第51話 狩猟の遊戯

「ベアっち!」


 傷だらけの体から蜂蜜のように甘い声を絞り出し、ルゥナは歓喜する。ベアタンクはルゥナと顔を合わせるや否や、


「〈ベアクロー〉!」


 勢いよく手を振り下ろす。すると、鎌鼬の斬撃のような旋風が発生。ルゥナの体に巻き付いていた紐が見事に切り裂かれ、その細身の体に自由が戻るのだった。


「あっ、よかった! ベアっち、マジでサンキュー!」

「うむ。分散されたと理解した後、闘気を頼りに移動していたのだ。そして、爆発的な闘気を感じてな」


 ベアタンクが拳を構え、体勢を立て直そうとしている滝川一益と向かい合う。野性味溢れる体だが、その頭脳の回転は人一倍速い。理知的な声音が熊の顔から放たれる。


「察するにお主はジャスコ武将『玩具売り場』責任者滝川一益だな。ルゥナが世話になったようだ。吾輩も参戦しよう」

「クク……なんと野性の息吹を感じる熊のぬいぐるみ……。拙者の物にして、新商品として発売したいところでござるな。ならば、狩猟の時間でござる」


 滝川一益の体が輝く。ヨーヨーでの攻撃を終え、次のジャスコ術を使うという合図だった。瞬間、滝川一益の両手に握られたのは――


 マシンガンであった。


 殺傷能力が高そうな武器ではあるが、どこか精巧さに欠けるデザイン。そもそも、玩具売り場で銃が売っているはずがないから当然なのだが。


「ジャスコ術〈エアソフトガン〉!」


 滝川一益が手にしていたのは、実弾ではなくプラスチック製の弾を射ち出す遊戯銃。サバイバルゲームにも使用され、子供から大人まで人気の玩具だった。


「さあ、蜂の巣になるでござる。熊だけに……!」


 滝川一益がエアソフトガンのトリガーを引けば、激しい音と共にプラスチック弾が放たれる。それも、一秒に数発もの電撃的速度だ。


「わっ」

「…………」


 ルゥナとベアタンクは二手に分かれて攻撃を回避。それと同時に驚愕した。


「なんじゃあ、こりゃあ……」とルゥナが顎を外したように、カラフルな床や壁には抉られたような穴が開いていたのだ。おそらく、エアソフトガンから放たれる弾は滝川一益の魔力を受け、その威力が実弾クラスにまで高められているのであろう。一発でも当たれば致命傷というプラスチック弾の雨霰。その照準はルゥナとベアタンク両者を狙っていた。


「……なんちゅー威力と連射速度! これじゃ、あいつに近付けないじゃん! シューティングゲームの弾幕みたい!」


 ルゥナは懸命に床を駆け、弾を回避しながら反撃の機会を伺うが、ヨーヨーによる打撃の影響か体が鈍い。このままでは、弾の餌食になるのも明白だった。


〝――まさか、の気分をこんな感じで思い出すなんてね〟


 ルゥナの目に翳が過ぎり、プラスチック弾がその体に迫ろうとする。


「あ、やっべ」


 ギャルの体がレンコンのように穴ボコになる姿を幻視。そんな惨めな姿を晒したくはない。そのルゥナの思いが届いたのか――


「〈ベアシールド〉!」


 ルゥナの体を、熊の巨体が覆い被さった。


「ちょ、ベアっち! 無理しないで!」


 ベアタンクは自らの体を盾とし、滝川一益が放つプラスチック弾からルゥナを庇い始めたのだ。雄々しい熊の体に慈悲もなくプラスチック弾が着弾するが、


「吾輩の肉体は……闘気で高められている……! 気にするなルゥナよ。吾輩の陰に隠れ、反撃するのだ」


 ベアタンクはプラスチック弾の猛攻に耐えていた。本人が言った通り、闘気がその体をより強靭にしているのだろう。ベアタンクは怯むことなくどっしりと歩み続け、滝川一益に近付こうとする。


「……ありがと、ベアっち……」


 ルゥナは柄になく穏やかな顔でベアタンクの行為に甘え、その熊の背中に抱き付いた。まさに、熊のぬいぐるみを愛でる少女然とした顔。ギャルを気取っているが、ルゥナは紛れもなく女としてこの世に生まれ落ちた身なのだ。

 プラスチック弾を受け続ける熊の姿を目にし、滝川一益は口端を吊り上げる。


「クク……体が丈夫なようでござるが、拙者の〈ソフトエアガン〉にどれだけ耐えられるでござるか?」

「……弥助と戦ったおかげで、吾輩も力が増した。このような弾など、マッサージと変わりない。むしろ活気が満ちていくぞ」


 僅かに見える人間の頬を緩めるベアタンク。ルゥナはベアタンクに掴まりながら、スクールバッグから忍び道具を補充。反撃の機会を伺う。


〝――うし、【プリクラ手裏剣】補充完了。あとは、ベアっちの背中から離れて、投擲。あのソフトエアガンを破壊。そのあとは、フルボッコ。うん、我ながら完璧な作戦!〟


 息を整え、ルゥナが隙を見つけようとした時だった。

 滝川一益が暗黒的な微笑を湛えた。


「クク……まさか〈ソフトエアガン〉の弾に耐えられる人間が現れるとは思わなかったでござる。しかし――拙者は忍び。二の手三の手を隠していることを、忘れないことでござる」


