第32話 勇士、ジャスコに集う
喧嘩っ早そうな男と目を合わせ、ルゥナが慌てて手を横に振る。
「ちょっとタンマ。あたしたちはこのジャスコ城の信長を討伐に来た由緒正しき退魔師だよ」
「はっ。姉ちゃんどう見てもギャルやないか。そうやってワシらを騙すつもりなんやな?」
ぎりっと歯を噛み締め、臨戦態勢に移行する隻眼の男。まさに血に餓えた獣のような形相で、今にも飛びかかって来そうだった。
「じゅ、十児。あたしが『天地』のメンバーだって信じられてないよ!」
「俺だって今のお前のことは渋谷のギャルにしか見えないからな」
やれやれと肩をすくめる十児。
強面の男の隣に立っていた青年も剣を抜き、誰何を飛ばした。
「……君たちは何者だ。この魔城を悠長に歩ける人間など、限られているはずだ」
「あたし、今『天地』って確かに言いましたけど! マジでキレる五秒前だよ!」
「落ち着けルゥナ。特務機関のことは世に知れ渡っていないんだ」
むきーっと猿のように興奮するパートナーを十児は懸命に宥めた。
「ふざけたことぬかしおって。やっぱこいつらは退魔師やない。ジャスコ武将で決まりやな」
名状し難い殺気を迸らせ、男が肩を大きく上下させる。それに呼応し、ルゥナも拳法のような構えを作った。
「お、お? やんのか? ルゥナ様はただのギャルじゃないよ! 『ギャルに見えたって油断したら地獄行きよ』って林原めぐみの歌の通りにしてやろっか!」
「地獄で結構。ワシらは六道会やからな!」
男とルゥナの視線が交差し、その中心でばちばちと火花が散るのを十児は幻視した。
触れるだけで感電しそうな緊張感の中、
「ハイハイ、そこまでですヨ、皆サン。牽制合戦はこれにて終了ですネ」
ぱんぱんっと手を打って、ハマが間に割って入った。
「見たところ、アナタも手負いですネ。ジャスコ武将の名を知っているというコトは、アナタも彼らと戦い、傷を負って勝ち抜いたというところでしょう」
殺気に怯むことなくハマが男に近付き、胸や脇をぽんと触った。
「ツッ! 何すんねん!」
激痛が走り呻き声を出す男。ハマの思い通り、男はこのスーツの下に傷を隠しているようだった。ハマはまるでプレゼンをするかのように、言葉を舌の上で滑らせ続ける。
「特務機関『天地』のコトは知らなくとも、明智の名は御存知のハズですよネ? この方は明智十児サン。初代ノブナガハンターである明智光秀サンの直系の子孫。そして、信長討伐の使命を背負った方ですヨ」
「…………」
ハマに紹介され、十児が軽く頷く。
「明智……十児! そうか、貴公が信長を討伐したという伝説の侍の子孫なのか! 噂には聞いていたが……もっと筋肉を剥き出しにするような戦士と想像していたから、気付かなかった。反省しよう」
「そう言うそちらは、フィール・トリニティだな」
挨拶代わりに十児が好青年――フィールの名を呼んだ。
「って、このカリスマ美容師みたいなお兄さんがフィール・トリニティ!? 十児、知っていたのなら早く言ってよー!」
「お前がそこの男の煽りに乗るからだ」
再び肩をすくめ溜め息。フィールは剣を鞘に収めると、
「この男は松田。この街で活動していたマフィアの男だ」
「ノブナガハンターっちゅう肩書きはなんか笑うてしまうが、明智光秀のことは知っとるで。まあ、ウチのフィールがそう言うんなら、ジブンらは敵やさそうやな」
「察するに、貴公たちもジャスコ武将に痛い目を遭わされたように思える」
「そうだ。それどころから、同じ退魔師にも命を狙われた」
信長討伐から得られる富と名声に目が眩み、命を落とした徐蛮のことを思えば、自然と十児の表情は沈痛となる。それは言外に「お前たちもそうなのか?」と告げていた。
しかし――
「心中お察しする」
騎士フィールはその意図を汲み、十児と同じような表情で頷いたのだった。
「僕たちは貴公たちの敵じゃない。あくまで、目的は信長に近付くことだ。どうか、信じてほしい」
「そんでもって、ワシらは仲間を探しとったっちゅうわけや。ジブンら、六道会に入ってくれるか?」
