第31話 交わる道

「つっ……」


 森長可を斃したことでほんの少し気が緩むと、モモちゃんのジェスチャー攻撃によって受けた傷が激しく痛み出す。十児は思わずモーリーの草原に膝を着いた。

 そこへ――


「おーい、十児ー! 河童の川流れならぬボールプール流れを体感したルゥナ様が産卵期の鮭のようにアイルビーバック!」


 るんるんとスキップしながらルゥナが現れた。てかてかの肌を緩ませた笑顔が眩しく、まさに遊園地を満喫した子供のようである。


「ルゥナ、無事だったか」


 変わらぬ相棒の姿に安堵の息を吐き、十児は立ち上がると愛刀たちを鞘へと収めた。


「うん。森蘭丸、斃してきたよ。いやあ、サプライズの連続であたしもヒヤッとしたもんだけど、そこはギャル的にもオールオッケーしてきたって感じ?」


 ぶいっと指を立ててサインを送るルゥナ。彼女のおかげで傷だらけの十児も少しは癒されていく。


「しかし、森長可と森蘭丸を斃したが……この世界に変化はないな」


 蒼穹を見上げれば、顔の付いた太陽と雲が不気味に微笑んでいるままだ。


「つまり、まだあたしたちは森兄弟のジャスコ術の中にいるってこと?」

「恐らくだが、残りの森長氏を斃さぬ限り出られないのだろう」


 腕を組む十児の脳裏に直感が過ぎる。そして、森長氏のUFOに連れ去られたハマの姿も浮かび上がった。


「ハマっちがピンチかもしれないね。あたしたちがレスキューソルジャーになってやんなきゃ!」


 森長氏のジャスコ術に翻弄され、今も苦戦。最悪の場合命を落としているのでは。

 そんな想像を抱いた二人が頷き合い、駆け付けようとしたときだった。


「その必要はありませんヨ」


 モーリーの森林の草木を掻き分け、道着姿のハマがひょいと姿を現した。


「ハマっち! チョベリグだね! 無事だったんだー」


 愛らしい笑みを浮かべ、ハマにハグを仕掛けようとするルゥナだったが、その体が石像のように硬直する。


「って、とんでもないお土産付きだねぇ……」


 ハマの左手からは、顔面が腫れ上がり、衣服は切り裂かれ、全身血まみれの人間が引き摺られていた。それが森長氏の成れの果てだと気付くのに、数秒要したほどだった。


「……がっ……ぐっ……」


 瞼も頬も腫れ上がり、その表情が全く読めない。紫色の唇から懸命に言葉を紡ごうとしているが、こちらも何を言っているのかさっぱり聞き取れない。


「さすがのあたしでもここまでボコボコにはしないんですけどー」

「情報を聞き取ろうとこれでも手加減したのですが、少々加減を間違えたようですネ。功夫クンフーが足りなかったですヨ」


 情報収集に失敗したと嘆息するハマ。しかし、十児は冷然と、


「いや、これでいい。魔王信長の配下に慈悲などいらない」

「ですネ。では、このままだと苦しそうですので、介錯しましょう」


 ハマが呼吸を整え、拳法のような構えを作った刹那。ビュッと風が切れ、森長氏の首が宙に舞った。凄まじい速度にして切れ味の手刀。素人には勝手に首が切れたとしか見えないだろう。


「なんつーか、めっちゃ呆気ないって感じ。ハマっち強いんだねー」

「ふー。あいや、これでも森長氏サンとは死闘でしたヨ。彼のジャスコ術はメダルの雨を降らせたり、UFOキャッチャーをいくつも使ったりと、それはそれは驚き桃の木でしたヨ」

「おしゃべりはそこまでだ。敵の術を完全に破ったようだぞ」


 森長氏の体が塵と化した瞬間、十児たちの見ている景色が大きく変わった。幻想的だった「モーリーアイランド」の風景は水滴を零された名画のように滲み出し、歪み、収縮し、別世界へと再構成されたのだ。

