第54話 天の力

 大小様々な大きさのブラウン管がフランスの聖騎士を睨んでいた。


「ようこそいらっしゃいました、お客様」


 男の声がいくつも重なり、「家電売り場」に響いていく。まるで合唱団の聖歌を間近で聞いているような気分だが、神聖さはまったく感じられず、邪悪さしかない。

 ジャスコ城の一画。「家電売り場」――そこはもちろん各種家電製品を取り揃えた売り場である。

 フィールは【オズサーベル】を握り締め、テレビに向けて視線を巡らせる。


「お前が、織田四天王の一人……そしてジャスコ武将の……」

「いかにも。私の名は丹羽長秀……信長様とは友であり兄弟分。そして、『米五郎左』とも呼ばれています。米のように毎日の生活で欠かせない存在。それが、私」


 ぱたぱたと扇いでいた扇子をぱちんっと閉じ、口元に添えてから丹羽長秀は笑みを浮かべる。


「その私がジャスコ武将として転生し、得た力がこの『家電』! 私の知らぬ間に、家電が人々の生活を豊かにし、まさに欠かすことのできない存在になっていたのです。この『家電売り場』こそ『米五郎左』に相応しい売り場!」


 まるでテレフォンショッピングの司会者のように声を弾ませる丹羽長秀。

 翁の面のような笑みを浮かべながら、般若のような殺気を声に宿す。


「……では、私の商品の力を思い知らせてあげましょう、お代はもちろん、あなたの命ですよ、お客様!」

「させるものか!」


 先手必勝。フィールは蜂の一刺しのように【オズサーベル】でブラウン管テレビを突いた。画面が割れ、丹羽長秀の顔が消える。恐らくはこのテレビを介してジャスコ術を発動させるつもりなのだ。フィールは次から次へと突きを繰り出し、テレビを破壊し続ける。


「乱暴なお客様なことで。しかし、この画面が一つでも残っていれば、私の術は発動します」

「何……」


 フィールが最後に残ったテレビを叩き壊そうとした瞬間、その画面が激しく明滅を繰り返す!


「何だこの光は……!」


 赤、青、黄。そして、余裕の笑みを浮かべる丹羽長秀。それらの映像が一秒間に何十回も切り換えられて画面に映し出されたのだ。

 直後、振り下ろされた【オズサーベル】がテレビを叩き壊し、光の奔流からフィールは解放される。しかし、それは相打ちだった。


「ぐっ……目が……」


 激しい光を浴び、フィールの視界が不良。さらには、眩暈や吐き気、頭痛までもが体を蝕み、倦怠感が伸し掛かった。まるで、ウイルスに冒されたような感覚である。


「ジャスコ術〈フラッシュカット〉……。お客様、テレビは離れて見ないといけませんよぉ」


 ぬっと壊れたテレビの影から男が現れる。今まで画面の中でしか見られなかった丹羽長秀だった。どうやら、テレビの中に潜り込んでいたのもジャスコ術の一環だったらしい。


「丹羽……長秀……」


【オズサーベル】を横薙ぎに一閃。丹羽長秀の首を獲ったかとフィールは思ったのだが、聖剣は虚しく空を切った。丹羽長秀が回避したわけでもない。最初から、剣は当たっていなかったのだ。


「ぐっ……」


 空振りに終わったことでフィールの体勢が崩れる。【オズサーベル】を杖のようにして床に突き立てると、大きく息を吐き出した。


「テレビというのは便利な道具です。まさに注目の的。見ているだけで、様々な情報が目を介して頭に飛び込んでくる。だからこそ、『兵器』にもなり得る。かつて、テレビ番組の中で〈フラッシュカット〉が使われ、多くの人間が病院に運ばれたそうな。私の魔力が加われば、このように人を無力化させるのも造作もない」


 体に絶大な負荷がかかったフィールを哄笑する丹羽長秀。


「……テレビは、人の暮らしを豊かにする道具だ。決して兵器などではない……」

「しかし、戦時には兵士を鼓舞するためにサブリミナル効果やフラッシュバックを利用したこともあったそうですよ。競争に勝つためには、何でもする。それが人の性。故に、私の理論は間違ってはいない。それをさらに証明するためにも、家電の力であなたを圧倒しましょう」


 丹羽長秀が「家電売り場」を闊歩し、ある商品に向けてびしっと扇子を差した。


「まずは〈扇風機・神風の陣〉!」


 扇子の先にあったのは、夏には欠かせない家電の代表格――扇風機だった。丹羽長秀の体が淡く輝くと、それに応じて扇風機の羽が回転を始め、風を送り出す。

 ただし、その風速は軽く四十メートルを超えていた。


「な……に……!」


 さらに風の力が強まり、テレビの残骸と共にフィールの体が吹き飛ぶ! もはやこれは扇風機ではなく、暴風機。サイズはコンパクトだが、台風のシミュレーションで使われる機材のようだった。