戦闘の意思がないことを示すや否や、松田はにこにこと上機嫌な顔。
「同志か。渡りに船、かもしれないな。斃したジャスコ武将のことも気になる。情報交換をしたいところだ」
「だねー。どこかに落ち着いて話せる場所があるといいんだけど……」
ルゥナがきょろきょろと辺りを見回したときだった。
「ん……?」
そのつぶらな瞳に奇妙なものが映り込んだ。
ずんと圧倒的な存在感を放つ、山の王。
そうとしか表現しようのない二メートルもの巨体。
熊が通路の中央で仁王立ちしていたのだ。
「く、熊ー! 十児、熊だよ熊!」
「嬢ちゃん、ワシらを驚かせるつもりか? ジャスコン中に熊なんかおるわけ……熊やないか!」
ぎょっとしてルゥナがカエルのように跳び上がり、釣られて松田も目を瞠った。
「こんな時に、信長の配下か!」
「皆、用心するんだ。今度こそジャスコ武将かもしれない!」
十児とフィールが揃って愛刀と愛剣を抜き構える。
何が起きても不思議ではないジャスコ城だが、これにはさすがの十児たちも予想外の事態だったのである。
しかし――
「ハイハイ。もう一度落ち着いて、皆サン。この熊サンは、どう見ても人間ですヨ」
またもや手を鳴らして全員を宥めるハマ。言われてから、十児は熊の顎が人間のものであることに気付いた。
「アナタ……日本の東北のレスラー……ベアタンクサンですネ?」
怖じ気ることもなく、ハマは熊に近付いてその名を呼ぶ。
「いかにも。吾輩はベアタンクである」
熊――ベアタンクは腕組みをしながら堂々と答えた。
「えっ? 今度はレスラー? いくらなんでも場違いすぎるっしょ!」
「ギャルに言われたくはないが、さもありなん。吾輩は強き者と戦うために、このジャスコと言う名のリングに足を踏み入れた者。闘気を感じて様子を伺いに来てみれば、なんとも選り取り見取りの面子。まるで幕の内弁当のような豪華絢爛さだ」
「俺たちを取って食うつもりか?」
「答えは否。吾輩もまた、ジャスコ武将なる者と一戦を交えた。そして、その力の凄まじさを実感し、共に戦う仲間を探していたのだ」
「ジャスコ武将と出会い、勝利したというのか。僕も人を外見で判断してはいけないとは常日頃肝に銘じているけど……」
「どう見ても退魔師じゃないのに、ジャスコ武将に勝ったってのも
誰もがこの熊の姿のレスラーの実力に戦慄してしまった。
ベアタンクは貫録のある声で全員に言い聞かせる。
「お主たち、話し合う場が欲しいのだろう。吾輩がジャスコ武将と戦い、手に入れた部屋がある。そこならば、落ち着くことができるだろう。付いて来るといい」
ベアタンクはくるりと踵を返すと、そのままのしのしと歩き始めた。いつ背後から刺されてもおかしくないというのにその無防備さ。十児たちを信用しているのか、それとも奇襲を受けても凌げる自信があるのか。いずれにせよ、このベアタンクなる人物は伊達でも酔狂でもなく、死線を潜り抜けた強者であることには間違いない。
十児は神妙な顔で、彼の背中を追い始めた。
「十児、熊っちを信用するの?」
「情報交換が必要なのは確かだからな。これから城の探索を有利にするためにも、彼の提案に従おう」
「しゃーないね。実のところ、あたし熊には弱いんだよねー。ケアベアみたいだからさ」
「朕も大賛成ですヨ。たくさん情報が得られそうで、テンション滝登りですネ」
ひょこひょこと体を弾ませながらルゥナとハマも十児に付き従い始める。
「なんや、急に賑やかになってきたやないか」
「だが、これこそ僕たちが求めていた仲間の姿かもしれない。魔王を斃すために集った勇士たち。まさに、新たな伝説の中に僕たちはいるかもしれないね」
小さく笑みを浮かべ、フィールと松田も歩き出す。
違う道を歩みながらも、同じ目的地を目指していた者たち。
かくして勇士はここに集い――
ジャスコ城の激闘は新たな一幕へと向かい始めるのであった。
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