第43話 霧の都の明智

「くっ……戦国武将を学ぶツアーだと……。まさか……俺に……俺たちに待ち受けているのは……」


【近景】と【貞宗】を握り締め、十児は覚悟する。


ジャスコ姫の「私の役目じゃない」発言に加え、「戦国武将を学ぶツアー」……。


〝――俺は……残りのジャスコ武将……織田四天王の誰かの相手をするようだ〟


 ルゥナを始めとする他の退魔師と離れ離れになった上、ジャスコ武将の上位の実力者であると思われる織田四天王と戦う――

 どう転んでも死闘となるのは間違いないだろう。


「誰だ……。誰が俺の前に現れる……?」


 眉間に皺を刻み、十児は敵襲の警戒を続けた。

 どこからか凶刃が飛んでくる可能性も視野に入れたのだが、その気配もなく――

〈防災訓練〉の煙が次第に薄れていった。


「煙が晴れる……?」


 十児は周囲に視線を巡らせながらを歩く。

 強烈な違和感に襲われ、足下を見た。


「なんだ。なぜジャスコ城の中に、石畳が……?」


 異変はそれだけではない。

 十児が顎を上げ、振り仰げば――

 そこには天井ではなく――曇天があった。


「……どういう、ことだ……?」


 十児はジャスコ城の中ではなく、「外」にいたのだ。

 脂汗を滲ませながら、さらに周囲に目を配る。

 豪奢な煉瓦造りの建物が並んだ住宅街。道路の脇には等間隔に並んだガス灯。そして、ありとあらゆる場所には英字の看板が設置されていた。

 ここは街だった。それも、都市。


「……ここは、イギリス……。ロンドン!?」


 それも、街を馬車が往くところから、現代のロンドンではなく約百年前……。シャーロック・ホームズでお馴染みの十九世紀末ロンドンであるようだ。


「……何らかのジャスコ術なのは間違いないが……」


 十児たちが迷い込んだ森兄弟のモーリーの大森林や、松田とフィールが〈ドッグラン〉という大草原に転移させられたという話を思い浮かべる。この状況が誰かのジャスコ術の手による可能性は十割。しかし、不可解なのは、この場所がロンドンであるということ。戦国武将どころかジャスコとも無縁の場所としか思えないのだ。

 十児が思案を巡らせているときだった。

 街中で突然耳を劈くような悲鳴が津波のように押し寄せた。


「何――」


 十児は目を瞠る。正面の往来から、英国人が猛牛の群れのように走り出していたのだ。街中は大混乱に陥り、人々の足踏みで地揺れが起き、各所では煙が上がり、御者を失った馬車が嘶き、叫び声がこだまする。まるで、パニック映画のワンシーンに居合わせたような空気。


「何だ、何が起きている?」


 背筋が凍り、胸の鼓動が早くなる。すると、ずしんっと巨大な振動が発生。何か、巨大な生物が近くにいるような感覚。「天地」の任務で、大百足といった巨大な妖怪と対峙した時を思い出し、予感した。「このロンドンの人々は、そのような力を持つ何かから逃げているのではないか?」と。

 十児は往来の向こうを見据えた。

 煉瓦の屋根から〝それ〟がにょっきりと姿を見せ――


「な……!」


 十児は驚愕した。それはイカに酷似した生物だった。円錐状の頭と柱状の胴体を持ち、そこから足が数本生えた巨大生物。まるで怪獣のように見えるが、生物とは大きく異なる特徴は、体が機械でできているという点だった。


「なんだ、あれは。イカの妖怪……? いや、違う……これは……」


 巨大物体が足の先を逃げ惑う人々に向ける。

 先端部が煌々と輝き出し、十児は察した。つい先ほど、同じような力を持つゴーレムと出会ったからだ。


「……ロボットか!?」


 十児が正解に辿り着いた瞬間、巨大機械の足から怪光線が照射。鞭のようにしなった光が、往来の人々の体に触れたとき、殺戮の幕が上がった。


「きゃああああああっ!」

「うわああああああっ!」


 目を疑うような光景だった。照射された光線を浴びた人々の体がシャボンの泡が弾けるように消失したのだ。巨大機械の足が煉瓦の屋根を吹き飛ばし、ロンドンの街が瓦礫に変わる。阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前で再現されていた。


