第48話 無双

「つっ! 何という邪気、それに殺気だ……」


 十児が身を竦ませる。今までの柴田勝家とは比べ物にならないほどの気迫を受け、体が痺れ始める。

 だが、ここが正念場だ。この柴田勝家さえ斃せば、戦いは終わる。

 やらなければ、やられる。傷だらけの体に鞭を打ち、十児も松田も武器を構えた。

 その心意気良し、と言いたげに、


「では、参るッ!」


 柴田勝家が砲弾のような勢いで二人に肉薄。豪風のような剣速と威力の斬撃が十児を襲う!


「ぐっ……ううッ!」


【近景】と【貞宗】両方を使ってサーベルを受け止めるものの、一秒と保たず刀が弾かれる。目を小さくして愕然とする十児の鳩尾に向け、


「ガハハ!」


 丸太のように太い蹴りが直撃。十児は宙を飛び、建物の壁に激突した。


「……何だ……力が、違い過ぎる……」


 眼が眩み、視界が赤く染まる。どうやら衝突により頭に傷が入り、血が流れ出しているようだ。


「十児ッ!」


 叫ぶ松田も【神梛刀】で柴田勝家のサーベルを捌こうとするが、


「ガハ、ガハハ!」


 たやすく力負けし、宙を舞ってしまう。松田はロンドンの石畳に体を強く打ちつけ、呻いた。


「……その力の正体……またジャスコ術か……」


 十児が体勢を立て直し、【金橘】で反撃。しかし、柴田勝家がビュンッとサーベルを振れば弾が消し屑と化す。


「ガハハ! もちろんだ。儂が今使ったジャスコ術は〈火星のプリンセス〉! エドガー・ライス・バローズの傑作SF小説なり!」

「つっ……」


 残った力全てを振り絞り、十児は【近景】と【貞宗】で柴田勝家の猛攻に耐えようとする。だが、この人間離れした力は魔の力を持っているとはいえ規格外過ぎた。


「アメリカ軍人であるジョン・カーターが火星で繰り広げられる冒険活劇! ジョン・カーターは火星で驚異的な身体能力を持ち、活躍するのだ。その力を、儂は再現した!」

「くうっ……」


 手に力が入らない。目が霞む。少しでも気が緩めば、待ち受けるのは死。そんな状況でも、十児は諦めることなく反撃の機会を伺った。


「まさに古今無双! 儂強い! 異世界で繰り広げられるこの愉快で痛快な型は、いずれ流行する!」

「……初めてお前と会った時から疑問に思っていた……。他にもやりようがあるはずだが、なぜお前はSF小説に固執する……?」

「儂は夢を見たのだ! 永い、永い夢を。平行世界とも、未来とも思える世界の夢だ! そこでは儂は――柴田勝家は、SF作家だったのだ! 書かれ柴田。うむ、言い得て妙ではないか!」

「……解せない……まったく意味がわからない」


 柴田勝家と対峙してから、最も意味不明な言動だった。まさに難解なSF小説を読んでいるかのような気分だろう。しかし、その声に嘘の響きはない。どこかの世界では、確かに柴田勝家はSF作家なのかもしれない。


「故に、儂は書物の中でもSF小説を愛する! それこそが柴田勝家だからだ!」

「ぐっ」


 懸命に耐えたが、やはりジャスコ術の力を得た相手の方が上手だった。

 がきいんっと力強い音が響くと、【近景】と【貞宗】が十児の手から弾け、ロンドンの空に舞う。


〝――しまった!〟


 不覚にも聖刀を手放してしまい、十児は蒼褪めた。柴田勝家はサーベルを十児の喉元に向けると、歯を剥き出しにして嗤う。またも訪れた絶体絶命の危機。

 しかし――

 それを救ったのも、またもや彼だった。


「オラアッ!」

「んぐっ?」


 十児は見た。柴田勝家のサーベルが体を貫く寸前、血に染まったスラックスが視界に飛び込んだのだ。松田だ。松田が曲げ伸ばした足で柴田勝家の胴体を蹴り込んだのだ。


「松田の旦那……」

「間一髪やったな、十児。どや、ワシの〈六道会キック〉で、ダルマ野郎を吹き飛ばしてやったで」


 爆発的な蹴りを受け、柴田勝家はごろごろと石畳の上を転がり、受け身を取ってから立ち上がる。その顔には疑問符が貼り付いていた。


「ガハハ……。お主、儂を蹴り転がすなど、どこにそんな力が残っていた?」


 十児も同感だ。腕も膝もサーベルで斬られ、出血も多量。おまけに、数多くの柴田勝家の分身を斃し続け、そんな体力は微塵も残っているはずがないのだ。


「……ワシの切り札……使わせてもらったで……」


 そう言う松田の手には、小さな香炉が握られていた。中からは香しい煙が少しずつ出ており、松田はそれを嗅ぎ続けている。


「これは【覚醒の香】つってな。何や知らんが、一時的に神霊の力を得ることができる……つまり、力を漲らせてくれるって退魔グッズや」

「……確かに、その香炉からは力を感じる……だが……」


 そんな美味い話があるのならば、今までの戦いでも松田はその【覚醒の香】を使用できていたはずだ。今になって、切り札と呼んで使用するからには、何かしらの対価が――デメリットがあるに違いない。


「松田の旦那……それを使い続けたら……」

「まあまあ、見とき」


 しかし、十児の一抹の不安を無視し、松田はにっと笑う。


「大物相手やからな……十児が踏ん張る様、しっかり見させてもらったし……ワシも……全力でやらなあかん」

「ガハハ……決死の覚悟! なんと漢気に溢れ、逞しく、勇ましいことか! まさに、英雄譚を読んでいるような気分だな! お主……松田と言ったか! この儂と、死合をするというのだな?」

「そんな難しい話しちゃう。これはただの喧嘩や。どっちが強いか、生き残るか、それを決めるだけの、単純な話や」


 血管が太く浮き出た手で【神梛刀】を握り締め、荒く息を吐きながら、獣のような形相で松田は柴田勝家を睨みつける。


「ジブンみたいな、力任せの奴を捻じ伏せてこそ、ワシの極道や。さあ、シバいたるで、柴田勝家だけになァッ!」


 赤く染まった目を輝かせ、松田が突撃。


「ガハハ! 面白い! その極道、儂が密着取材してやろう!」


【神梛刀】とサーベルが交差する。普通なら砕け散ってもおかしくない力の衝突だが、【覚醒の香】を嗅いだ松田は怯むことなく攻撃を続け、【神梛刀】も耐え抜いていた。


「ハハッ! 楽しいなあ、柴田勝家! ハハ、ハーッ!」

「ガハハ! 確かに、これこそ武の嗜み、力の極みよ!」


 興奮状態の松田のラッシュを柴田勝家が受け続ける。【神梛刀】をサーベルで受け止めると衝撃が生まれ、ロンドンの霧が吹き飛んでいった。

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