第58話 備えあえば憂いなし
「ゴーレム……からくり人形だというのですな……ならば、ジャスコ術の効果を受けていたように見えたのは……」
《▼もちろん。演技です。ジャスコ姫の煙の中、本機はあなたに眠らされるアンナの姿をスキャンしました。うわ、これ眠らされる技じゃん。そんじゃ、省エネしたいし本機も寝たふりして、相手が油断したとこ狙っちゃお♪という気分になったのですよ。おわかり?》
ベッドから飛び降りたアレキサンドリア。目が輝き、戦闘準備は完了だ。
同時にログを再生する。スポーツクラブのラウンジで退魔師の仲間入りを果たし、出発する時の記憶である。
〝これからあたしたちが戦うことになるのは、ジャスコ武将の中でも織田四天王っていうヤバい四人組。柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、池田恒興ね。ドリアっちは知ってる?〟
〝▼データベース検索完了。なるほど、信長配下の戦国武将ですね。あいあい、合点承知〟
織田四天王との会敵をルゥナに予告され、アレキサンドリアは彼らとの戦闘をシミュレートしていた。ジャスコ武将はジャスコの売場に由来するジャスコ術の使い手であることもラーニング済。故に、彼女はこの場の状況を瞬時に把握することができた。
《▼あなたは織田四天王の一人、ジャスコ武将「家具・寝具売場」責任者池田恒興ですね。その首、本機がいただきます》
「……余の名も担当も理解しているとは……やりますな……。しかし、余の力が〈快適夢空間ベッド〉だけではないことを、記録させてやりますぞ!」
《▼では本機のターンです。プロメテウスエンジン点火。プシュケー粒子、凝縮》
アレキサンドリアの目が輝く。ほのかに部屋の温度が上がり、
《▼〈P・BEAM〉照射》
目から熱光線が照射された。もはやアレキサンドリアの十八番であるビームである。炎の矢は一瞬にして空気を焼き焦がし――池田恒興に直撃。退魔師でも即死に至らしめることが可能な一撃をまともに受け、早くも戦闘の幕が下りたかと思われたが、
「くふふ。火の攻撃ですか。凄まじい威力ですが、余には無意味ですぞ!」
池田恒興は健在だった。
さらに姿が微妙に変化している。その身がマントのようなものに覆われていたのだ。
アレキサンドリアが不可解と言わんばかりに首を傾げると、池田恒興は笑い出す。
「備えあれば憂いなし。〈防炎カーテン〉が無ければ即死でしたな!」
マントの正体とは防炎カーテン。火が燃え広がることを阻止するために作られたカーテンであり、マンションなどで導入が促進されている家具の一種である。しかし、防炎カーテンといえども「燃えない」のではなく「燃えにくい」のが実際のところだ。
だが、池田恒興は己の魔力で防炎カーテンを強化し、あらゆる炎を防ぐ家具に進化させたようだ。
《▼〈防炎カーテン〉……なるほど、理解しました。そのカーテンは、あらゆる炎系の攻撃をシャットダウンする。まあ、今の威嚇射撃ですので、本機は落ち込んでいません。次から本気を出します》
ビームを封じられたとはいえ、まだアレキサンドリアの技はギリシャ神話の神々のように豊富だ。アレキサンドリアは身を屈めると、接近戦に移行。池田恒興の懐に飛び込むと、
《▼パターン変更。〈ゼウス雷霆拳〉使用》
拳にプシュケー粒子を集中させ、光の速さで殴打を繰り出す。
「お、おうおう……おうっ!」
激しい拳の連打をカーテンの上から受け、池田恒興は呻き声を出す。炎系の力ではないので、防炎カーテンといえども防ぎ切れない。アレキサンドリアはそう判断したのだ。
しかし、池田恒興はまたも余裕の笑みを顔に浮かべ、
「はあ!」
カーテンのマントの中から右手を砲弾のように突き出す。
《▼!!!》
アレキサンドリアは〈ゼウス雷霆拳〉をキャンセルし、すかさずバックステップ。一瞬遅れてゴーレムの左腕の一部に穴が空いた。池田恒興の右手には、高速で回転する家具組立用のドリルが握られていたのだ。どうやらこれが得物であり、アレキサンドリアの腕を抉ったらしい。
《▼本機の攻撃が効いていないようですね》
損傷を気にせず、現状を把握しようとするアレキサンドリア。散弾銃のようにラッシュを仕掛けたのだが、池田恒興はまたも傷を負っていない。それどころか、反撃を許してしまったのだ。
「いかにも。余は〈衝撃吸収マット〉を備えていますからな!」
