第49話 神装極道
〝――これは【覚醒の香】じゃ〟
高揚した気分の中で、松田は露天商から【覚醒の香】を押収した時の記憶を掘り出していた。
〝――この香炉には応神天皇の神霊……八幡神の力が封じ込められておる。香りを一度嗅げば、神霊の力を授かることができるのじゃ。力が漲り、疲れが吹き飛び、どんな痛みにも耐えられるんじゃぞ。ホレ、お前さんにはお似合いじゃろう〟
〝――オイオイ、どう聞いても
〝――フムン。お前さんたち、ヤクザかと思っておったら、それなりの美学があるようじゃな〟
〝――組長の教えや。その辺のアホと六道会を一緒にすんなや〟
舐めた口の露天商相手に凄む松田。そのスーツを、ちょんちょんと原口が突っついた。
〝――せやけど、松田の兄貴。この【覚醒の香】って奴も、一応もらっときましょうや。いつか、役に立つかもしれんで〟
〝――使うなら注意するんじゃぞ。体を活性化させるからには、命が縮む。香が切れたら、さらに激痛が襲うんじゃ〟
〝――薬物より危険やないか。ンなモン、ジブンに売らせるわけにはいかんやろ!〟
力の対価を知るや否や、松田は露天商から【覚醒の香】を勢いよく奪い取った。
〝――ふっふっふ。毎度ありじゃ。さて、次はこの【反魔鏡】なんじゃが……〟
〝――まだあるんかい!〟
再び蘇ったあの日常から、松田は現在へと意識を変える。
〝――ああ、確かにこの【覚醒の香】は……薬物とは違うんやろなァ〟
露天商の言った通り、【覚醒の香】のお陰で力が膨れ上がり、出血していることが気にならないくらい痛みが消えた。しかし、体を覆っているのはどこか暖かな気配。これが神霊の加護なのだろうと松田は考えた。薬物の類を使ったことはないが、本能で別物だと松田は感じた。
「オラッ、オラッ、オラッ!」
神霊のオーラを纏いながら、松田は【神梛刀】で袈裟切りに打ちつけ、隙を見つけて〈六道会キック〉を繰り出し、柴田勝家と渡り合う。対するジャスコ武将もサーベルで反撃ししてくるのだが、肉が裂けようが松田にはそよ風を浴びるようにしか感じなかった。
「ガハハ! まさか、人間の身でありながら、ジャスコ武将であるこの儂をここまで追い込むとはな! 滾る、滾るぞ!」
「せや! どんどんぶつかって来いやっ!」
松田は楽しくて楽しくて仕方がなかった。
ジャスコ武将というふざけた男と戦えること。
単純に力勝負ができること。
この一瞬を愛おしく思えるぐらい、松田は高揚していた。
〝――なんでアンタはそんなに強いんや〟
また松田は昔を思い出していた。勝花との喧嘩に負け、六道会に入ることを決意した瞬間の記憶だった。
〝――単純な話よ。お前には愛が足りん。お前は何も背負っていない〟
〝――愛やと?〟
〝――俺は、お前みたいな暴力が全ての野良犬をこの街に蔓延らせるわけにはいかないという思いで喧嘩を買った。俺は、この街を……近江八幡市を愛しているからな。この街のために拳を信じ、お前のような輩に力の使い方を教えている〟
〝――まるで聖人やないか……。なんでアンタは極道なんや……〟
〝――正義の味方の真似事をやろうと思えば、やれるさ。それでも、いつか人間の汚さに気付き、絶望することもあるだろう。だから、俺は最初から外道となり、同じ外道の相手をすることを決めた。元々堕ちていれば、それより堕ちることはないということだ〟
松田は察した。この勝花もまた、様々な激動を生き抜いていた過去があったのだろうと。
〝――要するに、不器用なんやろ〟
〝――そうだな。世の中には、いろんな道があり……俺は極道を歩くことしかできなくなった。それでも、俺は満足している。お前も、この街を愛せ。俺のように。そうすれば、野良犬は卒業できるだろう〟
