第40話 ジャスコ城二階

「え……」


 まったく想定外の言葉に、アンナは【リゲムチャ】をからからと奏でるほど手を震わせた。


「そ、そんなの……そんなのってない! ドンナを殺したのは、お前!」

《▼アンナ・ビー……。あなたの気持ちも、痛いほどわかります。本機に痛覚はありませんけど。さっきもぶっちゃけましたけど、あれもまたネメシスの命令。本機は「えーちょっと残酷すぎない?」って思いながら嫌々攻撃したのです》

「つっ……!」

《▼と、いくら弁解したところで、信じてもらえないでしょうね。では、アンナ・ビー。あなたに全てを委ねます》


 そう言うと、アレキサンドリアは右手を差し伸ばした。


「何の、つもり?」

《▼この手をぱちんと叩けば、本機は全ての機能を停止し、この場で自壊します。抵抗はしません。さあ、好きにしてください》

「……っ! また、そんなこと、言って……!」


 眼の奥が火傷するほど熱い。アレキサンドリアは確かに直接ドンナを手に掛けた仇に間違いない。だからといって、こうも簡単に他者に破壊させる権利を与えるなど、どこまでもふざけたゴーレムだとしか思えない。

 激情がアンナの体を包み込む。肩が大きく上下し、呼吸が乱れ始める。


「アンナっち……」

「おいおい、エグい選択させるやないか、このマネキン娘」

「アンナよ、どうするのだ」

「……アンは……アンは……」


 決断の時が来た。大きく深呼吸をすると、アンナは震える右手を伸ばし――


 アレキサンドリアの右手を掴んだ。

 それは、握手だった。


「こんなやり方は……認めない。お前は、アンが必ず、壊す」

《▼では、なぜ本機と手を取っているのでしょう》

「だけど、戦力が欲しいのも、確か。この先にはまだまだ、ジャスコ武将が、控えている。全てが終わるまで、アンたちは休戦。これが、アンの答え」


 賞金稼ぎらしい鋭い目をしたまま、アンナは心情を言葉にして吐き出した。


「徐蛮も、ドンナも死んでしまった。彼らの分まで、お前が戦え! 責任を、持って!」


 鋭い矢のような言葉を浴び、アレキサンドリアは一瞬ぽかんと呆けたが、


《▼ドンナ・ビーはともかく、徐蛮――沈陸徐蛮は関係あります? ま、いいですけど》


 ふっと息を吐いて微笑んだ。


「アンナ……よく決断したな」


 ぽんっとアンナの頭に手を優しく置き、ベアタンクが安堵の息を吐く。


「うん……」


 アンナもまたベアタンクを見上げ、頬を緩ませるのだった。


「これで決まりか。アレキサンドリア……お前も信長に挑む俺たちの力になってくれるんだな?」

《▼ええ、構いませんね? 明智十児》

「ネメシスはもう死んだからね」


 アレキサンドリアの問いに答えたのは、隣のルゥナだった。


「カマ、いません……なんちて」


《▼本機の感情コードより「ドン引きプログラム」起動。これより実行します。『うわ……』》


 黙っていると美少女のような顔のアレキサンドリアが大きく表情を歪め、半歩下がる。


「え、馬鹿にされてる? マジでキレる五秒前なんですけど。つーか、アレキサンドリアっち、名前長いから略していい? ドリアっちでいいよね?」

《▼ネメシスはもう死んだからね》

「……構いませんって言っているぞ」


 アレキサンドリアの答えをわざわざ十児は訳した。ルゥナは柳眉をぴくぴくと動かす。


「よし、この戦いが終わったらあたしもドリアっちを解体しちゃお。そこに落ちてる外装のモアイだけは回収して渋谷に置いといてやるから。っていうか、マジでなんでドリアっちはモアイの中に隠れていたの? 超疑問なんですけど」

《▼ネメシスが「なんか、面白そうじゃなーい?」と思ったからです。本来の予定では、魔王と対峙し、ギリギリまで踏ん張って、ピンチになった時この身を晒すつもりだったとかなんとか》

「どこまでエンターテイナー気質なのって感じ。ま、人のこと言えないけど」

「……歓迎会はそこまでだ。細川忠興を斃したことで、敵に動きがあるかもしれん。早く、信長の元へ行くぞ」


 十児の力強い言葉を聞き、残りの七人も揃って頷く。

 かくして、ネメシスの遺したゴーレム――アレキサンドリアを加え、一行は再びジャスコ城の中を歩み始めるのだった。




 八人の勇士がジャスコスポーツクラブのラウンジから通路へと飛び出す。ぞろぞろと様々な姿の彼らが移動する光景には、どこか万華鏡のような雅さも醸し出していたことだろう。


