第34話 織田四天王

「『織田四天王』……」


 明らかに他のジャスコ武将とは一線を画すその呼び名を耳にし、フィールたちは神妙になる。


「四天王だなんて、ゲームや漫画でしか聞いたことのないような四人組って感じだけどねー」


 しかしルゥナはけらけらと笑い、どこか楽しそうであった。この緊張した空気を少しでも和まそうと、彼女なりに努力しているのかもしれない。

 皆の顔を眺め、一拍置いてから十児は四天王の名を挙げ始めた。


「まずは柴田勝家。『掛かれ柴田』の異名で知られる武将だ」


 柴田勝家。

 若いころから織田家の家臣として使えた男。織田四天王の中でも最も猛将として知られており、その姿は髭面で大柄だったと伝わっている。


「次に、丹羽長秀。軍事だけではなく政治など、様々なことに手を付け信長を支えていた武将だ」


 丹羽長秀。

 米五郎左と呼ばれ米のように欠かせないと信頼されていた武将である。柴田勝家が炎ならば丹羽長秀は氷のような印象を持つ、堅実な人物である。


「そして、滝川一益。この武将も戦闘のプロ。そして、甲賀の流れを汲む忍者だったとされている」


 滝川一益。

「退くも滝川、進むも滝川」と称された戦神。〈本能寺の変〉までの主な戦場に全て参戦し、成果を出した男だ。


「最後に、池田恒興。信長とは乳兄弟であり、多くの戦場で暴れた猛者だ」


 池田恒興。

 信長と乳兄弟であったことから、その思想は信長に似ているかもしれない。娘婿があの森長可であり、多くの戦場で豪快にその実力を発揮したと言われている。


「以上の四名は、必ずこの先遭遇するだろう」

「はいここテストに出まーすって言ってる先生みたいだね、十児。だけど、わかりやすかった」


 よくできましたとルゥナはぱちぱちと拍手し、十児を労った。


「……しかし、吾輩には疑問がある」


 ベアタンクが挙手し、訝しげな声を絞り出す。


「織田四天王最後の一人は、明智光秀ではなかったのか?」


 野性味溢れる外見とは裏腹に、知性の詰まった質問だった。


「……一般にはそう知られているが、違う。〈本能寺の変〉が光秀公の謀反ということになっているように、後世の人間が真実を捻じ曲げたんだろう」

「歴史ってのは簡単に塗り替えられるってことだね、十児」

「……とはいえ、信長を討伐した後、光秀公は明智家をノブナガハンターの家系にするために自ら表舞台から消えたのも事実。その結果、討伐されたものとみなされ、三日天下とまで言われるようになったがな」

「なるほど。吾輩はお主の言葉を信じよう。その闘気に、嘘の気配がないのでな」


 得心したという様子で、ベアタンクはどっしりとソファに座り込んだ。


「では、織田四天王を割り出したところで、次のステップだ。残りの奴らは、必ずこのジャスコの何かしらの店舗、テナントを担当しているジャスコ武将。それを想像することで、少しでも勝率を上げるんだ」

「ですネ。幸い、朕たちはジャスコ武将と戦い、生き残り、そのタネを知ることができました。初見殺しにならないためにも、ジャスコの売場とジャスコ武将の組み合わせを予想するのは悪くないですネ」


 ハマの言葉を受け、十児は頷く。


「ジャスコの売場言うてもなぁ。ワシらは入店お断りやったから、詳しくないで」

「生憎僕も、松田と会ってからこの魔城がジャスコなるスーパーだと知ったくらいだ」

「アンも……」

「あはは。ジャスコに疎い人々ばかりですネ。それではこの先が思いやられますヨ」

「そう言うハマっちも詳しくないって『モーリーアイランド』で言ってたじゃ~ん」


 この場に集まった者の大半がジャスコとは縁が無いようだった。

 そんな中、


「なるほどな。ジャスコに足繁く通っていたのは、吾輩くらいか」


 ベアタンクが嘆息を込めながらそう言った。


「お、さすがは東北のレスラー。都心じゃないからジャスコも身近だったって感じ? てか、そのカッコで入店してたの?」

「ああ、していたときもあったな。イベントスペースで興業をしていたこともあったのだ」


 ルゥナは茶化すつもりだったようだがベアタンクは平然と答えた。レスラーとジャスコは無縁ではない。プロレスフェスという大会やトークショーが開かれることも珍しくはないのだ。


「閑話休題だ。ベアタンク、ジャスコにある売場を、思いつく限り言ってくれ」


 十児に頼まれ、ベアタンクは顎に熊の手を乗せ、表情は見えないが思案を始めた。


「……時計屋、雑貨屋、百均、本屋、フードコート……ハンバーガーショップに、写真屋、家具に家電に玩具売り場……クリーニング屋もあったな」

「あとは、服売り場とかだねー」


 人差し指をくるくる回しながら、ルゥナが付け加える。


「……かなり売場の数があるようだけど」

「その中に、残りのジャスコ武将の担当が必ずある?」

「せやな。ワシも楽しみになってきたで。残りのジャスコ武将が、どんなトンチキな手品を見せてくれるかをな」


 売り場の豊富さに異国の退魔師たちは驚嘆し、極道はむしろジャスコ武将と相見えるのが楽しみになったようだ。

 各人が織田四天王の力を想像しているときだった。情報が命のハマが十児に問いかける。


「ところで十児サン。織田四天王の他にも、残りのジャスコ武将がいるのを忘れてはいませんよネ?」

「『鮮魚コーナー』責任者……細川忠興だな。ハマも見たという男だ」


 細川忠興。父である藤孝とともに織田家に仕えていた武将だ。そして、妹の鼻を真一文字に斬り付けたり、改宗しようとした侍女の鼻を削いだりと、戦国武将の中でも苛烈極まりない冷酷な男だとも知られている。

 何より――細川忠興は明智家とは縁の深い武将だ。


「忘れるわけがない。と言うより、目の前に空気があるということをわざわざ言われているように、自然すぎて意識していないくらいだ」


 十児は不敵に笑った。


「何か策があるようですネ。では、頼りにしていますヨ、十児サン」

「さて、これでブリーフィングは終了だな」


 使命感に体を衝き動かされ、十児は立ち上がる。


「俺たちは散策を再開し、ジャスコ武将と信長を討たねばならない。さあ、行こう」


 ぎゅっと右手を握り締め、一同を奮い立たせる十児。フィールは頷き、松田は不気味な笑みを浮かべ、アンナは口を引き結び、ベアタンクも体の筋肉を膨張させた。

 様々な思いで集まった彼らだが、信長へ挑むという志は一つになったのだ。

 十児が安堵の息を吐き、今にもラウンジから出ようとしたときだった。


「ちょっと待って、十児」


 つんつんっとルゥナがジャケットをルゥナの指が突いた。


「お風呂入ってもいい?」


 相棒にそんなことを言われ、十児は眉間に深く皺を刻み、唖然とするのだった。

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