〝――…………〟
〝――外道だろうが、愛の心を忘れなければいつかは報われる。仏様か神様が現れるだろうよ〟
その言葉を胸に、松田は野良犬から逞しい狂犬へと変化を遂げた。
六道会を守るために他の極道とも戦った。琵琶湖の花火大会では屋台を出し、子供たちの笑顔を見てきた。チンピラを叩きのめし、時には職務怠慢の警察官の尻を蹴った。
そして今も、松田は戦い続けている。
「ジブンみたいなァ……輩をこの街に蔓延らせるわけにはいかんからなァ……」
【神梛刀】の渾身の一撃が柴田勝家の全身を強く打ちつけた。またも交差するようにサーベルの刃が体を切り裂くが、松田は気にしない。
自分のため、街のため、松田は身に宿る神気を爆発。
「ガハハ! まさにお主は戦神! 阿修羅をも凌駕する、新たな神だ! この暴力の渦、なんと奇怪、痛快、そして愉快!」
「その喋りも……そこまでや……」
乱れる息を整え、松田は【神梛刀】を柴田勝家に向ける。
「特大ホームラン予告や……琵琶湖のバックスクリーンまで飛ばしたるッ!」
「ガハハ! ではお主を、
柴田勝家の巨体が弾む。松田の体に影が覆い被さる。
重くなってきた瞼に抗いながら、松田は敵を凝視する。
〝――ああ、さっきから、昔のこと思い出してばかりな理由がわかったわ〟
大きく跳ねる胸がやけに熱い。そして、手先は冷たい。
〝――ここが正念場って証なんやな〟
熱さと冷たさが混じった境地の中で、松田は最後の力を振り絞る。
〝――せやから、トチるわけにはいかんなッ!〟
松田は【神梛刀】を振った。
速く、力強い一打。コンクリートのビルだろうが解体できそうな、凄まじい威力の打撃は――
「ガッハ……」
的確に柴田勝家の腹を抉るように捉えた。
「オラアアアアアアアアアアアッ!」
体中の血管が破裂しそうなほどの勢いで【神梛刀】を振り抜き――
その最中――
「がああああああああっ!」
気合の篭った叫びに掻き消される形で、ぽきりと【神梛刀】が二つに折れてしまった。
しかし、それと同時に――
「ガハ、ガハハ……儂の体が……まるで、低重力の惑星にいるようだ……!」
柴田勝家の体はホームランボールのように吹き飛ばされたのだ。
体の自由を失った柴田勝家は放物線を描いてロンドンの街を飛び、その先には、
「松田の旦那……その漢気に、俺は惚れたぞ……」
聖戦士の子孫が獅子の形相で待ち構えていた。
十児は聖刀を十字に交差させ、構える。
「ジャスコ武将柴田勝家……お前の物語は、ここで
〈明智流滅却術・陰陽十字斬〉
聖なる十字の斬撃が瓦礫の街に描かれ、柴田勝家は聖人のように磔となり――
その首が撥ね飛ばされた。
刹那、どしんっと離れ離れになった胴体が石畳に落下。その体がすぐさま塵と化し街に飛散していく。
「ガハ、ガハハ……見事だ……明智の子……いや、明智十児。それに、極道の松田よ……事実は小説より奇なり……。この体験を、儂は忘れずに覚えておこう! そして、生まれ変わった暁には……小説家となり……発表するだろう……タイトルは……」
夢物語を語り続けていた柴田勝家の言葉はそこで途絶えた。織田四天王の一角、ジャスコ武将として蘇った柴田勝家は再び絶命し、この世界から消え去ったのだった。
「そんな未来は……打ち切りだ」
血の唾を吐き捨て、十児は【近景】と【貞宗】を鞘に収める。同時に、見ていた景色が大きく変わった。「モーリーアイランド」の時と同じようにぐにゃりと視界が歪んだかと思うと、ロンドンの街並みは次第に書物が並ぶ空間へと再構成される。