「……さて、探索再開か」


 金髪碧眼の聖騎士、フィールがマフラーを靡かせ通路を進み始める。まさに仮装行列に参加したような心境になったのか、ルゥナが声を弾ませた。


「こうして八人揃って動くと、まさにRPGみたいって感じ」

「ハハ。本当にルゥナサンはゲームで遊ぶのも好きみたいですネ」

「ゲームってピコピコのことかいな。よう原口が遊んどった気がするなァ」

「……信長の元へ行くには、やはり階段を探す必要があるのだが……」


 十児が先の見えない通路の奥に目を遣る。依然としてジャスコ城は迷宮であり、十字路などが多く存在しているようだった。


「ふむ。これだけ空間を歪ませるとは、恐るべし魔王だな」


 ベアタンクもこのジャスコ城の構造には辟易しているらしい。結局のところ、歩いて上階へと行く手段を探すしかないのだ。

 そう十児が覚悟したときだった。


《▼では、本機が周囲をスキャンし、階段を見つけましょう》


 アレキサンドリアが何食わぬ顔でそう言うのだった。


「お前、そんなこともできるの?」


 アンナが訝しげに尋ねる。


《▼魔城全体のスキャンは難しいですが、近辺程度なら可能でしょう。たぶん。では、スキャン開始です》


 アレキサンドリアの目がぎんっ! と輝いた次の瞬間。


《▼♪~♪~♪》


 彼女はパッヘルベルの「カノン」を歌い出した。


「電話の保留音かいな」

《▼検索終了。目的地を階段に設定しました。百メートル先、交差点を右折してください》

「カーナビかいな」


 松田の突っ込みを聞きながら、アレキサンドリアは迷いなく歩を進め始める。


「謝謝、ドリアサン。さあ、皆サン。彼女のナビを信じて、レッツゴーですヨ」

「……本当に、大丈夫なの……?」


 半信半疑のアンナを最後尾にして、八人は歩調を揃えた。

 そして――アレキサンドリアのナビ通り、進んだ先の角を曲がれば……


《▼お疲れ様でした。目的地に到着しました》


 階段があった。


 段差の前には黄色の凹凸が敷き詰められた誘導ブロック。八〇センチメートルほどの高さの手すりが備えられており、点字表示まであった。さらには、階段の中間地点には踊り場が存在している。

 それは紛れもなくジャスコの階段だった。


「僕たちがあれだけ探しても見つからなかった階段が……!」


 これまでの探索はなんだったのだろうという思いを顔に浮かべ、フィールが驚愕する。それだけ、アレキサンドリアの性能が高かったという証左に他ならない。


「お手柄だね、ドリアっち。それじゃ、このまま信長の所までガンガンいこうぜ!」

 長い長いトンネルから抜け出し、抜けるような青空を仰ぐような心地でルゥナが階段を一段飛ばしで駆け上がり――

 登り切ったところでがっくりと項垂れた。


「どうした、ルゥナ」


 彼女を追うように階段を登った十児が相棒の肩を叩く。


「階段、ここで終わってんじゃん! 普通、このまま三階、四階へ続くはずでしょ!」

「……ここがただのジャスコではなく、魔王信長のジャスコ城だからだろう」

「そう簡単に魔王の元には辿り着けない設計になっているんだろうね」


 ベアタンクとフィールの言葉を耳に入れ、ルゥナは子供のように床を踏みつける。


「またこの二階で階段探し? 不思議のダンジョンかっつーの!」

「でもルゥナサン。こちらにはドリアサンがいますので、今までよりははるかに楽ですヨ」


 すっかり味を占めたハマが、アレキサンドリアに目配せをした。


《▼はい。どれだけこのジャスコが迷宮と化していようが、本機ならばショートカット可能です。では、再びこの二階をスキャンしましょう》


 またもやアレキサンドリアの目が輝き、周囲のスキャンを開始――

 したのもの束の間のことだった。

 彼女はむっと唇を尖らせた。


《▼と、思ったのですが、邪魔が入りました。前方から、敵勢力が接近しています》

「さすがに、俺たちに好き勝手はさせないようだな」


 十児が【近景】と【貞宗】を抜き、通路の奥を見据える。


「イラッシャイマセッ!」


 すると、現れたのはまたもやジャスコ兵。もはや顔馴染みとなってしまった骸骨や鬼といった魑魅魍魎だ。

 だが――


「げっ、十児。あれって……」


 その骸骨たちの後方には、見かけない魔物の姿があった。

 首から下は鬼と変わらない、ほんの少しぶよっとした体型。しかし、首から上には馬や牛の頭がそのまま挿げ替えているかのように存在していたのである。

 その魔物の名は馬頭に牛頭。地獄で獄卒を担っていることでも知られている妖怪だった。

 

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