 そこは、多くのクレーンゲーム機やメダルゲーム機。メリーゴーラウンドやボールプールも見ることができるごく普通の室内遊園地。普段は子供たちの笑顔で溢れる「モーリーアイランド」のあるべき姿だった。


「ここが本当の『モーリーアイランド』……こうして見ると、なんだか寂しげな場所だね」

「ですネ。客……子供たちもいませんからネ」

「子供たちがまた遊べるよう、このジャスコを解放しなければならないな。急ぐぞ、二人とも。敵はまだまだ残っているはずだからな」


 十児が歩き出そうとしたとき、


「つっ……」


 その顔が苦痛で大きく歪んだ。


「十児、めっちゃ苦しそうじゃん! 一体どんな戦いをしたのさ」

「ジェスチャーゲームだ」

「ジェ、ジェスチャーゲーム? それで重症になるの?」


 しぇーっと声を出しながらルゥナは眉を顰めた。


「詳しく聞きたいところですが、ここらで休息が必要かもしれませんネ」

「そうそう。あたしもちょっと疲れたかも。このまま連戦しても、敵の思うツボだよ」

「……そうだな。慌てず急ぎながら探索しよう」

「って休む気ゼロ!」


 肩をすくめるルゥナとハマであった。

 恐るべきジャスコ術の使い手であった森兄弟との激闘を繰り広げた「モーリーアイランド」をあとにし、一行はジャスコ城の探索を再開する。

 痛む傷に鞭を打ちながら、十児は森長可の最期の言葉を思い出していた。


〝――「魔界の子」……それが意味するものとは……〟


 漆黒の予感が群雲のように胸の中で蠢く。


〝――俺の予感を現実のものとしないためにも、早く信長を討たねば……〟


 わずかに生まれる不安の火に、十児の使命感はまた炙られていくのだった。




 信長が待ち構えていると思われる天主を目指すべく、上階への道を探る十児たち。

 その道中でも髑髏や鬼、鎌鼬といった魑魅魍魎と出会ったが、それらは全てたやすく捻じ伏せられた。

 永遠に続くかと思われるジャスコ城の通路の迷宮。


「って、同じような道ばっか! 見通し悪すぎー! ソニプラを見習えっつーの!」


 ルゥナもげんなりとした様子で叫んでしまった。


「は~さすがにあたしも退屈してきた。何かこの辺でイベント起きないかな~。っていうか、いい加減別の店舗だか部屋に到着してもいいと思うんですけどー!」


 ぶーぶーと口を尖らせるギャルの口元を十児のグローブが覆い被さる。


「落ち着け、ルゥナ。その新たなイベントがあるかもしれない」

「どゆこと?」

「……気配を感じる。今までの雑魚とは比べ物にならない力の持ち主だ」


 眉間に深く皺を刻み、警戒心を研ぎ澄ます十児。


「ということは、ジャスコ武将の誰かですかネ?」

「意外と魔王信長本人だったりして。ほら、社長が清掃員に扮して作業するとかあるじゃん、ドッキリで」

「…………」


 ルゥナは冗談のつもりだったかもしれないが、十児の肝は少し冷えた。森長可との戦いを経た今、体調は万全ではない。もしこの状況で信長と出くわせば、勝機は十割とは言い難いのだ。


【近景】と【貞宗】の柄に手を伸ばし、固唾を飲んだそのときだった。

 通路の向こうから、影が二つ現れた。


「ん?」

「あれ?」

「あいや?」

「あっ?」

「あん?」


 この場にいた誰もが意表を突かれたような顔をする。

 十児たちが目にしたのは、異様な組み合わせの男二人だった。

 一人は身を鎧に固めた好青年風の男。

 もう一人はスーツ姿に木刀を携えた強面の男。

 向こう側もぱちぱちと目を瞬かせ、こちらの姿をしっかりと見つめている。


「なんや。鬼退治が終わったと思ったら、また変わった奴らが現れたな。ジブンら、ジャスコ武将とちゃうんか?」


 狂犬を擬人化したような男がドスの利いた声で木刀の切っ先を十児たちに向けた。

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