第39話 再起動

「ジャスコ武将細川忠興……恐ろしい相手だった。しかし、種が知れていたのなら問題はなかったという教訓だった」

「六道会でもやらんようなムゴい仕打ちやったが、同じような目に遭ってええ気味やな。スカッとしたわ」


 十児と細川忠興による炎と氷の激闘に幕が下り、ギャラリーと化していたフィールたちは胸を撫で下ろす。ジャスコ武将たちへの狼煙となるような、痛快な勝利だった。

 そんな中、アンナは一人複雑な心境で、ラウンジの自動販売機に体を預け、大きく深呼吸していた。


「ドンナ……ネメシス……」


 ドンナの仇であったネメシスは捌かれ、裁かれた。そして、手を下した細川忠興もまた斃された。これでいい。これでいいはずなのだが、胸中は大時化だ。


「もっと強ければ、あのとき、アンはネメシスを倒せていた……でも、アンの音響術は効かなかったから……無意味?」

「そう自分を責めるな、アンナよ」


 憂いの表情から心情を読み取ったのか、ベアタンクが優しく声をかける。


「これもまた奴の凶行が自身に跳ね返っただけのこと。自分の非力さを嘆くな。そして、その力には可能性がまだ眠っていることを自覚するのだ。弥助との戦いの最中、お主は見事に技を繰り出したではないか」

「熊さん……」


 そう諭され、アンナは目を見開いた。

 すでにラウンジに横たわっていたネメシスの遺体は、十児やハマたちの手によって焼き払われ、灰燼と化している。少しでもアンナの視界から仇の姿を消し去ってやろうという彼らなりの優しさと知り、アンナは胸を痛めた。


 が――まだこの場所には問題が残っている。


「んで、何この芸術的な彫刻。どう見てもモアイなんですけど」

「あはは。これこそネメシスが使役していたゴーレムらしいですヨ、ルゥナさん」


 破城鎚として利用されていたモアイ――アレキサンドリアである。十児の熱気により氷はすっかり溶け、濡れた表面はどこか神秘的な光沢を放っていた。


「渋谷に置いたら待ち合わせ場所に使えるかも。ねえ、十児。これ、壊さずに持ってかない?」

「……渋谷にはもうあるだろう。我慢しろ」

「えーあれはモヤイ像だし。たまごっちとぎゃおっぴくらい別物なんですけどー」


 ぶーぶーと口を尖らせ抗議するルゥナ。数分前の気迫はどこへやら、こうして見ると自然体の少女のようで、アンナはほんの少しだけ嫉妬した。

 その後も十児とルゥナが「破壊する」「待って、もったいないー」などと言い合いっている最中だった。

 がくがくっと。モアイの体が振動を始めた。


「え――?」


 最初に異変に気付いたアンナが目を瞬かせる。


「そのゴーレム! 生きている! 皆、気を付けて!」


 ぴょんっと体をカエルのように跳ねてから、ルゥナは身構えた。


「え、マジ? 氷漬けにされていたのに動くの? 洗濯器にズボンごと間違って入れちゃったけど乾かしたらまだ壊れていなかったポケットピカチュウみたいな感じ?」

「呑気に例え話をしている場合ではない、ルゥナよ」


 ベアタンクが闘気を剥き出しにし、奥歯を噛み締める。


「あのマッドサイエンティストが作ったゴーレムなんだ。何か、僕たちの知らない兵器が内蔵されていてもおかしくない!」

「なら、二度と動けんようにボコっとくか? ワシが昔ペチャンコにしたリムジンみたいによぅ」


 誰も彼もが臨戦態勢に移る中、ハマの観察眼が煌めいた。


「いや、待ってください、皆サン。何か、様子がおかしいですネ」


 そう漏らした直後、モアイの外装に変化が訪れた。表面にピキピキとヒビが入り、その体を大きく前後に揺らし始めたのだ。まるで、鳥のタマゴから雛が生まれるような瞬間。アンナがそう想像したとき、モアイの体は大きく二つにぱかりと割れ――