 そう言うと、忍びの体が淡く輝く。また新たなジャスコ術を使うつもりなのだ。


「ルゥナよ!」

「うん、十児の台詞を横取り四拾萬! 『時は今』!」


 ベアタンクの背中から華麗に飛び上がり、ルゥナは空中から滝川一益に向けて【プリクラ手裏剣】を投擲。霊力を帯び、鋭く硬い暗器と化したプリクラが、宙を切り標的に迫る。

 それよりも早く――


「ジャスコ術〈特選花火セット〉」


 滝川一益がその力を解き放った。


「え……」


 ルゥナとベアタンクの視界で花が咲く。雄大で、力強い、夏の風物詩が部屋の中で爆発する。夜を彩る風靡な花火ではあるが、ルゥナは背筋が凍ってしまった。噴出花火、打ち上げ花火、ねずみ花火、パラシュート花火。多種多様な花火が具現化され、弾け出しているのだ。


「ちょっ、熱っ。あっ……」


 眩い光と炎が周囲から迸り、ルゥナの白い肌が焦げていく。まるで火山の噴火口の中を歩いている気分だ。閃光、熱風、爆発、衝撃。悪夢のようなロンドに蹂躙され、ルゥナの体は糸が切れた操り人形のように揺らめいてしまう。

 魔力によって高められた花火による火線がベアタンクにも襲い掛かる。激しく渦巻く閃光が生き物のように熊の身を包み込むと、その体を炎上させたのだ。


「ぐ……吾輩の毛皮が燃える……!」


 プラスチック弾には耐えたベアタンクの体が花火には耐え切れず炎の餌食。赤き魔物が貪り食うかのように熊の体を焼き焦がしていく。


「ベアっち……!」


 ベアタンクを救おうにも、花火の爆発が止まらず思うように前進できない。進み方を選ぼうとしているうちにも体中に火傷が生まれ、体力がじりじりと消耗。花火を用いた、あってはならない凄惨な光景だ。それを滝川一益はまさに納涼だと言わんばかりに楽しんでいた。


「クク、まさに火遁の術。この火こそ破壊と蹂躙の象徴。風魔の子に熊よ。お主たちの命運もここまででござる」


 冷酷な笑みを浮かべ、勝利を確信する滝川一益。

 だが――


「その自惚れが命取りだ、滝川一益よ」


 一瞬のことだった。滝川一益の背後からぬっと樟のように太い腕が現れ、その体を羽交い絞めにしたのだ。滝川一益は目を小さくし、声を荒げた。


「な……。誰でござる!?」


 完全に想定外の人物だったのだろう。花火の爆撃を受け、立つのも精一杯ではあるが、ルゥナもまたその奇妙な姿を目にし、愕然とした。


「え……誰……?」


 鍛え上げられた肉体に汗が滴り、ご来光を宿した霊峰のように美しく輝く。筋骨隆々とした体を躍動させ、その人物は滝川一益の体を持ち上げた。その様子を見ていたルゥナの焼けた頬に血が集まり、さらに赤く染まる。彼はパンツ一丁だったのだ。胸板と割れた腹筋、逞しい太腿は神話の英雄のようにも見える。そして、その顔は――


 熊を模したマスクに覆われていた。


「って、ベアっちじゃん!」


 この男の正体は――当然だが――ルゥナたちの戦いに乱入した者ではなく、ベアタンクだったのだ。着用しているのはマスクと黒いレスラーパンツ、そしてブーツのみという大胆ではあるもののレスラーの標準装備。


「燃えたのでは……なかったのでござるか……」

「惜しいが、脱皮させてもらった。真正ベアタンク、ここに選手入場だ」


 そう、ベアタンクは花火を受け炎上した毛皮を脱ぎ捨て、ほぼ裸の肉体を晒し戦い続けることを決めたのだ。毛皮を捨てた分身軽となり、忍びである滝川一益ですらその気配を察知できなかったようだ。


「滝川一益。まさに戦場に立つような、侃々諤々の世界を演出してくれたことに感謝するぞ。吾輩の闘気もさらに高められた。これは礼だ」


 ベアタンクが筋肉を膨れ上がらせ、滝川一益の体をよりがっしりと掴む。そして、下半身に全体重を預けて――跳躍! 筋肉の塊は今、まさに打ち上げ花火のように宙を舞い、その最中で向きを反転。床に向けて滝川一益の全身を叩き付ける!


「〈ベアドロップ〉!」


「が……」


 ずしんっと家屋が倒壊するような激震が部屋に走り、弾力があるはずの床がひび割れる。ベアタンクの闘気がその体を巨岩のように変え、威力を高めたのである。

 滝川一益は白目を剥き、その場でぴくぴくと釣り上げられた魚のように小刻みに痙攣を始めた。

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