第50話 トリックプレイ

 十児と松田が柴田勝家と死闘を始めたころ、ルゥナもまたジャスコ武将と死のダンスを舞おうとしていた。

 ポップでカラフルな、子供部屋のような空間。ルゥナはトンボ取りをするように人差し指をくるくる回しながら、虚空に向かって話し始める。


「隠れていても無駄だよ。こっちはもう、あんたの見当は付いているって感じだから。その使うジャスコ術も、全てお見通し。名探偵と言われたじっちゃんの孫のあたしに不可能はない!」


 ドラマの名言のようにびしっと指を差し、


「『玩具売り場』責任者、滝川一益! 犯人はお前だ!」


 強くそう叫ぶのだった。

 しんと静まり返っていた部屋に、びしっとプレッシャーが滲み出し――


「……クク。見事でござる。他のジャスコ武将を退けただけあって、大した女子でござる」


 昆虫の羽音のような声が頭上から響いた。ルゥナは素早く振り仰ぎ、その男と目を合わせる。

 カッと目を大きく開けた痩せ型の男がそこにいた。ジャスコの制服を身に纏っていることから、彼がジャスコ武将であることは自明の理だ。


「……あれま、親愛なる隣人さん?」


 ルゥナが頬を緩ませ、そう呟いたように――

男はアメコミヒーローよろしく、天井から伸びた糸によって逆さ吊りになっていたのだ。

 男が手を蜘蛛の足のように動かすと天井から糸が離れ、ルゥナの目の前に華麗に着地。


「いかにも、拙者は織田四天王の一人。ジャスコ武将にして『玩具売り場』責任者滝川一益でござる。クク、名探偵気取りの女子よ、なぜ織田四天王の中から、拙者だとわかったのでござるか?」

「十児が言ってたんだ。敵を想像しろって。あたしは、この部屋に迷い込んでからあたしと同じ気配を感じた。心の中で嗜虐的な笑みを浮かべ、娯楽を武器に戦う性質の人間がいるって、直感した。あたしの同類。ならば、そいつは忍び。つまり、甲賀の者である滝川一益しか考えられないってこと!」


 ルゥナはどこからともなく【プリクラ手裏剣】を取り出し、またもや見得を切る。


「あたしは『天地』のエージェントが一人、風魔ルゥナ! 風魔の名に懸けて……シャルウィーダンス?」


 挑発的な笑みを見せた刹那、ルゥナは【プリクラ手裏剣】を投擲。滝川一益との戦闘が始まった瞬間であった。

 ルゥナが投擲した【プリクラ手裏剣】が宙を駆け、今まさに滝川一益の首元に刺さるかと思った瞬間――


「クク……」


 滝川一益がぐっと手を引くと、【プリクラ手裏剣】の全てが弾かれ、床に力なく落下。ルゥナはむっと唇を尖らせる。滝川一益の手元には、糸で繋がった物体がギュルルと音を立てて垂れ下がっていた。


「やっぱり、それが武器だったんだ」

「いかにも。これが拙者の武器――〈ハイパーヨーヨー〉でござる」


〈ハイパーヨーヨー〉――それは一九九七年頃から登場したホビー。様々な性能を持つヨーヨーでトリックを楽しむことができ、競技大会なども開催。プロモーションが功を奏し、子供たちを中心に流行。大型量販店では売り切れが続出した現代のヨーヨーである。

 滝川一益はこのヨーヨーを使い、天井から吊り下げ男と化していたのだ。


「って、本当にただのハイパーヨーヨーじゃん!」


 滝川一益はスナップを利かしてヨーヨーを空回りさせる。本当にただヨーヨーで遊んでいるようにしか思えない姿だ。だが、彼は紛れもなく凶悪なジャスコ武将の一人なのである。


「しかし、拙者の魔力が加わればこの通り、常軌を逸したトリックを使うことが可能となるのでござる!」


 あんぐりと口を開けるルゥナに向かい、滝川一益はヨーヨーを投擲。しかし、乱暴的にではなく、芸術的に美しく、湖上の白鳥を思わせる軌跡を描く。


「〈ハイパーヨーヨー・ループ・ザ・ループの型〉!」


 魔力を帯びたヨーヨーがルゥナの体に迫る。ルゥナは直感した。少しでもヨーヨーに当たれば打撲では済まない怪我を負うことになると。


「わっ、ちょっ。ヨーヨーを人に向けて投げるなって、バンダイに言われなかったの!?」

「何を勘違いしているでござる。我々はジャスコ武将。武将にそのようなルールは通用しないでござる」


 滝川一益が流麗な手つきでヨーヨーを操作し、ルゥナを追い込む。ルゥナは必死にその軌道を見切り、回避しながら反撃の機会を伺う。


「あのヨーヨーを何とかしないと……だったらこっちは!」


【プリクラ手裏剣】よりも大型の【ポストカード手裏剣】を取り出し、指と指の隙間に挟むルゥナ。


「スパイダーマンにはウルヴァリンで対抗ってね!」


 アメコミヒーローの気分になったルゥナがヨーヨーの輪のような軌跡を見切り、ポストカードで作られた爪を糸に向けて切り裂く!

