第47話 鬼と呼ばれた猛将

「ハハッ……ようやったで、十児。さすがは六道会の新鋭や」


 腕や膝が裂けているのも気にせず、松田が十児を労った。六道会の新入りは「ああ……」と小さく頷く。その目はまだ闘志に溢れ、石畳をボウリングの玉のように転がる柴田勝家の首を見つめ続けていた。

 鬼とも呼ばれた柴田勝家。「フューチャー書店」の店長となり、本の力を利用したジャスコ武将。その強敵を斃し、歓喜の声を上げるべき場面なのだが、十児の胸には群雲がもくもくと生まれ始めていた。


〝――何かがおかしい……確かに手応えはあった。柴田勝家の首を弾き飛ばした。しかし……まだ奴の気配を感じる……!〟


 柴田勝家の首が正面を向き、十児と目が合う。

 濃い髭が特徴的な顔がにたあっと笑みを浮かべ、瘴気を発生させながら塵へと変わる。


「っ……!」


 心臓に針が突き刺さったような衝撃を受け、十児は背後に向けて【近景】を振り払った。

 がきんっ! と刃と刃がぶつかり合い、火花が散華。


「ガハハ! 油断はしなかったようだな、明智の子よ! 面白い! ミステリー小説のトリックにまんまと嵌ったような面白さだ!」

「柴田……勝家ッ!」


 鍔迫り合いを繰り広げている相手は、達磨のような体型の大男。


「な、確かに十児が斃したハズやで!」

「……これもお前のジャスコ術の一端か!」


 気合を込めて柴田勝家のサーベルを弾き返す十児。霊力を使用した剣技と疲労が重なった十児とは対称的に、柴田勝家は傷一つない姿で、どっしりと構えていた。


「ピンピンしとるやないか……!」


 さすがの松田も柴田勝家の姿を目にし、愕然としたようだった。


「ガハハ! なぜ儂が無事なのか、気になるか? 雑誌の袋綴じのようなマル秘情報だが、教えてやろう!」


 丸太のように太い腕を組み、柴田勝家がトリックを明かす。


「お主たちが斃したのは、間違いなくこの儂――柴田勝家だ!」

「…………」


 十児はこめかみをぴくぴくと動かす。松田もまた「ハア?」と呆けた。


「ただし! 柴田勝家は柴田勝家でも……」


 柴田勝家がまたエプロンのポケットから本を取り出す。

 その本の題名は「鬼柴田戦記」――

 十児は目を見開き、顔面蒼白となった。


「まさか……!」

「そうよ、そのまさかよ! 儂が使ったジャスコ術の名は〈鬼柴田戦記〉! これは、儂が主人公の戦記小説! この小説の中から儂は儂自身を呼び出し、影武者にしたのだ!」


 出鱈目すぎる力だった。そして、この奇跡を可能としたのもまた、柴田勝家という武将の力――戦果に他ならない。戦国の世で活躍した柴田勝家は後世でも語り継がれ、その生涯が書物となった。それが巡り巡って、ジャスコ武将として蘇った柴田勝家本人に利用されることとなったのだ。


「まさに、平行世界の自分自身と出会うようなSF小説的体験! 柴田勝家は柴田勝家であるが故に、能力も記憶も引き継がれる! どうだ、驚いたか? 感動したか? 読書感想文にしてもいいのだぞ!」


 口端を歪め、陽気に笑う柴田勝家。

 松田はポリポリとオールバックを掻いた。


「頭が痛くなるような話やな。ワシは原稿用紙書くのは苦手やから、パスさせてもらうわ」

「また蘇ったのなら、また叩き潰すのみだ……!」


 十児と松田が武器を構え、柴田勝家に立ち向かう。短時間とはいえ、柴田勝家とは何度も剣を交わした。その癖を覚え、十児はより洗練された太刀捌きで柴田勝家を圧倒するように剣技を繰り出す。


