第30話 花の嵐
おともだちをさそって
おじいちゃん おばあちゃんも いっしょに
モモちゃんと あそぼう おどろう
えがおが あふれる モーリーアイランド
まいにちが たのしい モーリーアイランド
顔の付いた木々や草花が陽気に歌い出す。
それは
それとも、
「さあ、モモちゃん! 次のジェスチャーは何かな~!」
十児と森長可withモモちゃんとの、ジェスチャーゲームと言う名の死闘は続いていた。現在第十五問目である。料理、テニス、釣り、ライオン、ゴリラ、綱引き、飛行機……。モモちゃんが繰り出すジェスチャーの度に十児は翻弄され、反撃できないまま傷を負ってしまった。
鬼灯の実のように赤くなった肌を晒し、十児は憔悴した。
〝――このまま奴のペースを許してしまっては、俺が力尽きてしまう!〟
モモちゃんのジェスチャーは予測が難しく、その一撃も強力。
だが、それでも――
蹂躙され続けては明智家の名折れ。十児は攻撃を受けながらも光明を見つけ出そうとしていた。
〝――落ち着け。ここは「モーリーアイランド」……ならば、モモちゃんが繰り出すジェスチャーも、低年齢層向けのはず……〟
ならば、パターンを読むことができる。実際、今まで出題されたジェスチャーの答えは子供でも答えられるような、動物やスポーツ、乗り物が大半だったのだから。
集中する。モモちゃんの仕草の一つ一つに注意する。
ピンク色の体が力強く動き始める。それは右手に何かを握り締める仕草だった。
〝――あれは小型のボール。そう、野球のボールか!〟
そう判断した十児は身構えた。わかる。この後にモモちゃんが何をしようとしているのか、予測できる。十児は【近景】を両手で握り締め、左足を前に出し、モモちゃんのジェスチャーに真っ向から挑んだ。
モモちゃんが大きく振り被って投げる動作。
風を切り、不可視の野球ボールが空を切る!
「時は今!」
十児はタイミングを合わせ、勢いよく【近景】を振った。手応えを感じた次の瞬間にはモモちゃんの頭が凹み、愛らしいモーリーの森林の住人はその場に倒れ込んでしまったのだった。
そう、十児は【近景】をバットに見立て、モモちゃんの不可視の豪速球を打ち返したのである。
「モモちゃん!」
思わぬ反撃を受け、森長可は声を裏返した。
「サービス精神旺盛なキャラクターだ。客のアドリブにもこうして対応してくれるんだからな」
遊びに来た客におもてなしやサプライズを提供することが第一のモーリーの住人。その性質を逆手に利用し、ジェスチャーにはジェスチャーで返したのだ。結果、モモちゃんはピッチャー返しを受けるというジェスチャーを派生させ倒れ込んだ。
「これでお前のジャスコ術……〈モモちゃんイベント〉は終演だ。さあ、森長可。次はキャラクターを盾にせず、お前自身が俺と戦え!」
「……なかなかやるじゃないか、明智十児」
目つきを鋭くさせ、牙を剥く森長可。まさに戦国の世に生きていた武将の貌だ。
「目障りな明智のゴミめ。なら、掃除してやるしかないよなぁ! これが俺の今の【鬼武蔵】だ!」
吠える森長可の手には長物が握られていた。それは確かに森長可が愛用していた長槍を連想させるような威容。そして、異様である。
長い柄の先にあるのは鋭利な刃ではなく――柔らかな繊維の集合体。
とどのつまり、モップだった。
「『モーリーアイランド』は常に清潔な売り場作りを心掛ける。さあ、綺麗にしてやるぜ、明智十児ィ!」
モップを構え、森長可が猛進する。
満身創痍の十児だったが、〈モモちゃんイベント〉の時のような焦燥感は微塵もない。むしろ、ようやく真っ当な勝負ができることに喜びを感じていた。
「いいだろう、森長可。お前は俺の全身全霊を持って、討ち滅ぼす! 俺をゴミと罵るなら、ゴミらしくお前を塵にしてやる!」
【近景】と【貞宗】を十字に構え、十児は森長可を力の限り睨んだ。
「また十字斬か! その技は見切ったと言っただろうが!」
森長可が豪快にモップを横薙ぎ。十児は素早く【貞宗】でモップを捌き、そのまま技へと繋げた。
「ならばとくと見よ。俺の技の冴えを!」
霊力を漲らせ、二振りの刀に力を注ぎ込む。緑に淡く輝くその刀たちを十児は――
回転を加え、宙に投げた。
「何のつもりだ?」
森長可が初めて見る明智の技に目を見開く。
十児は投げた刀を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返す。まるで大道芸人のジャグリングだ。
その刀の軌跡はまさに咲き乱れる花のよう。優しく柔らかく、そして棘のある花である。
森長可は引き込まれるようにそのジャグリングを見つめ続けていた。花に誘われる虫や鳥の気分を彼は味わったことだろう。
舞い散る桜の花びらのような軌跡が宙に描かれ続け――
刹那。森長可の制服がばっさりと切り裂かれた。
「な……?」
驚愕する森長可。無論、これは十児の芸ではなく、れっきとした攻撃だったのだ。
「〈明智流滅却術・花の
木の霊力を込めた二振りの刀をジャグリングし、相手を翻弄させながら攻撃する技だ。初見でその斬撃を見切るのは非常に困難だろう。
「これが俺の『遊び心』……ルゥナと出会ったころに編み出した、俺だけの技だ」
規則と不規則を織り交ぜた、見る者を惑わす剣術。十児の研鑽とルゥナの助言を織り交ぜて生み出した、新世代の明智流滅却術。ちなみに技名の由来は大河ドラマのタイトルである。
「ぐっ、生意気な!」
森長可が再び力強くモップを十児に叩き付けようとする。しかし、その先端が十児の脳天に直撃する前に、モップはバラバラに分解されてしまった。すでに〈花の嵐〉によって斬り刻まれていたのだ。
「秘技を受けろ!」
【近景】と【貞宗】を再び握ると、その切っ先を森長可に向ける。もちろん、これは十字斬の構えではない。森長可がそれに気付くよりも早く、十児は刺突を繰り出した。
「がはっ!」
降り止まない横殴りの雨のような連続突き。十児は歯止めを失った機械のように一心不乱に無我夢中に突き続けた。瞬く間に森長可の肩が、胸が、腰が、膝が、手が、穿たれ、闇の色のような血が噴き上がる。
「〈明智流滅却術・
怒涛の勢いで放たれた秘技。仕上げとばかりに十児は森長可の首を深く抉った。
そして刺突の雨は降り止んだ。十児の猛撃を受け、森長可は仰向けになって倒れ込んでしまったのだった。
「これで終わりだ、森長可」
「ああ、そのようだな……。ったく、粋な技を見せてくれるじゃねえか、明智十児……」
その命が消える寸前だと言うのに、森長可は口が裂けそうなほど笑っていた。この勝負を心の底から楽しんでいたようだった。
「俺の力はここまでか……若くして散った弟たちに、少しでも遊び心を覚えてほしいと……務めたつもりだったがな……」
「お前に同情はしない。魔王に仕えた己の不幸を恨め」
「そしてゆくゆくは……魔界の子らに……」
「何? それはどういう……」
虚ろな目の森長可が譫言めいたことを口走っていたが、それを追及することはできなかった。森長可の体は塵となってモーリーの風の中に溶け込んでしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます