第44話 フューチャー書店
「ガハハ! さすがに儂のことは知っていたようだな! 明智の子よ! その通り、儂の名は柴田勝家! ジャスコ武将であり、織田四天王の一角でもある!」
男――柴田勝家は太い腕を組んで笑い出した。こうして十児と相見えたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がないらしい。
「ああ、俺も嬉しいぞ、柴田勝家……! お前のような高名な戦国武将と、刃を交わすことができるんだからな」
【近景】と【貞宗】を交差して構え、十児は声を震わせた。
耳にタコができるほど聞かされていた武将が目の前に立っている。
身長は二メートルを超えているだろうか。想像よりも図体が大きく、その体からはピリピリと痺れるような邪気を放ち続けている。
柴田勝家。若きころから織田家に仕え、信長の重鎮となった男。戦場ではその圧倒的な力で敵を撃破し武功を立てたまさに無双の男。〈本能寺の変〉においては敵地を包囲中であったため、光秀と戦闘したという記録はない。しかし、その死後、魂だけとなっても信長への忠義はあったらしく、こうして魔人として蘇り、過去の魔城でも明智家と対峙したという。
曲者揃いの織田四天王の中でも、力に優れた武将。超人のような膂力により、敵を粉砕し、あらゆる攻撃にも耐えられる体力の持ち主。それが柴田勝家だと聞いている。
だからこそ、理解できない。このロンドンと柴田勝家に関連性が見い出せない。
「この世界は、お前のジャスコ術で間違いないんだな!」
【近景】の切っ先を柴田勝家の首に向け、十児は叫んだ。
「いかにもッ! これこそ我がジャスコ術! 〈宇宙戦争〉!」
「〈宇宙戦争〉……だと?」
柴田勝家の返答もまた理解に苦しむものだった。十九世紀のロンドンで、宇宙戦争。謎だ。眉間を波立たせた十児の顔が気に入らないのか、柴田勝家は喝と言いたげに轟然と、
「わからぬかッ! 明智の子よ! H・G・ウェルズが一八九八年に発表したSF小説! それが〈宇宙戦争〉ではないかッ! 本を読め! 戦に勝ちたくば、先人の知恵をその血肉としよッ!」
「SF小説がジャスコ術だと……では、まさか!」
彼もまたジャスコの中に存在する同友店の店長。
その店とは、書物を扱う店。
つまりは――
「ガハハハハ! では、改めて名乗ろう! 儂はジャスコ武将柴田勝家……。『フューチャー書店』店長柴田勝家であるッ!」
「フューチャー書店」とはそれはジャスコを初めとする大型ショッピングセンターに出店している書籍売場――本屋である。ショッピングカートを引いている客も気持ちよく買い物ができるよう通路を広くするなどの売り場作りを目指し、未成熟の子供にはイスやテーブルを貸し出し、自由に本を読むことができるスペースも設けている。
その「フューチャー書店」の店長が、勇猛果敢の四字を我が物とした柴田勝家。
生き残りたければ想像しろと十児は他の者たちに語ったが、完全に想定外の組み合わせだった。
故に、柴田勝家の実力は未知数。
刃を交えるのが楽しみだとは言っていたが、それは己の鼓舞をも意味していた。
間違いなく柴田勝家は信長に挑む前の難敵――天王山になるのだから。
「ここは本の世界! 我が魔力によって、『宇宙戦争』の世界を再現した! 夢のようで現実! 人間が想像できるものは――夢の世界は、全て起こりうる平行世界! その世界にお主を招待したのだ、明智の子よ!」
「柴田勝家がSF小説愛好家とは知らなかったな」
エプロンのポケットから本を取り出し、柴田勝家はニヤリと笑った。
「ガハハ! ジャスコ姫様の力により、お主たちは分散された。今ごろ、他の四天王が仲間の相手をしていることだろう……ッ!」
「…………」
十児の頬に汗が彗星のように流れる。
ジャスコ城の各地での死闘を乗り越え、打倒信長に向け一丸となった勇士たち。
仲間意識を紡いだばかりに、焦燥の火が燃え始める。
他の者は――無事なのだろうか?
戦力を四散されて、生き残れているのだろうか?
