第45話 ピンチヒッター
「ガハハ! 他の者が気になるか、明智の子よ!」
戦闘機械が暴れ回ったロンドン市街地。狂乱状態の市民の悲鳴を掻き消さんほどの大声で柴田勝家が叫んだ。
「モーリーアイランド」の時と違い、ルゥナやハマが誰と会敵しているのか不明な以上、不安の種は育つばかりだ。
だが、それでも、彼女の力を信じてこそ相棒。
「確かに気になるな。だからこそ、お前を斃して再会しなければならない。負けられない理由が増えて嬉しいぞ、柴田勝家」
ぎりりと【近景】を握る力を強め、十児は声を絞り出す。
「我が名は明智十児。柴田勝家……その首、獲らせてもらうっ!」
【近景】と【貞宗】を十字に構え、十児は石畳を蹴って柴田勝家に接近。
〈明智流滅却術・陰陽十字斬〉
一子相伝の剣技にて柴田勝家の実力を計ろうとしたのだが、その達磨のような体に近付こうとしたその瞬間、十児の足下に熱光線が飛来した。
「つっ……」
石畳が焼け爛れ、マグマのような色を宿している。咄嗟に足を止めていなければ、今ごろ体が弾け飛び即死していたことだろう。
「まだ残っていたかっ!」
見上げれば、イカのような巨大機械が二体。くねくねと動く足の先を十児に向け、またもや熱光線を照射。
「……これでは、柴田勝家に近付けない……!」
ならば、先にこの戦闘機械を攻略するしか、柴田勝家を討つ方法はない。しかし、先ほどと違い敵は二体。【金橘】を使えば確実にどちらかは仕留められるが、その瞬間十児は残った戦闘機械の攻撃を受けて絶命するだろう。
「ガハハ! 〈宇宙戦争〉においてロンドンを襲った戦闘機械は三体! まだ残っていたのだ! さあ、明智の子よ。この強大な異文明の力にどう立ち向かう?」
柴田勝家はその場から動くことなく、余裕を湛えて豪快に笑い続けていた。柴田勝家が顎を動かせば、それに応じて戦闘機械が熱光線を照射する。
「やはり、柴田勝家があのロボットを操作できるのか」
十児は舌打ちし、ロンドンの建物を瓦礫に変えている戦闘機械に接近を試みた。
戦闘機械の足の先から視線を外さず、攻撃を予測し、熱光線を回避する。
有体に言って、針山地獄の上を素足で歩いているような、死と隣り合わせの時間だ。
「遮蔽物を利用し、斬り込みと離脱を繰り返せば、熱光線を避けつつダメージを与えられるかもしれない」
分の悪い賭けだが、この苦境を突破するには他に方法がない。一体でも撃破できれば、あとは【金橘】の弾を撃ち込むだけ。尋常ではない緊張感を抱えながら、十児は瓦礫の街を駆け抜ける。
「時は今!」
即死の熱光線を回避しながら、十児は煉瓦が積まれた瓦礫に逃げ込もうとするが――
「ガハハ! 隠れようとしても無駄だぞ!」
柴田勝家には既に動きが読まれていた。
熱光線が十児ではなく、瓦礫に照射され、爆散。
「ぐっ……!」
遮蔽物が消失するどころか、熱を帯びた石礫となり、十児の体に襲い掛かる。それはまさに散弾銃のような威力と速度。【近景】と【貞宗】を構え、刃の腹で防御するものの、幾つかがすり抜け、十児の体に喰い込んでしまった。
「がはっ……」
肩や膝に破片が喰い込み、出血と火傷が十児の体を蝕み始める。突然の激痛に耐え切れず、十児はその場に膝を着いてしまった。
「く……あと、一歩だと言うのに……!」
しっかりと石畳を踏み抜き、十児は立ち上がるが――
もう、何もかもが遅かった。
隠れる場所もなく、戦闘機械の不気味な足がくねくねと動き、その先端が十児を完全に捉えている。
「ガハハ! 王手だ、明智の子よ!」
死神の鎌が首元まで迫っているのを実感した直後、数条もの熱光線が十児目掛けて放たれた。
〝――ここまでなのか……俺はッ!〟
目を見開けば、時間の流れがスローモーションのように感じられ、ゆっくりと熱を帯びた光が自分に迫るのが明瞭となった。
〝――ルゥナ……すまない……〟
