第36話 店長会議

 薄暗い部屋に、闇の衣を纏った猛者が集っていた。


 髭を密林のように生やした達磨の顔をした大柄な男。


 優雅に扇子をあおぐ男。


 笑みを絶やさず湛えている男。


 死んでいるかのように表情を動かさず、瞑目している男。


 異質で異形で歪な、魔が人の形をした存在。それが彼らジャスコ武将。

 そして「織田四天王」の面々であった。


「ガハハ! 各店を任された儂らが、こうして顔を合わせることになるとはな!」

「ですが、これもまた現代の商業施設『ジャスコ』で行われる『店長会議』というもののようですよ、勝家殿」

「……うむ。これもまたジャスコ武将として生まれ変わった拙者たちに課せられた役目というものでござろう」

「余たちが会議というと、『清州』を思い出しますがな。ははは」


 そう、これは「店長会議」――


 多くの部署や店舗を擁している会社で行われ、施設全体の現状報告、職場環境、福利厚生の改善、よりよい売場作りを目指すための意見交換、クレームに対する改善案の立案、従業員同士の親睦を深めることを目的とする集会である。

 ここはジャスコ城の会議室。ジャスコの力を得た彼らは正方形状に組み合わされたテーブルに身を委ね、「店長会議」を始めるのも必然であったのだ。


 柴田勝家。丹羽長秀。滝川一益。池田恒興。


 数多の戦場で活躍した彼らも今や立派な魔の眷属。

 その覇気が、殺気が、魔力が、彼らの収斂をありのままに物語っている。

 そしてもちろん、「店長会議」にその男も出席していた。


「集まったようだな」


 魔の瘴気を纏った大柄な男。大きく剥いた白眼からは生気が全く感じられない。

 魔を愛し、魔に愛された戦国の世が生み出した覇者。この世を統べるために、悪しき想念を糧に蘇った悪鬼の王。

 第六店魔王織田信長。

 このジャスコ城の主にして全てのジャスコ武将を束ねる男だ。

 信長が体を動かすたびに、周囲のジャスコ武将からは感嘆の声が漏れていく。


「信長様、体調はいかほどに?」


 飄々とした口調で扇子を手にしていた丹羽長秀が尋ねた。


「クク……順調だ。先代の明智に付けられた傷も完治した」


 信長がぐつぐつと煮える地獄の釜のような声音で答える。呼吸をするたびに口元から瘴気が漏れ、会議室の空気は混沌で満たされようとしていく。


「百年前とは比べ物にならないほど、この世の人口は増えたでござる。統計によると、百年前の人口は十六億人。そして、現在は六十億人。信長様の魔力の糧となる負の想念が膨れ上がるのも必然でござろう」


 滝川一益が僅かに口端を歪ませ、不気味な笑みを浮かべた。


「そしてその間に、世界では大きな戦争が起きたようですな。それも二度も! おお、人間とはなんと戦好き。そして規模の大きいことか! そうして世界が混沌に包まれたのならば、信長様の魔力が増大したのも納得できますな!」

「ガハハ! さらに我らの敵の暦ではあるが、今年は一九九九年。皮肉なことにこの並びであることから、『聖人』の加護は弱まった!」


 池田恒興が、柴田勝家が、豪快に笑い合う。


「そうだ」


 織田四天王の言葉をしかと耳に入れ、信長はゆっくりと頷いた。


「この百年で人類は急速に繁栄し、海を、空を我が物とし、世界をより身近なものとした。その対価として、世界は炎に包まれたのだ。愚かな人類だ。やはり、儂が全てを支配しなければならぬ。この、ジャスコの力でな」