「フューチャー書店」――ジャスコ城の中に戻ったのである。インクの匂いが鼻腔を刺激し、十児はくらりとよろけた。
「ぐっ……」
満身創痍、疲労困憊。そんな絶望的な四字熟語が頭に浮かぶ。
まだ敵は残っている。ルゥナたち他の退魔師の行方も気になる。ここで倒れるわけにはいかないというのに。
そんな十児を激励するかのように、
「ハッ……気張っとけよ、十児」
柴田勝家に特大ホームランを放った松田が張り手を十児の胸に浴びせ、その体を支えた。
「松田の旦那……体は大丈夫なのか?」
強化された体の柴田勝家と剣戟を繰り広げ、松田の体は血塗れだ。最初から赤いスーツを着ていたのかと錯覚するほどである。
「……せやな、ちょっと休んだら回復するわ。せやから、十児は先に行っとけや。あの嬢ちゃんたちのことも気になるやろ?」
そう言うと、松田はよっこらせと近くにあった椅子に座った。それは、読み聞かせに使うための、幼児用の椅子だった。
「松田の旦那……」
言いたいことは山ほどあったが、それを口にすれば松田のプライドが傷つくだろう。
この極道の生き様を汚さないために、十児は、
「わかった。待っている。信長との決戦には、必ず来てほしい」
背中を向けて、歩き出す。「ほっ」と松田の溜め息が聞こえた気がした。
「松田の旦那……ありがとう……」
十児はそれだけを言い残して、「フューチャー書店」から通路へと飛び出していった。
「は……よう出来た兄ちゃんや。あんなんがおるなら、この街も大丈夫やろな」
大きく息を吐き出しながら、松田は虚ろな目で真っ二つに折れた【神梛刀】を見つめる。
「お前もよう耐えてくれたな……」
労うように、我が子のように松田は【神梛刀】を優しく撫でる。
その直後だった。
完全に凪の状態だった「フューチャー書店」に一陣の風が吹いた。
「フムン。わしからすれば、お前さんの生命力にも驚かされたんじゃがな」
いつか聞いた声が耳朶を打つ。いや、柴田勝家との死闘の最中でも聞いた声だ。
「なんや、ジブン久しぶりやな」
松田は微笑み、旧友と会うような態度で突然現れた老人に声をかけた。
「なんじゃ。もっと驚かんのか。ジャスコの中にわしがおるんじゃぞ。ホレホレ」
「……退魔グッズ、確かに役に立ったで。おおきにな」
全てを察した松田は老人――露天商に感謝の言葉を告げる。
「すまんのう。わしも、あの明智光秀に力を与えた聖人と同じように……直接魔王と戦うことはできないんじゃ。魔王が復活することはわかっておったのでな、代わりに戦ってくれる者を探しておったんじゃ」
「……それで、ワシが釣れたっちゅうわけか」
「怒るかのう?」
「いや……面白かったで……。この街を奪ったトンチキな奴らと戦えて……」
松田が目を閉じ、静かに微笑んだ。
露天商は少し不満そうな顔をして、松田に尋ねる。
「……お前さん、本当にわしのこと気にならないのかのう?」
「なんとなく、わかっとる……。【覚醒の香】と同じような匂いが、ジブンからするからな」
核心を突かれ、露天商は笑窪を作った。
「ワシを迎えに来たんやろ。ジブン、露天商に化けとったけど、この近江八幡市の守護神や……。名前は……」
露天商の名前を言い当てようとした松田だったが、言葉は息と共に止まってしまった。
「なんじゃ。言わんのかい。まあ、街の名前を出した時点で、ほとんど当たっとるから良しとするかのう。善哉、善哉……」
露天商は穏やかな笑みを浮かべ、魔王の眷属と戦った勇者を称えるのだった。
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