第56話 神仙への道

「朕は二千年以上前。そう、紀元前三百年頃に生まれました。武器商人の家系に生まれ、朕も子供のころから家を支えるためにいろいろ手伝いをしたのですヨ。お客さんのニーズ――情報を大事にし、矛も盾も多く売り捌いたのです。しかし、そんな生活がいつまでも続くことがなく、朕たち家族に流行り病が襲い掛かりました。父も母もすぐに亡くなり、朕も独りぼっち。病を治す術が見つからず、自棄になったとも言えますが、朕は道教の修行――内丹術を試してみることにしたのですヨ。世界に満ちる氣を取り入れ、体内で循環させる修行です。氣を体中に巡らせる行気。体を屈伸させ、心身を調整する導引。神々を思い浮かべて瞑想し、氣を操作する在思。氣を取り入れる呼吸法の胎息。これらに加え、神の宿る山々で日々修行を続けた朕はたちまち健康になりました。不治とまで言われた病が治ったどころか、超人的な体力と、氣を用いた退魔の力を得ることができたのですヨ。それからでしたネ。朕に転機が訪れたのは。高められた氣に誘い込まれて、鬼やら妖怪やら魔物やらが毎日のように朕に会いに来たのです。まぁ、朕はその悉くを退治し、氣を高めていったのですが。そんな日々が続き、不思議なことに朕は人の理から外れ始め、だんだん歳も取らなくなり、傷が癒えるのも早くなっていったのです。もうこうなったら、どんどん高みを目指そうと、上昇志向を持ち始めた朕は修行をさらに続け、氣を高め続けました。すると、驚いたことに、天界の神仙からコンタクトがあったのですヨ。『優れた氣を持つ人間よ。天仙に至る覚悟はあるか?』と。神仙とは、フィールサンも知っていると思いますが、白い顎髭を雲のように伸ばした老人、つまりは仙人です。天仙とは、修行を重ねた道士がその肉体のまま天界へ行き、仙人となった者のコトですヨ。野球で例えれば、マイナーリーグからメジャーリーグへの昇進スカウトです。しかし、朕はこの物質界の自然が気に入っていたので、天界に行く道を拒みました。そして、逆指名するのです。天仙ではなく、地仙の道に進むと。地仙とは天仙よりも力は弱いですが、現世――物質界に留まれる仙人のことですネ。すると神仙様は朕に三百の善行を積むようにと仰ったのです。善行とは、横断歩道を渡るお婆さんの介添えをするとか、迷子を交番に届けるとか、そういう一日一善的な取り組みではなく、神仙様が提示する課題を次々とクリアするというものです。魔物を百体倒せだとか、山に木々を植えろとか、そんな雑用めいた課題を次々とこなし続け、朕は道教の神々の力も借りられるほどの仙術を身に着け、地仙に近付いていきました。えー、信じられないかもしれませんが、それから二千年近く経ちます。そう、二千年経っても朕は地仙に至っていないのです。そんな時に、神仙様が最後のお題を出しました。『日ノ本の国に強大な魔力を持った魔王が蘇る。その生命力は仙薬に等しい。魔王信長の魔力を吸収し、我らに捧げよ。さすればお主を地仙として認める』と。つまりは、何度も蘇る魔王信長の存在を知った神仙様たちが、『こいつなんか異常だし、利用できるんじゃね?』って思って朕を使い走りにしたのですヨ。そういうわけで、中国奥地の山々で二千年も過ごしていた朕はようやく海を渡り――それこそ不老不死の薬を求める徐福老師のように日本に訪れ、このジャスコに辿り着いたのです。いやあ、ここに至るまでに、必死になって魔王信長や戦国武将のことを調べ上げ、魔城という存在を知り、さらには城で遭遇する可能性の高い退魔師の情報を掻き集めました。まあ、一番驚いたのは魔城がジャスコになっていたコトですネ。こればかりは朕も完全に想定外。さらには魔王信長の配下の戦国武将がジャスコ武将なる存在に昇華されていると知るや目を飛び出しましたヨ。世の中には面白いコトがまだまだあるんだ。よし、もっと生きようという気になりましたネ。そして、十児サンたちと出会い、今に至ると。以上です、フィールサン。ご清聴ありがとうございました」


 立て板に水とはまさにこれのこと。ハマはすらすらと今までの経緯を話し、満足気に微笑んだ。


「……氣の修行というのは凄まじいな。まさか、若々しく見えるハマ殿が二千歳以上だなんて……。ルゥナ殿が聞いたら、羨ましがるんじゃないだろうか」


 顎に手を添え、フィールはこの場にいないギャルの顔を思い浮かべる。

 ルゥナ。その名を聞き、ハマはふっと息を吐く。


「あいや、でも、はっきり言って、そのルゥナさんも人間じゃないですヨ」

「え……?」


 虚を突かれたように口をぽかんと開けるフィール。ハマはふふっと微笑んでから、辮髪の先端を指に絡ませて語り出す。


「朕にはわかりますヨ。きっとルゥナさんは妖怪や精霊の類。あのギャル口調は、ちょいと不自然でしたし。チョベリグとかチョベリバとか言ってりゃギャルになれると思い込んでいるんでしょう。しかし、人間の文化をかなり勉強したというのは、褒めてあげるべき点ですネ!」

「……僕には、生き生きとした子にしか見えなかった。次に会った時、どんな顔をすればいいか困るな」

「それと、ジャスコ姫。あの女も、人間じゃないですネ」


 こうして分散され、織田四天王との会敵をプロデュースした女の名を告げられ、フィールは眉根をぴくぴくと動かす。


「……ハマ殿。それはそうだろう。人間を辞め、魔人となったのが魔王信長の配下であるジャスコ武将たち。魔王の正室だったのなら、それと同類のはず」

「いえ。それ以前の問題ですネ。ジャスコ姫は……最初から人間じゃなかったというコトですヨ」


 その言葉にぞわりと怖気を抱くフィール。ハマの観察眼がそう告げたのなら、間違いはないのだろうが。


「では、ジャスコ姫も妖怪や魔物が人の姿をしたものだと言うのか」

「それを調べるためにも、他の退魔師と合流し、ジャスコ姫にリベンジマッチを仕掛ける必要があります。ささ、フィールサン。急ぎましょう」


 ハマはストレッチを繰り返し行い、ジャスコ城の探索を再開。フィールは残った体力を振り絞り、通路へと飛び出そうとする彼女の背中を追う。


「しかし、退魔師の女性陣がほとんど人間じゃないというのは驚きだ。もしや、アンナ殿にも何か秘密があるのだろうか」

「いえ、彼女は確かに人間ですヨ。だから、朕たちよりは弱い。ケド、その弱さこそ強さの種。恐らく、今も他のジャスコ武将との戦闘に巻き込まれ――」


 音響術師の姿を思い浮かべたのだろう。ハマは愉快そうに頬を緩めた。


「その力を開花させているでしょうネ!」

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