「ケホッケホッ……。十児、十児―ッ!」
煙の世界から「天地」のエージェント、風魔ルゥナが姿を現す。
ルゥナは今日、ジャスコ城に乗り込んでから最高潮に不機嫌だった。
ジャスコ姫に翻弄され、心に入り込まれ、さらには十児と離れ離れになってしまった。
「これも、敵の策かー。結局モーリーの時と同じ手に乗ってしまうなんてね……チョベリベリ最低」
深く溜め息を吐きながら、ルゥナはギラリと目を尖らせた。
「ジャスコ姫……次に会ったら……必ず斃してやる」
鬼気迫る表情で、ドスの利いた声でルゥナは宣言。
「だけど……その前に相手をしなきゃいけない人がいるって感じ?」
逸る気持ちを抑えつけ、ルゥナは周囲を見渡す。
もはや慣れてしまったことだが、奇妙な世界だった。
辺りには赤、青、黄を基調とした立方体や柱が木々のように生え揃っている。さらには、床はマットのように弾力があった。この光景を、ルゥナは見たことがある。
ショッピングセンターの中にある、託児所。子供たちが自由に玩具で遊ぶことができるスペースだ。
「まーた、子供扱いされるの、やな感じ。あたしはギャルだっちゅーの」
肩をすくめながらも、肩から掛けたスクールバッグのベルトを左手でぎゅっと握ってから、凛とした顔を作る。
そして、
「でも、遊ぶのは大好きだからね」
にっと、大胆不敵にギャル忍者は笑った。
忍びだからだろう。誰かの視線が夏の陽射しのように体を刺しているのがはっきりわかる。
「さあ、鬼さん。あたしと遊んでくれる?」
どこかに潜んでいる敵に向け、ルゥナは呼びかけるのだった。
「……ジャスコ姫。僕たちの新たな敵か……」
【オズサーベル】を構え、フィールは一人ジャスコ城の中で佇む。
振り出しに戻る、という言葉が脳裏を過ぎった。ようやく同志である退魔師や明智家の者と出会えたのに、また入城したときと同じ一人になってしまったのだから。
「早くこの窮地を乗り越え、皆と合流しなくては」
離れ離れになった退魔師の顔が頭に浮かぶ。
「松田……無茶をしていなければいいが……」
その中でも夜空で輝く一等星のように強く思い浮かべたのは、堀秀政と共に立ち向かった極道だ。
「それにしても、ここはいったい……」
ジャスコ姫のジャスコ術により、フィールが迷い込んだのは――
とても眩しい世界だった。
頭上を見れば、蛍光灯が無数に輝いており、室内だというのに暑くて暑くて仕方がない。身を包んでいる鎧を脱がすための敵の策だろうかと思いたくなるほどだ。
そして、目の前には白い光沢を放つ様々な物が置かれていた。
「…………ここは、まさか」
「ほっほーう、いらっしゃいませっ。我が売場へようこそ、異国の騎士殿よ」
「誰だ!」
突然響いた声の主のほうへ視線を動かし、フィールは絶句した。
そこには、ぱたぱたと扇を仰ぐ男の顔。聡明で理知的な輝きを宿した瞳が、フィールを見つめていた。
それも、何十体も――
「これは……テレビ!?」
フィールが見ていたのは、様々な大きさのテレビ。その画面に男の同じ映像が映り込んでいたのだ。
「ここは……家電売り場なのか?」
「さあ、お客様。お探し物は何ですかな?」
テレビの画面の中で、男がにっかりと笑った。
頭がぼーっとする。霞がかかったかのようだ。
アンナは胡乱な目のまま、白い世界の中を歩き続けていた。
「煙のせい? 皆の気配、見つからない」
【リゲムチャ】を両手に持ちながら、警戒を続けるアンナ。早く皆と合流しなければ。胸の中で警鐘が鳴り続ける。嫌な予感が汗となり体中から滲み出す。
今すぐベアタンクたちの名前を叫びたくて仕方がない。
しかし、この状況は間違いなく敵の罠。自ら居場所を教えるわけにもいかない。
微睡の中にいるような感覚だが、アンナはしっかりと意識を保ちながら、歩き続ける。
すると、視界がほんのわずか鮮明になり始め――
「ここは……?」
アンナは愕然とした。
目に飛び込んで来たのは、熱帯雨林の木々の数々。どこからか鳥の鳴き声が聞こえ、薄暗い木々の中にも野生動物の数々の気配を感じる。
「え……。ここ……ジャスコ城じゃない……」
足下に違和感。目を凝らせばそこには確かな地面があり、キノコが生えていた。
「この景色、見覚えある……まさか」
そこはアンナの故郷、メラネシアはニューギニア島の熱帯雨林だったのだ。
「ありえない。なら、これはジャスコ術!」
まさに敵の術中と自覚し、警戒心を高めようとした瞬間――
「アンナ」
自分の名を呼ぶ声に意識は絡め取られてしまった。
「え……?」
どくんっと心臓が力強く跳ねる。声のする方へ視線を向ければ、そこにはアンナのよく知る人物が立っていた。
「どうした。ドンの顔に、何か付いているか?」
「ドンナ……?」
双子の兄。どんな相手にも常に一緒に立ち向かった音響術師の片割れ。
ドンナ・ビー。アンナと瓜二つの男が【リゲムチャ】を両手に佇んでいたのだ。
「ドンたち、仕事を受けた。賞金のためにも、皆のためにも、気を引き締めるんだ」
「え……」
口に出すべき疑問は幾つもあるはずだった。なぜ、ドンナは生きているのか。なぜ、アンナはここにいるのか。しかし、頭の中で意識しようとした次の瞬間には、泡のように弾けて口に出すことができない。
「アンナ、マタビリはこの奥。行こう」
「あっ、うん。それが、アンたちの仕事……ここにいる理由」
そうだ、思い出した。自分たちは沼の悪霊――マタビリを浄化させるためにここに来たんだ。
ドンナと一緒ならば、絶対に負けはしない。音響術の餌食にしてやろう。
アンナは胸を弾ませ、ドンナと肩を並べる。そして、双子の兄と全く同じ動作で薄暗い森林の中へと足を踏み入れて行った。
〝――誰かの名前を呼びたかった気がしたけれど……〟
ちらりとドンナの顔を一瞥し、アンナはそんなことを思うのだが、
〝――誰だったんだろう……〟
一秒も経たないうちに忘れてしまった。
ふわりと軽い足取りは雲の上を歩いているようだった。
頭にはまだ霞がかかったような気分で――
夢見心地のままアンナは熱帯雨林の中を駆けて行く。
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