 拳を握り締め、巨悪が野望を口にする。


「そしてその先は……『魔界』だ。魔界をも支配し、儂は全てを統べる。あらゆる神を排除し、魔に満ちた世界を作るのだ」


 ずんっと会議室の重圧が増した。赤子が涙を涸らすほど負の力に満ちた空間。しかし、彼らにとってはこれ以上に心地良い場はこの世に存在しない。


「さて、本題に移る」


 会議室の椅子にどっしりと腰を預け、信長は「店長会議」を開始した。


「見てわかるだろう。勇猛たるジャスコ武将の数々が失われたことに」


 怒気を込めて信長がそう告げると、織田四天王の誰もが神妙な顔を作る。

 店長会議に出席すべき人物が、半数ほど欠けているのだから。


「佐々成政……堀秀政……弥助……そして、森兄弟……。儂に忠義を誓い、寵愛され、ジャスコ武将として転生したにも関わらず、命を散らしてしまった」


 信長が握り拳を作ると、血管が浮かび上がりすぐさまそれは破裂。瘴気の霧が手から生まれていく。


「十兵衛の子が来たのだ。奴だけではない。世界から儂の首を狙い、退魔師が集った」


 信長が「覇ッ」と声を出すと、会議室の壁に幕が下りた。

 それは、プロジェクターの画像を投影するためのスクリーンであった。

 信長が手を動かすと、それに応じてスクリーンに変化が現れる。

 信長が口にした退魔師の画像が浮かび上がったのだ。

「おおっ!」と織田四天王の各々が声を上げる。


「我が城の『監視カメラ』が捉えた退魔師の姿だ。監視カメラは儂の魔力で隠匿していたので、奴らは録られていることに気付いていないがな」


 映し出されていたのは――

 金髪の青年。茶髪の少女。鎧を着た異国の男。眼帯の男。道着の人物。編み込まれた髪の少女。そして、熊。


「ガハハ! これが退魔師! なんと、虹の色のように華やかな姿であるか!」

「……退魔師も人員不足と見えたでござる。熊まで動員するとは完全に想像の埒外」

「ですが、油断大敵ですよ。彼らは確かに、他のジャスコ武将を斃してきた実力の持ち主なのですから」

「ま、余ら『四天王』からすれば赤子も当然のジャスコ武将ではありますがな!」


 不気味な笑みを浮かべながら、ジャスコ武将はスクリーンの退魔師たちを見つめ続けた。


「儂はこのジャスコの魔界進出計画で頭を満たしたいのだ。その邪魔をする奴らは許してはおけん。『織田四天王』よ。貴様らに命じる。退魔師は必ず殺せ。そして奴らの『森羅』の力を奪い取り、儂に献上せよ」

「ガハハ! いいでしょうとも! 儂のジャスコ術にて、退魔師共を完封してみせましょうとも!」

「この中には、拙者と同じ『忍び』が隠れているでござる。うまく化けたつもりでござろうが、拙者の目は誤魔化せないでござる。その者の相手は是非、この滝川一益に……」

「では……策を練りましょう。こねこねと、肉団子のように」

「ううむ、余も楽しみになってきましたな! やはり戦こそが男の性分!」

「退魔師共の下にはすでに細川忠興が向かっている。猟奇的な奴の力は必ず、退魔師共を恐怖と混乱に陥れるだろう。そこを突け」


 フウウッと深く息を吐きながら、信長は言葉を継ぐ。


「『お客様は神様です』……誰が言ったかは知らぬが、この世にはそのような通説があるようだ。退魔師共は客、そして、客ならば神。神は全て排除せよ」


 ばんっとテーブルを叩いて、信長は大音声で叫んだ。


「我がジャスコの恐ろしさを思い知らせてやれ」

「はっ! 我らは信長様のために……!」

「『ジャスコ魔の誓い』斉唱!」


 覇気を込めて信長が叫ぶと、「織田四天王」たちは身を固め、畏まり始める。


「一つ、常に魔に感謝し、混沌を忘れず前進を続けよう」

「一つ、常に魔に感謝し、混沌を忘れず前進を続けよう」


 信長に続き、「織田四天王」の面々が声を揃えて唱和する。


「一つ、常に相手の立場を考え、魔の力で圧倒しよう」

「一つ、常に相手の立場を考え、魔の力で圧倒しよう」


 この斉唱こそ団結の証。斉唱することで「織田四天王」の体に宿る魔力が活性化していくのである。

 斉唱を終えたあと、信長は虚空に向かって呼びかける。


「『お前』、四天王の援護を頼む」


 すると、ぬっと何もなかった空間から影が伸び、それは一人のの姿となった。

 高級墨を流し込んだかのように美しい黒髪が特徴的な女。彼女は妖艶な笑みを浮かべると、「仰せのままに」と答えるのだった。

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