第46話 透明人間現る
それぞれの得物を構え、十児と松田が突撃する。
「ガハハ! なんと勇ましきモノノフよ。しかしゆめゆめ忘れるなよ。儂もまた鬼と呼ばれた男。その力に、慄くがいいわッ!」
柴田勝家が手にしていた本を一冊宙に投げると――それは紫色の魔力を帯び、一瞬にして一振りの刀へと変化。柴田勝家は豪快にその刀を手に取った。妙な形状の武器だった。柴田勝家は武将なのだから日本刀を使うのが自然だが、その剣はサーベルに酷似していた。
「柴田勝家―ッ!」
十児が【近景】と【貞宗】の連撃を柴田勝家に向けて浴びせる。身を捩り、【近景】を大振りにし、【貞宗】を小刻みに刺突する変幻自在の剣技が炸裂。
だが――
「ガハハ! 実に愉快な剣技であるな、明智の子よ!」
その悉くが、柴田勝家の手にしたサーベルによって弾かれていく。見かけによらず反射神経がずば抜けており、刀の軌跡に変化を付けても即座に対応されてしまう。
「ガハハ!」
「くっ……」
おまけにその一つ一つが力強く、刀を打ち合えば手が痺れてしまうほどだ。
その火花散る剣戟の最中、
「ワシがおるのも忘れんなや!」
柴田勝家が十児と打ち合っている隙に、松田が背後から脳天目掛けて【神梛刀】を振り下ろす!
「フンッ! 笑止千万!」
しかし、柴田勝家がコマのように回転し、強烈な反撃を松田に与えた。
「がっ……」
サーベルを【神梛刀】で受け止めようとする松田。しかし、柴田勝家の超人的な膂力により、弓から放たれた矢のように弾かれ、建物の瓦礫に突っ込んでしまう。
「クソがっ。なんちゅう馬鹿力や!」
松田は怯むことなく立ち上がり、果敢に柴田勝家に向かって飛びかかった。
「せやけど、面白いなァ。こうして戦えるのは、ホンマに!」
相手は柴田勝家だが、松田の頭に恐怖の二文字はないようだ。ここで退いては極道の名が廃るということだろう。狂戦士のように凶暴な貌を見せ、【神梛刀】に殺気を乗せてジャスコ武将に迫る。
負けていられない。十児もまた気力を燃やし、愛刀に乗せて渾身の剣技を柴田勝家に向けて放たんとする。呼吸を整え、霊力から水の気を集め、刃に宿らせ、奇跡を起こす。
「〈明智流滅却術・
それはまさに氷の牙を持つ狼。十児は氷柱のような【近景】と【貞宗】を、上から下から挟み込むように突き刺す!
「ガハハ! 技を変えたところで、儂の力の前では無力!」
柴田勝家が素早く旋回し、【近景】と【貞宗】をサーベルで弾こうとした。
しかし――
「ヌッ!?」
金属音も響かず火花も弾けず。サーベルは狼の牙を弾くことができず、ぴたりと受け止められてしまったのだ。【近景】と【貞宗】からは極寒の霊力が迸り、サーベルを凍らせていく。
十児は白い息を吐きながら告げる。
「細川忠興の真似事で癪だが、お前の剣を凍らせた」
水の気により氷狼の牙を生み出し、相手を凍らせ噛み砕く。それが十児の編み出した剣技――〈氷狼攻め〉。上位の悪霊の類をも一瞬で凍らせる技ではあるが、柴田勝家相手には剣を凍らせることで精一杯のようだった。
だが、これで十分だ。
「松田の旦那っ!」
「あいよっ!」
十児が叫ぶと、再び松田が【神梛刀】を柴田勝家の頭に叩き込む! 雷が大地に落ちるような速度と威力、そして衝撃が街に響き渡る。間違いなく、会心の一撃。常人ならば二回も三回も息絶えそうである。
「ぐ……」
サーベルで捌くこともできず、直撃を受けた柴田勝家は踏鞴を踏み怯んだ。
かに見えたが――
「ガハハ!」
柴田勝家がサーベルを力強く握り締めると、
「何……」
十児の体がふわりと地面から離れた。
氷の力を纏った【近景】と【貞宗】ごと十児を持ち上げ――柴田勝家はそのまま地面に大槌のごとく叩き付ける!
