第29話 クロスムーン

 十児とルゥナの出会い――

 それは、今から三年前に遡る……。


 東京、六本木。

 オフィスビル街がランドマークでもある繁華街。その一角にある噴水広場にて、明智十児は瞑目し佇んでいた。夏の陽射しが体を刺すが、とても涼しい表情である。

 十五歳を迎え、明智家のしきたり上では成人となった十児。【近景】と【貞宗】を継承し、腰に携えたその様はまさに剣豪のような凄みを帯びている。同年代の中学生や高校生よりも大人びた姿を目にし、近くを通りかかった女性に遊びに誘われることもあったが、「遊んでいる暇はない」と丁重にお断りした。この日、会うべき人はもう決まっているんだから。


「おっす、明智……十児だっけ?」


 馴れ馴れしいきゃぴきゃぴとした声が耳朶を打ち、十児は一瞥した。


「お前が風魔ルゥナか」


 十児の前に立っていたのは、タートルニットにミニスカートを着用したイマドキの少女だった。


「はいよ~。あたしがカリスマギャルの風魔ルゥナ! ようこそ『天地』へ! コンゴトモヨロシクッ!」


 今日は十児が「天地」の一員としての活動初日。パートナーとなる退魔師との顔合わせの日でもあったのだ。日本各地の悪霊や妖怪、魔に連なる者を背中合わせで討伐する相棒。二人一組で行動するパートナー制度は、お互いの管理と補助、責任感や使命感を意識するために「天地」で義務付けられている制度だ。

 だが――


「……ああ……」


 真夏の太陽にも負けないようなハイテンションな彼女を前にし、十児は虚を衝かれたような顔をする。ギャルが顔をほころばせ、好奇心の光を目に宿して十児の顔を覗き込む。


「どーしたの、ムッツリして。あ、そっか。女の子と遊んだこと、ないんだね。明智家はいろいろ厳しいからねー」


 ルゥナの言葉は正鵠を射ているが、喉元に矢は刺さっていない。


「いや、お前の姿に……」

「見惚れた? あはは、ウブだねー十児っちはー」

「……それを早とちりと言う。俺は、お前の姿に違和感を覚えた。親父から聞いていた風魔ルゥナとは、ずいぶんと

「ほうほう……お姉さんに詳しく聞かせてみそ?」


 十児はフンと鼻で息を抜くと腕を組み、毅然と言い聞かせた。


「確か、特攻服を着たチーマーが風魔ルゥナだったと聞いている。ヨーヨーやカミソリを武器にし、湘南で派手に暴れていたチーマー忍者だったと。髪型もパーマだったらしいな」


 そう指摘されると、ルゥナはバツが悪そうに苦笑い。それから何かを思いついたように白い歯を見せて、


「……あっそ。そっか。でも、言うじゃん。『ギャル、三日会わざれば刮目して見よ』って。ちょっとした時間があれば、人は変わるもんよ」


 人差し指をくるくる回し、ルゥナがおどける。掴みどころのない雲のような女。自由の化身。十児にとってそれがルゥナの第一印象だった。


「ちょっとした時間、か……。お前の中ではそうなんだな」

「そうそう。ギャルだから。そこんとこよろぴくね~」


 びしっと人差し指を向け、目配せするルゥナ。

 十児は腕組みを解くと、両手をぷるぷると震わせた。

 そして、この世の終わりが来たように顔を歪め、


「……ふざけるな!」


 激昂した。


「俺は――明智家は信長の脅威から人々を守るために生きている。今は一九九六年。間違いなく俺の代で魔王は蘇るはずだ。だというのに、チャラチャラしたお前がパートナーだと? お前のその振る舞いは、魔と戦った聖人を……光秀公をも侮辱している!」


