しいものではなかった。次々と襲い掛かる悪鬼羅刹を七人がそれぞれの力で撃退し、無傷で快進撃を歩むことができたのだ。アレキサンドリアがマッピングを担当していたので迷宮に翻弄されることもなく、ジャスコ城二階の制圧は完了したものと言えた。
そして――
《▼お疲れ様でした。目的地に到着しました》
再びアレキサンドリアのナビによって、三階への階段を発見することに成功したのだった。
「やったぜベイビー! それじゃホップステップジャンプで、今から一緒に殴りに行こうか!」
もうすぐこの地獄のような時間も終わりを迎える。そう予感したのか、疲労困憊の退魔師たちを鼓舞するためか、ルゥナが黒髪をふわりと翻しながら、先陣を切って階段を駆け上がる。
だが、マックスハイテンションだった水着ギャルは三階へ到達した途端、その細い足をぴたりと止めた。
「ルゥナ、どうした」
十児たちも三階に到達し視線を巡らせる。ジャスコ城の三階は一階や二階とも大きく構造が違っていた。壁もほとんどなく、開放的な空間。売場などがどこにもなく、広い広い、何かを停めるための場所。
ジャスコ城の三階。そこは立体駐車場だったのだ。
「つっ!」
立体駐車場を見渡した直後、表情を引き締め十児は【近景】と【貞宗】に手を伸ばす。
燃えるような瞳に映ったのは、浮世離れした美貌の女性。妖艶な笑みを見せ、歓迎していたこの城の姫であった。
「濃姫……!」
十児は唸るようにその名を口にした。
「ジャスコ姫と呼べ、そう言ったわよね、ボウヤ」
ジャスコ姫は呆れたように溜息を吐く。
「ジャスコ姫、戻ってきてやったよ。あたしたちは織田四天王も斃した。〈日帰りで逝ける。戦国武将を学ぶツアー〉だっけ? 日帰りどころか二時間も経ってないし、逝ったのは戦国武将だったって感じ?」
ふふっと頬を膨らませてジャスコ姫と対峙するルゥナ。おどけてはいるものの、そのわずかに震える握り拳は警戒の証。どの手を使って攻めようかとその頭の中では計算を繰り広げているのだろうと十児は予感した。
ルゥナに対して、ジャスコ姫は接客中だと言わんばかりににこにこと微笑む。
「ふうん、化粧が落ちたのね、あなた。そちらの顔も可愛いわよ」
「今度はあたしがあんたの化粧を落としてやる」
二人の視線が交差する中間でバチバチと火花が散り始める。一触即発の空気の中、十児が怒気を込めて尋ねた。
「濃姫、信長はどこだ。ジャスコ武将を全て斃し、次は自分の番だと知りながらも姿を見せないのか?」
「ふふっ。信長様はもちろん、天主にいるわ。そこで今は『すばらしい新店舗計画』の準備をしているの」
「アハハ、なんですかその変な計画名は」
「……まさか、魔界にジャスコを進出させるという内容ではないだろうな」
ハマとベアタンクに問いを重ねられ、ジャスコ姫は、
「そのまさかよ」
と短く答えた。
ラウンジでの情報交換の末に十児が導き出した予想が的中した瞬間だった。
「……このジャスコを利用し、私たちは魔界を支配するの。うふふ、まさに『すばらしい』ことになるわ。魔界を支配したらもちろんこの物質界も同じく魔に溢れた世界にするの。やがて、世界の垣根は無くなり、混沌が加速する」
「そんな馬鹿げた計画は俺が頓挫させてやる」
ぎりりと歯を噛みしめると十児は強く宣言する。
「阻止することは許さない。この私が、ここであなたたちに引導を渡すのだから」
刹那。ジャスコ姫の姿が陽炎のように消え、十児の目前に迫った。あまりにも速い奇襲だ。しかし、それよりも速く、
「それはこっちの台詞だっつーの、ジャスコ姫!」
白い肌を晒しながら、ジャスコ姫の両腕を掴んでルゥナが叫んだ。
「ルゥナ!」
「ここはあたしたちに任せて。十児、フィールっち、ベアっちは信長の天主へ!」
「そうですネ。計画とやらにタイムリミットがあるかもしれません。ジャスコ姫は朕たちが喰い止めるとしましょう」
《▼スキャン完了。上階へと続く階段が、駐車場の奥側にあります。さあ、急いで行ってください》
「……大丈夫、ジャスコ姫、斃したらアンたちも駆けつける!」
四人の少女たちがジャスコ姫の四方を囲むように立つ。森羅である霊力を、氣を、マナを、プシュケー粒子を漲らせ、同調するように戦意と士気を高めている。
「わかった。任せたぞ、ルゥナ……」
「……無理はするなよ、アンナ」
「さあ行こう、決戦のステージへ!」
男たちはジャスコ姫と戦うことを決めた少女たちに感謝しながら、立体駐車場を疾駆。
背後で凄まじい光の奔流と轟音が溢れたが、十児は振り返らなかった。ルゥナたちを信頼し、必ずジャスコ姫を斃してくれると確信している証拠だった。
織田四天王との激闘から間もなく痛む体を堪え、血と肉を躍動させる聖戦士たち。
ノブナガハンター明智十児は宿敵信長が待つ天主を目指す。
この地獄を終わらせるために、魔王信長の野望――「すばらしい新店舗計画」を打ち砕くために――
「敵は天主にあり!」
鬨の声を力の限り叫ぶのだった。
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