池田恒興がカーテンの隙間からちらりと新たなジャスコ術である〈衝撃吸収マット〉を見せた。介護者のベッドからの転落時や台所で食器を落とした時に備えて使われる衝撃吸収マット。中には、卵を踏んでも割れないほどの力を持つ物まであるようだ。
池田恒興はそのマットを鎧のように身に纏い、アレキサンドリアの猛攻を耐え抜いていたのである。
「くふふ。余はあらゆる攻撃を防ぎますぞ。何をしても無駄無駄無駄ですな!」
《▼本機の計算では、攻撃開始から一分以内に池田恒興をぶっ斃す可能性が千パーセントだったのですが、これは想定外です》
拳を構えながら、アレキサンドリアは攻撃のシミュレートを開始。最適解を導き出そうとするのだが、〈防炎カーテン〉と〈衝撃吸収マット〉という二重の防壁を突破する術が見つからない。
《▼骨が折れますね。まあ、本機に骨はありませんが》
しかし、完全に手詰まりとなったわけではない。
勝利する可能性は、まだ残っている。一人ではなく、二人でならこの状況も変わることだろう。
だから、アレキサンドリアは呼びかけた。ベッドに体を預けたままの眠り姫に向かって。
《▼いつまで寝ているのですか、アンナ・ビー。ジャスコ城を生き抜き、本機を壊したいのでしょう? 早く目を覚ましなさい。そのドレッドヘアをちょん切りますよ》
「アンナ、来るぞ!」
夢の世界でアンナは兄ドンナと共に戦い続けていた。今回の討伐対象は悪魔カイアムヌ。その姿は――ない。カイアムヌは目に見えない悪魔なのだ。それでも、退魔師である二人はマナを通じて存在を感じることができる。その感覚だけを頼りに【リゲムチャ】を演奏し、神の力でカイアムヌを斃そうとするのだが――
「うっ……」
ドンナの体が抉られる。カイアムヌの不可視の口がドンナの体を噛み砕いたのだ。右肩から先が飲み込まれ、ドンナは力無く膝を着いて崩れ落ちた。
アンナはその様子を、ただ呆然と見ているだけだった。そして、景色はまた白く塗り潰される。次の新しい朝がまた始まろうとしている。
「どうせ、これも夢。アンは、ずっと眠っている。だから、悪夢ばかりみている。だけど、なんで……」
アンナは夢の中で夢を見ていることを自覚した。白く塗り潰される頭の中で、懸命に夢に抗い続ける。
その時だった。声が聞こえた。
《▼アンナ・ビー。起きなさい》
鈴を転がしたような女の声だった。
「知っている、この声。忘れちゃいけない声。これは……」
はっとしてアンナは耳を傾け続ける。
《▼ねえ、起きて。あの、頼みます。本当に。本機は消耗戦を強いられています。このままだとマズイです。決め手に欠けるのです。カッコつけて一人でなんとかするつもりでしたが、もう無理です。でも、二人で一緒に戦って勝ったほうが、盛り上がる気もするのでそれもアリかな、と。漫画でよくある王道展開ってやつです。それじゃ、早いとこ起きてください、アンナ……》
「…………」
コーヒーの中にミルクが注がれるように、悪夢を中和するような声だった。
「アレキサンドリア……!」
完全に思い出した。この声は、命令とはいえドンナを殺した張本人。モアイの中の少女アレキサンドリア!
「そうだ。アンは、ジャスコ城にいる! ここじゃない、目を覚まさなきゃいけない!」
アンナは歯を食い縛ると、両腕の【リゲムチャ】を強く握り演奏開始。
「悪夢とはいえ、また会えてよかった。ドンナ」
そうぽつりと呟き、強く心に誓う。
「アンは……もう屈しない!」
その宣言と同時に、白い夢の世界は鏡が割れるように崩壊したのだった。
ついに少女は覚醒した。
「つっ!」
暴風雨の時の家のように固く閉ざされていた瞼をこじ開け、目を剥く。自分がベッドの上で眠らされていることに気付く。そして、アンナは身を起こすと猫のように跳躍。夢の世界からの延長のように【リゲムチャ】を強く握り、アレキサンドリアと肩を並べた。
《▼お寝坊さん。さあ、フィナーレを奏でてもらいますよ》
「アレキサンドリア……。一応、お礼言う。ありがとう」
アンナはアレキサンドリアと目を合わせることなく、少し恥ずかし気にそう口にした。
そして夢の世界へと誘った夢魔と対面する。
「ジャスコ武将―っ!」
怒気を込めて、アンナは力の限り叫んだ。もう悪夢など二度と見ない世界を作るために、メラネシアの音響術師とゴーレムとの
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