第37話 解体ショー
「あ~いい湯だった~」
ほくほくでつるつるてかてかな肌をしたルゥナたち女性陣。
「ああ、これで心機一転と言える。信長まで前進あるのみだ」
体を絞り、さらに筋肉に磨きがかかったような十児たち男性陣。
「皆、満足したようだな」
東北のレスラーベアタンクはラウンジに再集合した彼らを眺め、穏やかな声で呼びかけるのだった。
「ベアっちも見張りご苦労さん。異常はなかった?」
ルゥナがそう尋ねると、ベアタンクは口元を緩める。
「良い知らせともっと良い知らせがある。どちらから聞きたい?」
「えー、質問を質問で返す? ま、いいや。良い知らせってのは?」
「お主たちが休息中、敵の気配はなかった。これにより、お主たちは安全にアメニティを楽しむことができた」
「では、もっと良い知らせというのは、何ですか?」
にこにこ笑顔でハマが訊くと、ベアタンクの声に闘気が宿る。
「敵は来た。それだけだ」
「ッ!」
刹那。十児やフィール、松田は武器の柄に手を伸ばし、ルゥナは【プリクラ手裏剣】を、アンナは【リゲムチャ】を構え、ハマが拳法の構えを作る。
二瞬の間を置かず、轟音と衝撃がラウンジに響き渡った。
敵襲だった。入り口の自動ドアが破城鎚で貫かれたかのように粉微塵に破壊され、ガラスが粉雪のように美しく舞い散る。煙が巻き起こり、一同は現状を把握するべく目を凝らした。
「な……こいつはッ!」
十児はラウンジの中央に放り込まれていた〝それ〟を見つけて絶句した。
モアイだ。入り口を破壊した破城鎚の正体は、氷漬けにされたネメシスのゴーレム――アレキサンドリアだったのだ。
「……あのコケシか」
熊の毛皮が浮かび上がるほど筋肉を膨張させ、ベアタンクが舌打ちする。
「……ネメシスの攻撃? 死んだんじゃ……なかった……?」
手を震わせ、アンナは猛禽類のような目つきを作ると、煙の中に浮かび上がる人影を見つけた。その人物は確かに仇敵ネメシスである。ただし、恐怖で顔面を引き攣らせ、全身が氷漬けにされている姿だった。
「オイオイ、なんやあの雪ダルマは。ここは札幌とちゃうで?」
「もうー! ノックしてもしもーしって言うのが礼儀でしょ。この無礼者!」
心胆も凍り付くような出来事の連続に憤慨していると煙が晴れていき、さらに一人の男が姿を現した。
「……おうおう、活きのいい魚がいるねぇ」
もう十児たちには慣れたことだったが、異質な姿をした男だった。
白帽と衛生服は一目見れば割烹着のよう。足には長靴を履いており、歩けばきゅっきゅと音が奏でられる。
お前は何者だ。その誰何はここでは必要がない。十児たちはすでにこの男のことを知っている。
「……俺はジャスコ武将――」
「鮮魚コーナー責任者、細川忠興」
十児がその男――細川忠興の名乗りを横取りする。すると、細川忠興はくっくと口端を歪めて笑い出した。
「ご名答ご名答。そうか、その刀は【近景】……お前が十兵衛の子孫だな?」
「俺は明智十児。信長を滅ぼす者だ」
敵意を爆発させ、十児は力の限り睨んだ。十児の隣から一歩前にすっと出てハマが呟く。
「確かに、朕が見たのはこのジャスコ武将で間違いないですネ。そして、ジャスコ城を彷徨っているうちにネメシス出会い、勝利したと……」
細川忠興は自分に注がれる視線を一つ一つ拾い上げてから、さらに愉快そうな笑みを見せた。
「これはこれは、豊富な種類の退魔師が勢揃い。まさに、市場に来たみたいだな」
「うーん、やっぱり鮮魚コーナー担当になって、その精神もちょっと変わっているって感じ?」
魚に例えられ、むっとした表情のルゥナが呟いた。
「……俺の名を当てた礼だ。面白い物を見せてやるよ」
