第41話 ジャスコテクノサービス
「馬頭に牛頭……まさかジャスコ城にもいたとはな……」
「天地」の任務で討伐したこともある妖怪だが、他の髑髏や鬼よりもその力は遥かに強大だ。棘が幾つも生えた金棒を獲物とし、木々をも薙ぎ倒す膂力で人々を苦しめるのだが――
ここはジャスコ城。髑髏がショッピングカートを押していたように、馬頭も牛頭も通常とは違った姿をしていた。そう、馬頭が手にしていたのは棍棒ではなく、
「キャタツトオリマスッ!」
脚立だった。三メートルほどの長さがある脚立は、ある意味棍棒よりも狂気で満ちている凶器だ。
「なんや、まるで作業員みたいやな」
「吾輩も東北のジャスコで見かけたのだが、あれは『ジャスコテクノサービス』と呼ばれる作業員に間違いない」
「ジャスコテクノサービス」とは、ジャスコ内のビルメンテナンス事業のことである。施設内の照明や消火設備の点検、交換。さらには清掃活動や警備も務める、ジャスコの縁の下の力持ちとも言えるサービス業だ。
「それで棍棒じゃなくて脚立を持っているわけ?」
こめかみにぐりぐりと指を立てて回しながらルゥナが唸った。
さらに、
「メンテヲカイシシマスッ!」
馬頭の隣にいた牛頭の手には、ギュイイインっと音を鳴らすドリル。
「また変わったジャスコ兵が俺たちをおもてなしするらしいな」
迫り来るジャスコの軍勢を睨みながら、十児は迎撃準備完了。今にも飛び出し、縦横無尽に一騎当千の力を見せつけようとしていた十児だったが、
《▼ここは本機にお任せを、明智十児。スキャンに水を差してきやがったので、ちょいとムカつきました》
ワンピースのスカートをふわりと浮かばせ、アレキサンドリアが前に立つ。その堂々とした姿はペルシア軍に立ち向かうスパルタの王のようであった。
「ドリアっち一人で? 大丈夫?」
「まあまあ、任せてみましょうルゥナサン。朕もネメシスが遺したゴーレムの戦闘力が気になりますからネ。そもそも、どんな原理で動くのか、これがわかりませんから。きっと、朕たちにもいい刺激になりますヨ!」
知識欲に衝き動かされ、ハマの瞳がきらきらと夏の湖面のように煌めく。その眼差しを浴びながら、アレキサンドリアはジャスコ兵に戦いを挑んだ。
《▼プロメテウスエンジン点火。プシュケー粒子、凝縮》
呪文のように言葉を羅列すると、アレキサンドリアの目に熱が篭り、
《▼〈P・BEAM〉照射》
二の間を置かず、熱光線が射出された。ジャスコ城の床や壁や天井を焦がしながら、赤い閃光が駆け抜ける。その異質ながら絶大な威力を誇る攻撃に、アンナは戦慄。
「ドンナを殺した、ビーム……モアイの時よりも、強い……」
ビームがジャスコ兵の大半を薙ぎ払い、瞬時に塵芥と変わっていく。
「しかし……熱光線がなぜ魔物に有効なんだ?」
アレキサンドリアの活躍を目にしながらも、フィールは顎に手を添え思案顔。
「さっきドリアサンが発したプシュケー粒子というのがヒントかもしれませんネ」
ハマがそう言いながら、掌を広げる。
「プシュケーは古代ギリシャの言葉で、『息』を意味しますヨ。そこから転じて、心や魂といった意味を持つようになったのですヨ。息と言えば呼吸……」
ハマが呼吸を整えると、その手にぼっと火が灯った。
「朕が扱う氣も、呼吸が関わってきますから、プシュケー粒子とやらにも破邪の力が宿っているんでしょうネ」
「要するに、俺たちの霊力やエーテルといった力と変わりはないということか」
「ほな、助っ人外国人として十分やな」
腕組みをしてかっかと豪快に笑う松田。その最中にもアレキサンドリアは次々とジャスコ兵を地獄へ還していく。
まさに百戦錬磨の活躍を見せ、この通路に残ったのは脚立の馬頭とドリルの牛頭だけとなってしまった。巨大な体を持つ二体にアレキサンドリアは悠然と立ち向かう。
《▼ストレスが六パーセント軽減されました。気力が十パーセント上昇しました。本機はイケるイケると判断します》
状況を冷静に報告するアレキサンドリアに向けて、
「シツレイシマスッ!」
馬頭が脚立を豪快に振り落とす!