「オラッ!」


 松田もいつまでも猪突猛進な馬鹿ではない。十児の動きを予測し、フォローするように【神梛刀】を叩き込む。

 その甲斐あってか、柴田勝家に反撃の隙を与えることなく二人は押し切り――


「〈明智流滅却術・陰陽十字斬〉!」

「ヌッ……!」


 柴田勝家は再び聖なる十字を体に刻まれ、絶命した。またもずしんっと体を響かせながら仰臥し、体を塵へと変える柴田勝家。

 十児も松田も肩で大きく息を吐くが、感慨に耽ることはない。

 すでに今後の展開を予感していたからだ。


「ガハ、ガハハ……」


 予感は的中した。

 瓦礫の向こうからぬっと、柴田勝家が姿を現したのだ。


「なんやもう、ホラーみたいな話やな」


 もう見飽きたと言わんばかりに、松田はうんざりと溜め息を吐く。


「儂が使ったジャスコ術の名は〈鬼と呼ばれた猛将〉! これもまた儂が――」


 豪快な声と共に影武者を引用した本を解説しようとする柴田勝家。それを最後まで聞くことなく、疾風の勢いで十児が柴田勝家の首を撥ね飛ばした。


「ガハ、ガハハ……!」


 そしてやはり、これもまた影武者。別の本から出現させた柴田勝家の分身だった。

 新たな柴田勝家が建物の影から現れ、十児たちを嘲笑する。


「……何度でもかかってこい、柴田勝家! その全てを、俺が討ち滅ぼしてみせるッ!」


 筋肉を躍動させ、十児が石畳を蹴った。

 柴田勝家は想像以上の強敵だった。しかし、ジャスコ術を使うとはいえ、その源が魔力である以上、無限ではないはずだ。魔力は車のガソリンのようなエネルギー源。使い続けていれば、必ず切れる。何度でも影武者を出すならば、何度でも殺すまで。その決死の覚悟を胸に、十児は聖刀を振り続けるのだった。




「ハアッ……ハアッ……」


 明智光秀から継がれた【近景】と【貞宗】。聖なる力を秘めたこの刀も、今では重油のような血で染まっている。


「ワシら……何回殺したんやろなァ……」


 血塗れの松田が肩を大きく上下させ、周囲に視線を巡らせた。

 そこは、凄惨極まる光景だった。

 戦闘機械が暴れ、瓦礫だらけとなったロンドン。その市街地に、戦国武将の亡骸が無数に横たわっていたのだ。その何れも、濃い髭面が不気味な笑みを見せている。

 それらは全て、ジャスコ武将「フューチャー書店」店長柴田勝家。その分身だった。


〈鬼柴田戦記〉〈鬼と呼ばれた猛将〉〈図解柴田勝家〉〈清州会議〉〈賤ヶ岳〉〈太閤記〉〈新・太閤記〉〈賎ヶ岳の戦い―秀吉VS勝家覇権獲得への死闘〉〈クロニック戦国全史〉〈勝家、先陣の将〉〈信長公記〉……。


 かつてない壮絶な戦闘だった。架空戦記や資料本、端役なども含め様々な書物から現れる影武者を、十児と松田は次々と斬り伏せ続けていたのだ。


「くっ……」


 威勢よく、柴田勝家に戦いを挑んだ十児だったが、すでに疲労困憊。少しでも気を抜けば倒れ込み、そのまま永遠に目が覚めないような錯覚に陥っている。

 そして、そんな状況の二人の傷に塩を塗るかのように、


「ガハハ! 見事! ここまで儂を殺すとはな! 自分で言うのも何だが、奇妙な光景! まさに、真夏のホラー本フェアと言ったところか!」


 また、新たな柴田勝家が出現するのだった。


「お主たちの戦いっぷりを称賛し、特報を与えよう! 柴田勝家に関する書物はこれにて在庫切れ。この儂が、正真正銘最後の柴田勝家だ!」


 宣言と同時に柴田勝家の亡骸が全て塵へと変わっていく。この死闘が転換期を迎えた証のようだった。


「……ほう、この新喜劇のネタみたいに同じことの繰り返しも終いっちゅうわけか」

「そう、そうなのだ! 儂はもう影武者を、分身を呼び出せない! 故に――」


 サーベルを構え、柴田勝家は全身から邪気を漲らせる。


「全力でかからせてもらうッ!」

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