第55話 仙の力

「退魔師……隠れて私たちを観察していたのですか。しかし、私の『家電』は無敵。どのような者が相手だろうと――」


 勢いよく床を駆けるハマと対峙する丹羽長秀。指揮者のタクトのように素早く扇子を閃かせると、その先端を再び扇風機へと向ける。またも豪風で吹き飛ばそうという魂胆なのだ。フィールよりも小柄で軽いハマならば、枯葉のように飛び散るに違いない。

 だが、


「ふふ、疾風迅雷、電光石火。疾きこと雷の如し……では、仕掛けますヨ!」


 丹羽長秀の〈扇風機・神風の陣〉が発動するよりも速く、ハマが【水銀棍】の先端を扇風機へと向ける。


「フィールサン! 大技行きますヨ! 巻き添えにご注意下さいネ!」


 にっこりと微笑みながらそう前置きすると、フィールはその真意に気付いたのか身を屈めた。そして、ハマが手にしていた【水銀棍】からバチバチと――

 電光が集まり始めた。


「〈九天応元雷声普化天尊波〉!」


 ハマが目を輝かせたと同時に、空気が破れたような轟音が「家電売り場」に響き渡った。【水銀棍】から筆を佩いたように紫電の嵐が吹き荒れたのだ。九天応元雷声普化天尊――道教の神の名を冠した術。それは、広範囲が射程内の雷の仙術だったのだ。


「なんと……雷を使う退魔師でしたか。だが、そのような術など、私の家電には――」


 丹羽長秀が雷を避けながら、ジャスコ術を発動させようとする。しかし、扇風機はすでに乱舞する雷に絡め取られていてしまった。全体が焼け焦げ、ぷすぷすと煙を噴き出す扇風機。その羽が動き出す気配は皆無だった。


「馬鹿な……私の家電が……動かないだと?」


 ジャスコ術が空振りに終わり、丹羽長秀が狼狽する。焦るその様子が心地良かったのか、ハマは大きく笑窪を作った。


「アハハ、家電の力を過信しましたネ。雷の力で過電圧にしましたヨ。天の力も、本物の雷神の力の前では、玩具のようなものですネ」

「さすがだ、ハマ殿」


 咄嗟に身を屈め、雷撃を回避したフィールが仙術使いに駆け寄る。


「フィールサンも、よく朕が雷の術を使うとわかりましたネ」

「疾風迅雷に電光石火。その単語の意味は知っている。あれが暗号だったのだろう」

「ナイスですよ、フィールサン。では、相手は無力化されていますので……フィールサンを受けた苦しみを倍にして返してあげましょう」


 口笛を吹き、ハマが【水銀棍】をくるくると回す。それはまるで風車。


「返す……まさか!」


 脂汗を浮かべる丹羽長秀。その体が無重力状態であるかのようにふわりと浮かび上がった。


「〈飛廉風伯波〉!」


 道教の風の神の名を冠した仙術。つまりは、風を起こす技である。

 だが、その風力は凄まじく丹羽長秀は瞬く間に壁に激突してしまう。

「ぐっ」と呻く丹羽長秀にハマは追撃。【水銀棍】の先端をジャスコ武将へ向けると、呼吸を整え氣を集中。


「ではでは続けて……〈四海竜王波〉!」


 すると、【水銀棍】の先端からどばっと激流が流れ出した。まるで火災を鎮めるために放水している消防士のような姿である。丹羽長秀は抵抗することもできず、激しい水の檻に閉じ込められてしまう。


「仕上げですヨ。〈玄天上帝波〉!」


 ハマの氣が唸りを上げると――水気を孕んでいた丹羽長秀の体からぱきぱきと氷柱が生まれ始め、その全身を氷漬けにし始めた。冬の象徴である道教の神――玄天上帝の名を冠した仙術は、相手を凍結する力を秘めていたのだ。


 つまり――


 家電を用いた丹羽長秀のジャスコ術は、全てハマの仙術で再現可能。それどころか、ハマのほうが凌駕していたのである。


「馬鹿な……私は……ジャスコ武将なのですよ。それが、こんなちっぽけな人間に……ジャスコ術が再現されるなど……!」

「アハハ。その自惚れが、命取りというわけですヨ」


 ぱきぱきと体が凍りつつある丹羽長秀に向けて、ハマは疾駆する。


「さて、アナタが過信した天の力、今一度その身で味わってくださいネ」


 バチッと今度はハマの足から電撃が迸る。そのまま勢いよくハマは跳躍。身動きの取れない丹羽長秀の胴体に向け、槍の穂先のように鋭く蹴りを入れ込んだ。


「〈千脚万雷せんきゃくばんらい〉!」


 電撃を纏った連続蹴りが丹羽長秀に炸裂。その速度、威力、まさに雷雨の如し。丹羽長秀は白目を剥き、呻き声を上げ、電撃蹴りをその技の名の通り千回近くも受け続けてしまう。