しかし、アレキサンドリアは瞬時に床を踏み抜き、脚立の一撃を回避。隙だらけの馬頭の胸元に潜り込むと、
《▼接近戦に移行。プシュケー粒子凝固開始、〈T・SWORD〉抜刀》
一瞬の出来事だった。アレキサンドリアの右手を覆うように漆黒の色の剣が発生したかと思うと、そのまま馬頭を斬首。頭を弾き飛ばされたことに気付いていないのか、馬頭の体だけが動き、脚立を横薙ぎに旋回させた。
《▼まだ動けるのですか》
アレキサンドリアは俊敏な動きでその脚立に着地。器用に脚立の上を歩きながら、
《▼では、塵一つ残さず消滅させます。〈P・BOMB〉》
ぎらりと目を輝かせると、アレキサンドリアがぱんっと手を叩く。すると、馬頭の体から閃光が弾け、大爆発を起こした。アレキサンドリアの宣言通り、馬頭は毛の一つも残さず消滅したのだ。
馬頭を斃し何の感慨も見せることなく、作業的にアレキサンドリアは牛頭へ戦意を移す。
胸の前で両拳をしっかりとボクサーのように握り締めると、
《▼締めです。ミノタウロスもどき。プシュケー粒子、両拳に集中――〈ゼウス雷霆拳〉》
両手からカッと閃光が迸った。夕立の稲光を連想させる光。その拳を散弾銃のようにして、牛頭の頭、胸、腰、膝、腹、各部へと殴打を繰り出す。まさに驟雨のごときラッシュ。ぶよんとした腹が水面の波紋のように広がり、牛頭は泡を吐きながら悶絶する。
反撃を許さない、感情を殺したような攻撃だ。牛頭は手にしていたドリルをがらんっと床の上に落としてしまった。
《▼ミノタウロスはアリアドネの短剣で斃されました。本機は神話を再現しましょう。それとなく》
アレキサンドリアが手を広げると、またもやプシュケー粒子を集中させ、そこに短剣を具現化させた。しっかりとその短剣を握り締めると、牛頭の首に突き刺し、勢いよく頭を跳ね飛ばす!
《▼〈S・GRADIUS〉……敵対勢力の消滅を確認。本機は省エネモードに移行します。お疲れ様でした》
牛頭が倒れたところで、アレキサンドリアはメイドのように丁寧に一礼。
タイムセール目当ての客のように大量に存在していたジャスコ兵は全て消滅。
ジャスコ城の通路に再び静寂が訪れたのだった。
「わーすっご。ドリアっちつよーい」
華麗で優雅で美しい、ミュージカルのようなアクションを目にし、ルゥナはぽかんとした顔で拍手をする。
「アハハ。プシュケー粒子とやらを使った戦闘術。朕も勉強になりましたヨ。しかし、なぜそれだけ強いのに、細川忠興に氷漬けにされたのでしょうネ?」
《▼うっかり? あと、モアイの外装は動きにくいので。妙なことにこだわらず、最初から本機をこの姿を投入すればよかったのにと思います。覆水盆に返らず、ですが》
肩をすくめるアレキサンドリア。ともかく、彼女が心強い存在であることは、この場にいた誰もが実感したことだろう。
「それだけの力を最初から見せていれば、吾輩も手合せを願ったところだったな」
ベアタンクだけは、なぜか残念そうにそんなことを呟くのだが。
〝――アレキサンドリア。彼女がいれば、残りのジャスコ武将や信長との戦いも有利になるかもしれない〟
十児もその力を評価し、少し気が楽になった。
だが――
それも束の間だった。
「あらあら。騒がしいと思ったら、退魔師たちみーんないるのね」
ジャスコ城の通路に響く美声。はっきりとした人間の声だった。清らかで、しかしどこかに歪さも感じることができる女の声。
「誰だ……?」
十児が見つめる先に、一人の女が立っていた。
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