「がはっ……」


 回避不能の突風によりフィールは壁に叩き付けられ、さらにその体に向けてテレビの破片やディスプレイの欠片が礫のように襲い掛かる。頬が切れ、鎧が傷付き、身動きが取れない。そこへ丹羽長秀は追撃を始めた。


「次は水計と洒落込みましょう。私はジャスコ武将である以前に戦国武将。この手の戦術は好みですから」


 丹羽長秀が次に扇子を向けた先にあったのは――


「〈洗濯機・排水の陣〉!」


 これも日常生活に欠かせない家電である洗濯機だった。洗濯機に繋がれていたホースが丹羽長秀の魔力を受けて動く。すると、その先端から水が怒涛の勢いで放たれ、フィールを襲った。まるで滝の中に放り込まれたような気分である。風と水の攻撃を同時に受け、フィールは肉体的にも精神的にも衰弱を始めた。さらに、その先に待っているのは――溺死。ジャスコ城の中で溺死など、聖騎士には勲章が傷付くほどの恥であろう。


〝――ぐ……これが水計だと……ふざけている……〟


 風と水が止み、フィールの体がずるりと壁から滑り落ちる。そこへ反撃の隙を許さぬよう、丹羽長秀は仕上げとばかりにさらに次の家電へ扇子を向ける。


「ではでは、次は氷漬けにして差し上げましょう。おっと、あなたたちがここまで辿り着いたというのなら、細川忠興も斃したのでしょう。なら、この後何が起こるのか、猿でも予想できるかと」


 丹羽長秀が次にジャスコ術を発動させた家電は――


「〈冷蔵庫・冷凍の計〉!」


 もちろん、冷蔵庫だった。扉が開かれた冷蔵庫から極寒の冷気が迸る。〈洗濯機・排水の陣〉の力により、大量に水気を含んだことからフィールの体は一瞬にして足元から氷像と化してしまった。この力は同じ凍結系のジャスコ術の使い手であった細川忠興をも凌駕しているだろう。


「家電を利用し、これだけ多彩な奇跡を起こせるとは……」


 ぴきぴきと凍る頬の音を聞きながら、フィールは声を絞り出す。


「文明はこの百年でその度合いが跳ね上がりました。テレビも、扇風機も、洗濯機も、冷蔵庫も私たちが生きていた時代からすれば、まさに全てが神仙戯術。これも全ては神の領域に存在していた力――『雷』を我が物としたことによるもの。つまりは家電こそ、天の力なのです。私の魔力が合わされば、天変地異をも起こせる。戦場は大きく変わります」


 苦痛に顔を歪ませるフィールの姿を目にし、丹羽長秀は満足そうに微笑んだ。


「どうですか。恐れましたか? 慄きましたか? これが家電の力なのです」


 丹羽長秀が蔑むような視線を送る。邪悪な気配に満ちたジャスコ武将。全ての戦況を自在に操る天才軍師のような風格の男に対し、聖騎士フィールは屈してしまう。

 こともなく――


「……いや、天変地異を起こすほどの自然の力を使うというのなら、僕だって抗える!」


 氷の中で【オズサーベル】を力強く握り締めると、フィールは気合と共にエーテルを注入。刃が赤く輝いた直後、フィールは全身全霊を込めて聖剣を振った。火炎の力を持つ爪痕がフィールの体の氷を砕き、その身に自由を取り戻させる。


「〈火竜の爪〉……明智殿の見様見真似だが、僕だってこのくらいの氷を砕くことはできる!」


 エーテルもまた自然の残滓。様々な奇跡を起こす源だ。ならば、丹羽長秀のジャスコ術と大差はない。力が宿るのが「剣」か「家電」かの差である。

 フィールは【オズサーベル】の切っ先を丹羽長秀に向けると、声を大きく張り上げた。


「もうお前の手札は見せてもらった。その悉くに対応できるし、打ち勝てるだろう。ここからは僕のターンだ。いや――」


 そしてフィールは呼びかける。丹羽長秀相手ではなく、


「僕たちのターン。そうだろう、ハマ殿!」


 仙術使いの彼女に向けて――


「ええ、そうですネ!」


 丹羽長秀とフィールから少し離れた場所で甲高い声が響いた。すると、今まで誰もいなかったと思われた場所に、道着姿の人物がゆらりと出現。


「フィールサンのお陰で敵の力は分析完了ですヨ。ではでは、朕も本気を出させていただきますネ!」


 氣を利用し気配を消していたらしいハマ。【水銀棍】を構えると家電売り場を猛将のように駆け抜けるのだった。

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