どんな窮地も潜り抜けられると自負し、特訓を繰り返してきた。しかしそれは自惚れだったのかもしれない。十児に諦観の念がじわりと浮かび上がった瞬間、熱光線が十児の体を貫く――
…………。
ことは、なかった。
「ギリギリ間に合ったようやな、十児。ピンチヒッターの到着や」
自分の身がまだこの世界にあることに気付き、十児は目を瞬かせる。
目に飛び込んで来たのは、戦闘機械の熱光線を受け止める、スーツ姿の男。
眼帯の目立つ横顔を見せ、ニヤリと口端を吊り上げる極道。脇には木刀のようなものを挟んでいた。
「旦那……!?」
十児の窮地を救ったのは、近江八幡市の極道松田重左衛門だったのだ。
十児は解せなかった。なぜ、特殊能力のない松田が戦闘機械の熱光線を受けられているのか。その答えを待っていると、
「オラッ! ピッチャー返しや! 受け取れッ!」
松田がまるでバレーボールをボレーで跳ね返すように両腕を振り上げると、受け止められていた熱光線がそっくりそのまま戦闘機械に向かって放たれる。
そして――
熱光線が戦闘機械のコクピットに直撃。大爆発を悲鳴の代わりとし、破片を撒き散らしながら爆散。十児の命を今まさに奪い取ろうとしていた異文明の機械は、己の武器によってガラクタへと変わってしまったのだった。
「ハハッ! 琵琶湖の花火大会の足下にも及ばん、全く見所のない花火やな」
「……助かった、松田の旦那。しかし、なぜ攻撃を跳ね返せたんだ?」
「……原口の土産のおかげや」
そう言いながら、松田は手にしていた物を十児に見せた。
そこには、表面に焦げ跡が残る鏡があった。精緻な意匠が施され、どことなく浮世離れした力が秘められているのが十児には手に取るようにわかった。
「【反魔鏡】言うてな。露天商からもらった退魔グッズの一つや。なんでも、邪気の塊を跳ね返すことができるっちゅう話や。原口は、使う前に死んでしもうたし、これももうオシャカやけどな」
少し寂寥感を含めながら松田が語り、壊れた【反魔鏡】を瓦礫の中に投げ捨てる。
「なるほど。あの戦闘機械も根源は柴田勝家の魔力。ならば、あの鏡で跳ね返すことができるというわけか」
安堵の息を吐いたのも束の間、十児の矢のような瞳が石畳の上で堂々と仁王立ちしている柴田勝家を射抜いた。
「完全に理解したで。アイツが十児の言っていた織田四天王の一人、柴田勝家っちゅう奴か」
【神梛刀】を両手で握り、松田が十児の視線をなぞる。
「あの妙な煙で他の奴らとはぐれ、まさか外国に飛ばされるとは思わんかったで。ここはアイツの力で作られた空間なんやな」
「松田の旦那。他の者は見なかったのか?」
「せやな。おったらワシより早く十児のとこに駆け付けとったんとちゃうか? あの姉ちゃんとかな」
「……なら、他のジャスコ武将の元にルゥナたちが振り分けられているということか……?」
十児が目の光を強めると、柴田勝家は豪快に笑い飛ばす。
「ガハハ! その通り! しかし、眼帯の者よ! お主がこの場にまで辿り着いたのは完全に想定外! この地獄絵図のようなロンドンにて、朽ち果てるとばかり思っていたからな!」
「ホンマ、地獄って言葉好きやな、ジブンら。せやから、また宣言したるわ」
松田は掌に向かって唾を吐くと、【神梛刀】を万力のように力強く握り締める。
「ワシら六道会が、無間地獄を見せたるわ!」
「旦那……!」
勝手に六道会の頭数に入れられているのは心外だったが、松田の登場で少しは胸が軽くなり、気が安らかになったのも確かだった。心強い味方だ。彼と一緒ならば、柴田勝家に打ち勝つことも可能だろう。
「とにかく、厄介なロボットは排除された。あとは柴田勝家を討つのみだ」
流れが変わった。
この決戦を乗り越え、皆と再会するために――
「推して参るッ!」
十児は勇ましくロンドンの石畳を蹴り、柴田勝家に迫るのだった。
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