第33話 魔王信長の野望

 ジャスコの中で熊と出会った十児たち。


「ここは……」


 ベアタンクに導かれ、辿り着いた部屋は今までの魔城とは大きく雰囲気の異なる場所だった。

 観葉植物が点在し、テーブルやソファが並び、ジュースが購入できる自動販売機も備えられている。部屋の照明も明るく、恐ろしく開放感のある場所だった。


「ここは『ジャスコフィットネススタジオ』に併設されていたスポーツクラブ、そのラウンジだ。吾輩がジャスコ武将弥助を斃したあと、発見することができたのだ」

「うっひょー、まさに地獄で仏。砂漠の中でオアシスを見つけたって感じ。ここなら休憩しながら話せそうだね」


 ルゥナが両腕を上げ「んんっ」と声をあげて大きく伸びをする。

 そこへ、


「お帰り、熊さん。闘気の正体、やはり、他の退魔師だった?」


 一人の少女が現れ、十児たちを出迎えた。儚げながらも知性を感じさせる顔立ちと、勇ましさを体現したようなドレッドヘアが特徴的だった。


「おお、次々と有名人と出会えますネ! アナタはビー兄妹のアンナ・ビーサンですネ!」


 興奮した様子でハマが躍り出て、少女――ハマと強引に握手を交わす。


「徐蛮の情報通り、このジャスコ城に来ていたのか。しかし、兄のドンナ・ビーはどうした?」

「……アンからすれば、その徐蛮がどうなったのかも気になる」


 唇を噛み締め、沈鬱な表情を浮かべるアンナ。そう答えられると十児は言葉を詰まらせた。

 せっかく訪れたラウンジだというのに、またもや陰鬱な空気が漂い出してしまう。


「そうですネ。このことを含め、朕たちで情報交換をしなければなりませんネ」

「同意。そもそも、あなたのことも知らないし」


 アンナにそう指摘されると、ハマはあははと頬を搔き、小さく笑みを浮かべるのだった。




 ラウンジのテーブルを囲むように、ソファに座り込む一同。


「天地」のエージェントにして明智光秀の子孫――明智十児。


 同じく「天地」のエージェントであり、渋谷最強のギャルにして風魔の忍――風魔ルゥナ。


 中国から訪れた仙術使い――ハマ。


 フランスの聖騎士――フィール・トリニティ。


 近江八幡市に拠点を持つ極道「六道会」幹部――松田重左衛門。


 東北のレスラー――ベアタンク。


 メラネシアの音響術師――アンナ・ビー。


 実際のジャスコのスポーツクラブのラウンジに彼らがいれば、誰もが仰天せざるを得ない顔ぶれだ。集った七人はそれぞれ自己紹介も兼ね、ジャスコ城での出来事を語り始めた。


「俺は日本政府の特務機関『天地』の明智十児。こいつは俺のパートナーである風魔ルゥナだ。明智家は代々、復活した信長と戦う宿命にある。そして俺の代になって信長は復活。近江八幡市は封鎖され、奴の野望を砕くために魔城に乗り込むことになった」


 そして十児は徐蛮との出会いとジャスコ武将佐々成政との戦闘を話した。


「……沈陸徐蛮……彼も死んでいた……?」


 訃報を耳にし、アンナの目が沈痛の色で曇る。どうやら彼女は徐蛮も戦力になると期待していたらしい。


「その後、城内に乗り込み出会ったのがこのハマだ。こんな見た目だが、仙術の使い手だ」

「あいあい。そういうコトで朕はハマ。信長の秘密を探るためにこの魔城に来たのですヨ。仙術以外にも【水銀棍】に拳法になんでもござれ。氣の技を見せつけますヨ」


 ぶかぶかの袖に腕を通し、ハマがお辞儀。


「それで、あたしたちは三人になって、ジャスコ武将の森兄弟が待つ『モーリーアイランド』に行ったんだ。遊び心を武器にした、とっても楽しい戦いだったけど、あたしはもう勘弁って感じ。んで、そのあとにこうしてみんなと合流できたってわけ。ふー、見た感じみんな頼りになりそうだねー。チョベリベリ最高だよ。連絡先交換する?」