 はずだったが――

 爪が糸を断ち切ろうとした瞬間、ヨーヨーが生きているかのように動き、本体がルゥナのシースルーシャツに食い込む。


「しまった!」

「〈ハイパーヨーヨー・ドッグバイトの型〉……。そなたを捕まえたでござる」

「ぐっ。安室ちゃんの『DANCE TRACKS』オマージュで買ったシャツが……!」


 ギュルルとヨーヨーが回転を始めると、それに合わせてルゥナの体が糸に巻き取られる。まさに、紐から放たれたコマが逆再生をしているかのようだ。通常のヨーヨーでは考えられない技を可能としているのもまた、ジャスコ武将としての力なのかもしれない。


「ちょっ……束縛系男子だったの、あんた。あたしは自由なギャルだっつーのに!」


 腕を縛られては忍び道具を使うことは不可能。ルゥナは懸命にもがくものの、白い腕が切れ、血が流れ出すばかりで無意味であった。


「これで逃げ場はなし。忍びならば、この先に待つのは拷問ということも理解しているでござるな?」


 滝川一益が左手に握り締めているものをルゥナに見せつける。それもまたヨーヨーだった。


「相手が女だろうが男だろうが……容赦はせぬ。信長様に立ち向かった時点で大罪でござるからな。拙者が、裁いてやるでござる。この〈ハイパーヨーヨー〉で……」


 滝川一益が左手のヨーヨーを投擲。スナップを利かせて、ルゥナにトリックという名の攻撃を開始した。


「さあ、どれだけ耐えられる? 風魔の女子よ……」


 悪夢のような時間だった。


〈ハイパーヨーヨー・ロケットの型〉〈ハイパーヨーヨー・アラウンド・ザ・ワールドの型〉〈ハイパーヨーヨー・スリー・リーフ・クローバーの型〉〈ハイパーヨーヨー・ムーンサルトの型〉〈ハイパーヨーヨー・ビハインド・バック・ループの型〉……。


 ありとあらゆるトリックが束縛されたルゥナに向かって披露された。ヨーヨーがギャルの体に当たり、痛々しい痣が浮かぶ。

 それはまさに鞭打ちを受けているような拷問の如き凄惨な光景だった。

 だが、それでも、ヨーヨーの技を受け続けたルゥナは――


「あっは……マジ快感。超刺激的で……うん、体がいい具合にほぐれそう……」


 白い歯を見せて笑っていた。

 滝川一益は左手のヨーヨーを手元に戻し、顔を歪めた。


「拙者の拷問にここまで耐えるとは、忍びとはいえ妙な女子であるな。常人ならばとっくに死んでいるというのに」

「あたしは渋谷最強のギャル、ルゥナだよ。笑ってなきゃ、ギャルじゃない……。ピンチの時こそふてぶてしく笑うのが、あたしの流儀……」


 ――とはいえ。

 この状況は有体に言って絶体絶命。ルゥナは虚勢を張り続けているだけに過ぎない。


〝――やっべ。滝川一益、超つえーじゃん。マジで死ぬ五秒前になりそう。こうなったら、もうアレを使うか……。ラスボスに使いたかったけど、エリクサーみたいに温存していたらお陀仏だしなー……〟


 ルゥナが決死の覚悟で、切り札を切ろうとした瞬間であった。


「案ずるな、ルゥナよ。吾輩が来た」


 ぼっと火が灯ったかのように、荒波が覆い被さるように、部屋に闘気が弾けた。

 この力の持ち主をルゥナは知っている。澱んでいた瞳に光が射す。自然とクリスマスプレゼントを受け取った少女のような笑みをルゥナは浮かべる。


「〈ベアバスター〉!」


 刹那。滝川一益に向けて戦車の砲弾のようなものが発射。

 闘気の弾が直撃し、「ぐ……」と滝川一益が三メートルほど弾けるように飛ぶ。

 乙女の窮地に駆け付けたのは、白馬の王子ではなく全身毛だらけの熊。

 東北のレスラーベアタンクであった。

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