《▼――――》


 中から少女が現れた。


「…………」


 ラウンジにまたもや静寂が訪れた。エージェントも聖騎士も極道も仙術使いもレスラーも全員が絶句してしまったのである。

 モアイの中から現れた少女もまた瞼を深く閉じ、ぷっくりとした唇を引き結んで沈黙を共有している。


「え、なに、この……欽ちゃんの仮装大賞で合格一歩手前……十点くらいで採点が止まったような空気」


 どんな状況でも楽しんでしまいそうなルゥナでさえ、この状況を理解できないようだ。


「モアイの中から、少女が出てきた……そう表現することしかできないね」


 フィールがごくりと音を立てて、唾を飲み込む。


「……なんや、モアイのままやったらボッコボコにできたはずやのに……これじゃ萎えてまうわ」


 はあと大きく溜め息を吐いて、松田が眉根に深く皺を刻む。

 モアイの中から現れたのは、鼻筋もすらりとした繊細な美貌の持ち主だった。太陽から色を盗んだかのような赤い髪の毛は非現実の賜物。前髪は緩やかに波打っており、後頭部には腰まで届く髪があるが、何かケーブルのようなものが紛れ込んでいるようだった。

 身長は百七十センチメートルはあるだろうか。身に纏っているのは、赤と銀のツートンカラーのワンピース。そして、ヒールのような靴を履いていた。


《▼――――》


 やがて、少女はゆっくりと目を開ける。

 蒼穹の色をした瞳に、十児たちの驚愕する顔が映り込み、虹彩があるべき部分が点滅。

 そして、結ばれていた唇が解かれ、


《▼マスターであるネメシスの生命活動停止を確認。識別名「アレキサンドリア」――以後、「本機」はこれより「自立モード」に移行します》


 抑揚のない声でそう言うのだった。

 静まり返っていたラウンジが一気に騒然となる。


「しゃ、喋ったーッ! 何これ、どんな技術なの?」

「朕も大変興味深いですネ。しかし、ゴーレムマスターであるネメシスが造ったゴーレムの中にいたのですから、彼女も人間ではないのは確かですヨ」


 ルゥナとハマが無垢な子供のように目を輝かせ、少女を眺めた。


「……話せるというのなら、意思疎通も可能なのだろうか」


 フィールが顎に手を添え、思案顔を作ると、


「……ネメシス、マッドサイエンティスト。うまくいくとは、思えない!」


 アンナが興奮した口調で叫んだ。


「まあまあ、ものは試しですヨ。ええと、ゴーレムさん? いや、アレキサンドリアと言いましたネ。『自立モード』というのはどういう意味ですか?」

《▼そのままの意味ですが、その小さな頭では理解できませんでしたか》

「ううん、やっぱり壊しましょう」

「ハマっち、煽り耐性ミジンコかよ」

《▼しかし、質問には答えましょう。本機は優秀なゴーレムですので。『自立モード』とは、本機に予め備わっていたプログラム。マスターであるネメシスの生命活動が停止したとき、本機は外装をパージし、この世界を自由に動けと。子供のあなたにもわかるように言えば「かわいい子には旅をさせよモード」的な?》


 かくんっと首を九十度曲げるアレキサンドリア。十児は額に手をあて肩をすくめた。


「なぜそこで首を傾げる」

「あのマッドサイエンティストが作ったのだろう。狂っていても仕方がない」


 闘気を放ち警戒中のベアタンクがアレキサンドリアを睨み続け、問いを投げかけた。


「では、アレキサンドリアよ。巣立ちしたお主はどうしたいのだ? 腐ってもあのネメシスの愛機。奴の意思を継ぎ……吾輩たちを皆殺しにするのか?」


 ベアタンクの言葉に力が宿り、触れれば感電しそうなほど、緊張の空気が充満する。

 アレキサンドリアは透明感のある瞳を緩め、質問に答える。


《▼そうするのもやぶさかではありません。本機、強いので。マジで》

「やっぱり……!」


 その返答を聞き、アンナの体に殺気が宿る。神経を逆撫でさせる口調はまさに親譲り。このままでは兄のように、せっかく集まった退魔師が殺されるかもしれない。【リゲムチャ】を強く握り締め、今にも音響術を繰り出そうとするが――


《▼しかし、それはゴーレムジョーク。本機にその意思は一パーセクもありません》

「パーセクは確率の単位じゃないと思うよ」

《▼それもまたゴーレムジョーク。引っ掛かりましたね、騎士さん。いいえ、フィール・トリニティ》


 アレキサンドリアはゴーレムのくせに「こほん」っと空咳を放つと、


《▼本機にも恩はあります。貴方たちはネメシスの仇を討ってくれた。ぶっちゃけキモい男で、命令ばっかうるせえとか思っていましたが、生みの親であることには変わりません》


 そう話し始めた。

 人間ではない。ゴーレムだと言うのに、人間以上に感情の乗った言葉だ。本当にアレキサンドリアはネメシスのことを尊敬し、愛していたのだろう。

 彼女は頬を緩めると、神に祈りを捧げるかのように両手を組み合わせ、


《▼ですから、貴方たちの力になりたい。構いませんか?》


 そう懇願するのだった。

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