「政府とコネを持つ極道か、それもオモロイやないか」


 無作法にもテーブルに足を乗せ、ソファに体を預けている松田が笑った。


「ほいだら次はワシらの話をしたるか」


 妙に威圧感を放ちながら、松田とフィールがジャスコ城での経緯を語り始めた。

 松田は原口という男と共に、ジャスコ城に乗り込んだということ。

 フィールは魔界の謎を解くために、信長に近付こうとしたこと。

 そして、ジャスコ武将堀秀政と遭遇し、原口を失い、共闘する形で勝利したということ。


「――ちゅうわけや。ワシは原口が預けてくれおった【魔滅袋】のお陰で逆転ホームランを打つことができたんや」

「明智殿。この松田はスタミナに自信があるようだ。決してこの魔城での戦いに遅れは取らないと保証しよう」


 フィールが恭しく頭を下げながら松田を評価した。出会って数時間しか経っていないはずだが、この二人の間には確かな絆が生まれていたようである。


「ああ、わかった。フィール卿に松田の旦那……と呼ばせてもらおう」

「フ、旦那か。ええ呼び名やな」

「十児は時代劇や大河ドラマに加え、任侠映画も見てたって感じ?」


 ルゥナが茶化し、十児はそのつやつやした額にデコピンを放った。


「……そして、僕にはこの聖剣【オズサーベル】がある。エーテルを糧にして様々な奇跡を生む剣だ」

「わー。まさに、ファンタジーの世界から飛び出してきたような感じ!」

「僕からすれば、明智殿もサムライのように思えて感激するよ」


 朗らかに笑みを浮かべるフィール。


「次は……アンたちの番」

「うむ」


 ベアタンクとアンナが目を合わせ頷く。彼らもまたジャスコ城での激闘を語り始める。

 アンナは兄ドンナと一緒に賞金を得るためにジャスコ城を訪れたということ。

 ベアタンクは強き者と戦うためにジャスコ城に現れたということ。

 ドンナがネメシスに殺され、ベアタンクに救われたということ。

 そして、ジャスコ武将弥助と戦い、勝利したということ。


「ゴーレムマスターネメシス……。やはり奴もジャスコ城に来ていたのか」

「……ドンナ・ビー……。あたしも会いたかったな。音楽の才能がずば抜けているって訊いていたし。カラオケ行ったら楽しそうだったかも」

「逃げたというコトは、ネメシスたちは健在というコトですネ?」


 ハマが尋ねると、ベアタンクは首を横に振る。


「いや、吾輩は確かに感じたのだ。奴の闘気が消えるのを」

「それじゃ、ネメシスも殺されたってこと?」

「それを因果応報と言うべきか」


 腕を組み、十児は肺から大きく息を吐き出す。


「なんか知らんけど、そのネメシスっちゅう奴は強いんやろ? そいつを殺せるってことは、なんや……」

「ジャスコ武将と見て間違いないだろう」


 水を打ったようにラウンジが静かになる。

 誰もが痛い目に遭わされた、このジャスコ城の脅威ジャスコ武将。

 十児は胸元の十字架に一度目を遣ったあと、皆に告げた。


「……こうして集まったんだ。ジャスコ武将について情報を共有するべきだろう」

「だねー。森長隆の口振りじゃあ、まだまだいるっぽいし……」


 ルゥナがちらりと目配せする。


「十児は残りのジャスコ武将について、見当が付いているって感じだし?」


 相棒にそう訊かれ、十児は軽く頷いた。


「ジャスコ武将とは、信長が魔力によってジャスコのエッセンスを取り込み、蘇らせた武将たちにジャスコ的な異能を与え生まれた魔人だ。彼らはジャスコの売場を任され、それにちなんだジャスコ術を使う。『ジャスコサイクル』なら自転車、『モーリーアイランド』ならクレーンゲームなどというように……」

「大昔の武将がジャスコでゴッコ遊びしとるっちゅーのも妙な話やな」

「そう思いたくなるのも無理はない。……だがこれが信長の意思とジャスコの思想が融合した形だ。信長の商業政策の理想形が、このジャスコだったのだから。現代に蘇った信長はジャスコを利用し、その力を拡大させようとしている。そして、ここからは俺の推測だが……」


〝――そしてゆくゆくは……魔界の子らに……〟


 十児は森長可の最期の言葉を思い浮かべながら、言葉を継いだ。


「信長はジャスコ城の力で、『魔界』に進出しようとしているのだろう」


「ま、魔界だって!?」


 十児の一言は、この場にいた全員を動揺させるには十分な力を持っていた。


「やはり魔界が絡んでくるのか……」


 フィールの穏やかな顔が一気に崩れる。しかし、どこか嬉しそうな顔だ。


「魔界……そんなの、本当にある?」


 目を小さくしたアンナに尋ねられ、十児は頷いた。


「俺たちが今生きているこの世界は物質界……定命世界や自然世界とも呼ばれる世界。それとは別に魔界という世界が存在するのは、光秀公の時代から知られていたのも事実だ」

「なんやそれ、初めて聞いたで」


 松田が眉間に皺を刻み、片方の目を丸くする。十児は「一般には知られていないがな」と付け加えた。


「信長の魔力は魔界に由来するものだ。奴がどこから魔界の力を手に入れたのかは詳しくわかっていないが、西欧や南蛮の文化を吸収する際に紛れたのだろう」

「信長、魔界に進出したら、どうなる?」


 少し身を震わせ、アンナが尋ねた。


「奴のことだ。魔界を支配しようとするだろうな。その力はより強大となり、争いや嘆きが止まらない死の世界になるかもしれない」


 生きとし生けるもの、ありとあらゆるものが苦しむ世界。

 力が全ての世界。神も救いも存在しない世界。

 想像も絶する世界が、西暦二〇○○年を前に待っている可能性がある。


「それが魔王信長の野望ってコトですネ」

「その野望は必ず砕かねばならない。人々が安心して眠れるためにも」


 十字架を胸に誓い、十児は信長への敵意をより強めた。


「で、十児サン。残りのジャスコ武将とは?」

「ああ、これから出会う可能性も高い。しっかり伝えておこう」


 十児は父や祖父から聞かされていた、信長に欠かせない武将たちの話を始めた。


「これもまた予測にすぎないが、俺は確信している。残りのジャスコ武将には『織田四天王』が含まれているはずだ」

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