「つっ!」
轟音と共に背中に衝撃が走り、骨の軋む音が聞こえた。背中を預けている石畳には亀裂が走り、その怪力の凄まじさを物語っている。
「何という……力だ!」
十児は赤く染まった唾を吐き捨て、足をバネのようにして飛び退った。まだ衝撃が尾を引いており、よろめいてしまう。
「十児! チッ、ワシの全力の一撃でも、あの程度しか喰らってへんのか」
その十児の体を、松田がしっかりと支えた。ナイフのような隻眼が柴田勝家を刺す。
柴田勝家がぐきぐきっと首を鳴らし、修羅のような笑みを浮かべた。
「ガハハ! いやいや、面白い試みだったぞ、明智の子! それに極道の者よ! 儂も用心せねば、瞬きをした直後には首が切れているかもしれんな! だからこそ、次の手を使わせてもらうぞ!」
柴田勝家がエプロンの中から一冊の文庫本を取り出す。また新たなジャスコ術を使うという合図のようだった。
「そうはさせへんで!」
電光石火の勢いで松田が石畳を駆け抜け、【神梛刀】を横薙ぎに一閃。
しかし、空振りに終わってしまった。
「なっ!」
何が起こったのかわからず、目を瞬かせる松田。
信じられない事態だった。
ほんの数秒前まで圧倒的な存在感を誇っていた巨漢の姿が消失していたのだ。
「……どこ行ったんやアホッ!」
松田が苛立ちを込めて叫んだ直後、その左肩がすっぱりと裂けた。
「ぐっ! き、斬られたやと!?」
「松田の旦那、離れろ! 柴田勝家はそこにいる!」
十児の忠告を受け、松田は後退。【近景】と【貞宗】を構えた十児の元へ戻る。
「……佐々成政の高速移動を彷彿とさせる……。奴のジャスコ術に似た力を使ったんだろう」
「ガハハ! その通り!」
誰もいないはずの道路から柴田勝家の声が轟いた。
「儂が使ったのはずばりH・G・ウェルズの名作〈透明人間〉! 透明人間と化した科学者がロンドン郊外で巻き起こす事件の物語! その科学者のように、儂の体を透明にしたのだ!」
「透明人間て、包帯ぐるぐる巻きの奴ちゃうんか? 着ている物まで透明にできるんかいな!」
「理屈はわからないが、『透明人間になる』という結果だけを抽出しているのかもしれないな。厄介だ。だが……!」
銃声が響いた。
見えない敵の恐怖に怯える間もなく、十児が【金橘】の引き金を引いたのだ。
柴田勝家の声を頼りに位置を特定し、撃ち込まれた弾丸。
それは、宙でぴたりと止まると、ぱらりと落下し地面の上を転がった。
「……そう上手くはいかんか」と十児は眉間に皺を刻む。
「おっと! 喋り過ぎたようだな! ガハハ! では、儂はこれから静かにお主たちを屠ろう! いたぶろう! 殺そう!」
寺の鐘のような大声が特徴的な柴田勝家。居場所を悟られまいとジャスコ武将は口を閉ざし――気配を完全に無へと変えた。
「クソが。どこにおるかわからんやないかッ!」
苛立ちを込め、【神梛刀】を闇雲に振る松田。少しでも当たれば幸いという目論見だろうが、柴田勝家には通用しない。
突如、松田の右腕が裂かれ血が噴き出す。
「ッ!」
松田は激痛を堪えるべく、目を血走らせ、歯を噛み締める。今ごろ柴田勝家はしてやったりという顔で「ガハハ」と心の中で叫んでいるに違いない。松田は【神梛刀】の切っ先を虚空に向けたまま後退する。
「ハッ……姿消している割には、外しとるやんけ。ちゃんと胸狙いや、柴田勝家ッ!」
スタミナが自慢の松田も奇襲を受け続け、息を荒くしていた。怒気を込め、柴田勝家を挑発するが、相手もそう簡単に誘いには乗らない。
十児は冷静になって、戦況を打破する術を探った。佐々成政のときのルゥナのように罠を仕掛けることができないのならば、こちらから攻めるしかない。それも、相手の位置を掴めるような、技を使って――
〝――ならば、この技を試すしかない!〟
十児は呼吸を整え、刀に霊力を集める。木火土金水の中から、十児がこの時選んだ属性は――土。研ぎ澄まされた精神力と集中力により、【近景】と【貞宗】の刀身が黄色く染まり……。
「時は今!」
十児は力強く【近景】と【貞宗】を地面に突き刺す!
刹那、石畳が地割れのように裂け始め、ずぼんっと一メートルほどの高さの岩の槍が突き出る。
「〈明智流滅却術・
土の気による十児の剣術だ。地面や岩を刺激し、相手を突き上げることに特化した技なのだが、今回はそれ以上の役目があった。
「せやっ!」
十児が突き出た岩に向け、【近景】を力の限り叩き付ける。すると、岩が破裂し、礫となって周囲に散開。その大半は宙を駆け抜けると地面にぱらぱらと落下していくのだが――
ある場所だけは、宙に残ったまま漂っていたのだった。
「松田の旦那、そこだッ!」
「なるほどな、わかったで、十児!」
十児の狙いは柴田勝家の居場所を突き止めること。その目論見通り、礫が柴田勝家の体に当たったのだ。
十児は目を煌めかせ、マーキングを果たした礫に向けて剣技を放つ!
「〈明智流滅却術・五月雨〉!」
【近景】と【貞宗】の連携による連続突き。素人には何もない宙に向けて放たれているように見えるが、十児は確かな手応えを感じていた。その証拠に、【近景】が敵の肉を抉り取ったのだから。
「グッ……」
と何もないはずの空間から呻き声が聞こえ、やがて柴田勝家が姿を現した。豪雨のような連続突きを浴び、力を維持できなくなったのだろう。その顔は苦痛で歪み、勇猛さが感じられない。
押している。勝てる。柴田勝家に。
十児は気迫を込め、【近景】と【貞宗】を万力のような握力で掴み、全身全霊で柴田勝家の体に傷を付けた。
「オラッ!」
後押しするように、松田が【神梛刀】を柴田勝家の脳天へと叩き付ける。ぱしんっと軽快な音を生み出すと、柴田勝家はサーベルを落とし、その場に崩れ落ちた。
ずしんっとロンドン中に響くような音が耳朶を打つ。十児は大きく息を吐き出すと、
「……トドメだ、柴田勝家ッ!」
息を荒げながらも、容赦なく柴田勝家の体に向けて破邪顕正の剣技――〈陰陽十字斬〉を繰り出す!
「ガハ、ガハハハハ!?」
聖なる十字の光が柴田勝家を照らし、斬撃がその首をロンドンの空へとロケットのように弾き飛ばした。
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