「火星人の侵略が始まった!」

「ロンドンはもう終わりだ!」


 そう叫ぶ人々も瞬きをした直後には、光線を浴びて絶命した。


「くっ……!」


 戦慄が支配する世界の中で、十児は光線を回避する。


「あれは、火星人のロボットなのか……? それにこの街が襲われている……?」


 十児は直感する。この世界を造り出したジャスコ武将の気配を感じる。十中八九、その者はあの戦闘機械と十児を戦わせようとしているのだろう。森長可のモモちゃんのように。


「……まさか、あんなロボットと戦う日が来るとは、俺も思ってはいなかった」


 遮蔽物に隠れながら、十児は戦闘機械に向けて駆け出す。


「……まさに、映画の主人公になった気分だな。頼れるパートナーは、どこかへ行ってしまったが……!」


 彼女と再会するためにも、今身に起きている事象を解決せねば。その思いを胸に、十児は駆け出す。蛇口に繋がれたホースのように動く巨大機械の足が十児の姿を捉え、熱線を発射。鍛え抜かれた体が、経験がノブナガハンターの体を衝き動かし、回避に成功。石畳には焦げ跡が痛々しく刻まれていた。

 巨大機械との距離を詰めたところで、十児は瓦礫に隠れると、【金橘】を取り出し、弾に霊力を込める。


「どんな相手だろうと、撃ち貫く!」


 瓦礫からスタイリッシュに飛び出し、【金橘】の引き金を引く。狙いは、イカの胴体のような部分。そこには、目のような丸い物が取り付けられていた。間違いなく、窓――コクピットである。巨大機械は火星人が直接操っており、あの窓から標的を目視で探しているのだろう。


「そこだッ! 〈金軌貫猟きんきかんりょう〉!」


 撃鉄に叩かれ、黄金に輝く弾が【金橘】から発射された。霊力の込められた弾はロンドンの宙を駆け、狙い通り巨大機械のコクピットを穿つ!

〈金軌貫猟〉――これもまた十児が編み出した技だ。金の気の霊力を込め、威力が高められた弾は鉄の装甲をも貫く威力となる。〈金軌貫猟〉によって風穴を空けられた戦闘機械からは、搭乗していた火星人の亡骸らしきものが腸のようにだらんと垂れ下がっていたが、やがてロンドンの地面に落下して果実のように潰れていった。主を失った戦闘機械はその場で足を崩し、轟音と共に自らも瓦礫の一部と化していく。


「…………」


 肩を大きく上下させる十児。巨大な獲物を仕留め、感慨に耽る余裕はなかった。これは、新たなる戦いのプロローグに過ぎないと自覚していたからだ。


「どうせ、俺を見ているのだろう。出てきたらどうだ」


 虚空を睨みながら、十児は声を絞り出す。

 そして――


「ガハハ! よくぞ、儂の戦闘機械を倒した! 見事、天晴! さすがは明智光秀の子孫……! 大将、そして退魔師新人賞大賞と言えよう!」


 空から豪快な笑い声が降り注いだ。


「やはり、この世界はジャスコ武将のジャスコ術か……!」

「その通り! ガハハ! 他のジャスコ武将を退け、その経験が活きたようだな、明智の子よ!」


 十児は空を見上げた。建物の屋根の上に、異質な巨漢の姿を確認。達磨のような体格の持ち主であり、立派な髭を密林のように携えた大男。和服の上に臙脂色のエプロンを付け、さらに手には数冊の本を抱えていた。

 このロンドンには似合わない、何もかもが時代錯誤でチグハグな男。

 間違いなく、ジャスコ武将の一人だ。


「いらっしゃいませーっ!」


 巨漢は礼儀よく頭を下げると、屋根から飛び降り、ずしんっという音と共に十児の前に立った。


〝――何という殺気! 戦場慣れしたこの威容。俺の予想通り、織田四天王の誰か……だが、こんな特徴的な髭の持ち主は、一人しかいないッ!〟


「儂の名は――」

「柴田勝家」


 その名を口にした途端、目の前の大男は豪快に口角を吊り上げた。

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