「が……は……」


 氷の欠片が粉雪のように舞い、そこに丹羽長秀の血が乗れば、燃えるような色の紅葉の吹雪のようだった。恐るべき力の持ち主であるはずの丹羽長秀の顔面は大きく腫れ上がり、体も矯正器が必要なほど歪んでいる。その凄まじさにフィールでさえ苦笑いを浮かべてしまった。


「……そんな体に……私の魔力を凌駕するほどの力が秘められるとは……あなたは……人間ではない……」

「アハハ。人聞きが悪いなあ。朕はれっきとした人間ですヨ。この力も修行の成果。行気、導引、存思、胎息を繰り返し行った末に身に着けたモノ」


 ハマはバツが悪そうに頬を掻きながら、言葉を接ぎ穂する。


「まあ、修行に二千年以上費やしましたケド!」


 扇風機も冷蔵庫も機能していないが、「家電売り場」全体にぶわっと寒気が包み込んだ。


「二千……」と丹羽長秀が目を見開き、

「年……だと?」とフィールも口をあんぐりと開ける。

 信じ難い言葉を耳に入れ、丹羽長秀はぶるぶると体を震わせ、


「ふ、ははは! 素晴らしい! 素晴らしい『森羅』の持ち主! それだけの力があれば、私たちは……信長様はより強くなれます! 欲しい! 何としても、その体が欲しい!」


 まるで天女を前にしたかのように歓喜し、立ち上がった。さらに、がばりとハマの体に両腕を伸ばし、道着に深く皴を刻ませるほど抱き締め上げる。ジャスコ武将はジャスコ術を使用する力の持ち主以前に魔人。その膂力は常人の比ではなかった。


「ハマ殿!」

「アララ……大胆なお方ですね。朕、房中だけはお断りなんですケド……」


 めきめきと体が万力のような力に締め付けられ、激痛が全身を巡っているはずだがハマは笑みを湛えていた。


「この森羅の塊をジャスコ姫様に捧げなければ……! ははは! 急げ、急げ。新たな戦乱の幕が上がる!」


 丹羽長秀が残された力を使って床を蹴り、「家電売り場」から通路へと逃げ出そうとするが――


「僕を瀕死だと思い込み、見逃したか……見くびられたものだな……」


 この状況を黙って見ている聖騎士ではなかった。


「……聖騎士道原則……『邪なる者を逃してはならない』!」


 フィールが力を振り絞り、【オズサーベル】の先端を逃走する丹羽長秀に向けた。エーテルが注入され、聖剣が輝き始める。みるみるうちに眩い黄金の色がジャスコ城の「家電売り場」を染め上げる。蜂蜜を思わせる甘美な輝きだ。フィールはしっかりと床を踏み締めると、奥歯を噛んで【オズサーベル】を宙に向けて刺突!


「〈光蜂の一刺し〉!」


 刹那。【オズサーベル】の剣先から一条の光が飛び出した。アレキサンドリアのビームを思わせる光線。しかし、エーテルを媒介とした光にはどこか暁光のような優しさも込められていた。


「光よ、貫け!」


 フィールが放った黄金の斬撃はハマの体を抱きかかえている丹羽長秀の頭を一閃。「家電売り場」での死闘に決着がついた瞬間だった。丹羽長秀は断末魔すら許されず、ジャスコ武将としての命も散らしたのだった。


「わわっと……」


 丹羽長秀の首から下が塵に変えられ、ハマの体が「家電売り場」の床の上を転がる。ハマは瞬時に受け身を取ると、新体操選手のように華麗に跳ね上がり、着地。彼女の元へフィールがゆっくりと歩み寄る。


「アハハ、助かりましたヨ。フィールサン」


 ハマは道着の袖に腕を通し、深くお辞儀。


「ああ、僕もだ。ハマ殿」

「しかし、よく朕が隠れているとわかりましたネ」

「……猛攻を受けても他の退魔師が現れなかったからね。恐らく、情報収集が好きなハマ殿がいるのだろうと思っていた」

「アハハ、なるほどなるほど。会ってからそんなに時間が経っていませんが、朕の性格を理解してくれて感謝ですヨ」

「……しかし、ハマ殿の謎が増えたのも確かだ。そのことについて、話してもらえるだろうか」

「……そうですネ。あれだけの大技を放ったのですから、説明する必要はありますよネ」


 丹羽長秀に猛襲を仕掛けた仙術使いハマ。情報を武器とする信条の彼女は胸に手をあて、息を整えると、その秘密を白状し始めるのだった。

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