 明智家の伝統、矜持、使命、宿命。それらが全て踏み躙られた気分を味わい、十児は怒髪天となったのだ。


「……つまり、あたしが不良だと? 信長をナメてると? そう言いたいんだね。十児っちは」


 ルゥナは肩をすくめ、ふうと溜め息を吐いてから、


「あたしはいつも大マジだよ。嘘だと思うんなら、その体で試してみる? 大胆なあたしの技の中、どれでも好きなのをサービスサービス! するけど!」


 挑発的な笑みを見せると、その茶髪がふわりと舞い上がる。


「……いいだろう。そのふざけた心を、俺が折ってやる!」


 左手で腰から【貞宗】だけを抜き、峰をルゥナに向ける。所詮、少女。この程度で十分だと十児は判断したのだが――


「やれやれ、ナメられてるのは、あたしも同じってことかー」


 刹那、ルゥナは猫のような身のこなしで十児の懐に飛び込み、平手を【貞宗】へと叩き込んだ。


「……つっ!」


 ルゥナの攻撃を【貞宗】で受け、十児は踏鞴を踏む。


「うんうん、あたしのビンタに耐えられるなんて、脇差とはいえさすがは明智の聖刀だね」

「普通、ビンタした方が傷付くと思うんだがな」


 ルゥナの右手は腫れた様子もなく、蝋のように綺麗な色のままだ。


「霊力のうち金の気を集めているからねー。普通の刀だったら受け止められるよ」


 霊力はこの世界――物質界が生まれた時のエネルギーの残滓。木火土金水の五つの属性を持ち、それぞれが循環、干渉しながらこの自然に宿っている。目には見えない超常の力であるから「霊」の名を持つが、力次第では目視できるほど大きな変化をもたらす。

 それを実践するかのように――


「やっぱりあたしはきんぴかの金の気が好きだね。この力を加えれば……」


 ルゥナはどこから手品のようにプリクラを取り出し、霊力を込めた。


「こうして手裏剣代わりにもなる!」


 そして投擲!

 十児は咄嗟に【貞宗】で防御するが、弾かれた【プリクラ手裏剣】が十児の肩を切り裂く。ジャケットが破け、十児は舌打ち。


「あたしは今を……この時代を精一杯生きている。この掛け替えのない瞬間瞬間を大事にするためにも、この文化を愛おしく思っている」


 ルゥナの脛に履かれたゆるゆるのルーズソックス。そこに霊力が集まり、バチバチと稲妻のような光が瞬き始めた。


「一度きりの命! 思いっきり楽しんだほうが、死に執着した悪霊にも効くって感じだから!」


 ルゥナが跳躍。そのルーズソックスを纏った右脚を竜巻のように十児の【貞宗】に向けて放つ!


「〈究極封魔ふうまキック〉!」

「ぐっ!?」


 稲妻を纏った蹴りを受け、十児の手にしていた【貞宗】が弾き飛び、からんとアスファルトの上を滑っていく。

 ルゥナは右腿を上げ、しゅううっと煙が出ているルーズソックスを見せつけた。


「このルーズソックスも、あたしオリジナルのブランド『HUMAフーマ』製……。もちろん、PUMAピューマのコピーで、風魔と封魔をかけたトリプルネーミングってやつ。けど、悪霊相手には洒落で済まされない威力を叩き込めるよ。どう、味わった感想は?」


 ルゥナが得意気に言うと、


「……ふ、ははは」


 十児も破顔。岩のような表情が、粘土のように柔らかくなっていく。


「あ、ウケた? それならまさに有卦って感じ」

「ああ、面白い女だ、風魔ルゥナ。お前は、本当にが好きなようだな」

「ルゥナでいいよ、十児っち」

「俺のことも十児でいい」


【貞宗】を回収し、鞘に収める十児。ほんの少しちらちらと目を配ってから、


「馬鹿にして悪かった、ルゥナ。お前の実力は本物だ。文化を武器にし、魔王信長からこの世界を守りたいという思い……確かにこの身で感じた」

「うし、それじゃパートナーとして認めてくれる?」

「ああ、よろしく頼む。ルゥナ」


 十児が手を差し伸ばすと、ルゥナは快く握り返す。刀を弾いていたのが嘘のようなほど、柔らかく優しい手だった。その温もりをグローブ越しに感じ、十児は頬を緩める。


「それじゃ、あたしは一応『天地』の先輩だからね。明智家じゃ教えられなかったことも、教えちゃお」

「そうだな。……俺も、霊力を応用した剣技を磨きたいと、お前の攻撃を受けて思うようになったところだ……」

「ほうほう。それじゃ、十児の趣味を教えて。それを技に活かそうかな」

「趣味と言ってもな……。時代劇や大河ドラマを鑑賞するくらいだが……」

「ふむふむ……それじゃ――」


 六本木のビルの谷間で退魔師二人が邂逅を果たした。

 未来を守るために、共に魔王に挑む宿命の二人――

 その舞台がジャスコ城であるとは露知らず、十児とルゥナは切磋琢磨し、成長を続けるのだった。

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