細川忠興が長包丁を構える。それはまさに野獣が牙を剥くような姿。そして、おんっ! と邪気を膨張させると、長包丁が豪快に、どこか華麗に宙を切る。まるで何かに憑りつかれたかのように細川忠興は一心不乱に包丁を操り、
「……さあさあ、ご照覧あれ、退魔師の皆さん。今回この俺が捌くのは、手に入ったばかりの活きのいい男……えっと、何だっけ名前……そう、ネメシスだ」
そう口上を述べた。
「……ネメシスを……まさか……」
漆黒の予感がフィールの体を衝き動かす。速くこの男の首を落とさねば、惨劇が待っているのはわかり切っている。
なのに――誰も動けない。まるで、見えない鎖で縛られているかのように、一同は細川忠興の長包丁の軌跡に見入ってしまう。
やがて、長包丁が氷像と化しているネメシスの左腕に刺し込まれ――
「な……!」
ざっくりと……表面の氷を削ぎながら左腕を切り離した。その赤々とした断面は美しくも不気味。断面図から血が流れ出し、溶け始めた氷の粒と重なって床に落ちていく。さらに細川忠興は流麗な動作でネメシスの右腕、右脚、左脚を切り離していき、最後にはその恐怖の色で染められた蒼い顔を切断。
ネメシスの首を十児たちに見せつけ。細川忠興はその凶器的な面立ちに醜悪な笑みを重ねた。
「赤味のあっさりとした天然の人間。こいつを喰えば魔力も増大するってモンだっ!」
何の悪意もなく、そう言い放つ「漁鮮コーナー」担当。
まさに筋書きが決められたショーのような時間だった。
細川忠興はネメシスの首元を掴むと、滴り落ちる血を舌に乗せ喉を潤し始める。
「う……」
アンナが目を剥き、口元に手をあて絶句した。いくら兄の命を奪った因縁の持ち主とはいえ、こんな無残な最期を望んでいたわけではない。名状し難い不快感が胸の中で蠢き、今にも吐瀉物となりそうだった。
「それが貴様のジャスコ術か……細川忠興……」
抑えようのない激情に包み込まれ、十児は言葉を刃のように研ぎ澄ました。
「いかにもいかにも。これが俺のジャスコ術〈解体ショー〉だ」
鮪の解体ショー。それはジャスコで定期的に行われる実演販売の形式である。鮮魚コーナーの担当が巨大な俎板の上に乗った鮪を包丁で捌き、売り文句を並べながら様々なサイズに切り落とす。そして、集まった客にそのまま販売するというショーである。
「なんと悪辣で、悪趣味で、醜悪。ありとあらゆる悪罵を込めても、お主の残虐な行為を形容することはできないだろう」
侮蔑の響きをありったけ込めるベアタンク。細川忠興は涼しい風に当たったかのような表情だ。
「戦意を喪失させるには、目を突き、鼻を裂き、耳を削ぐのは常套手段。恐怖が、暴力こそが戦いの極意なんやろうな。ワシも若いころはようやったわ。せやけど、ジブンは度が過ぎとるわ」
「熱い感想どーも。それじゃあ、次は誰から解体されたい? 何人でかかってきてもいいぜ……近付く奴は全員、俺の獲物だ」
玩具に飽きたかのようにネメシスの首を投げ捨て、細川忠興は長包丁に付いた血を舌で舐め取る。その動作一つ一つが挑発的であり、あらゆる者の神経を逆撫でさせた。
「……俺が相手になろう、細川忠興」
【近景】と【貞宗】を抜き、十児が一歩前に出た。ぎらぎらと目に炎を灯し、強敵を睨みつける。
「おーうおーう、十児だったか? いきなり本命が相手とは、光栄だ。明智の血を俺が啜ってやるよ」
対する細川忠興も長包丁を二本構え、猟奇的な笑みを浮かべる。
「これも明智家の宿命……。細川忠興、お前は俺が討ち滅ぼす!」
凶行により凍り付くスポーツクラブのラウンジ。
その中で明智十児は心の炎をマグマのように燃やし、細川忠興に挑むのだった。
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