第28話 超ギャルはモーリーの空に舞う

「あっ……」


 蒼褪めた表情のルゥナ。夜空の月のように輝く笑顔も完全に新月と化してしまった。

 それもそのはず、森蘭丸が切り裂いたというルゥナの体の一部とは、髪の毛だったのだから。

 ぶるぶると握り拳を震わせ、ルゥナはきっと森蘭丸を睨む。その形相は夜叉のようであり、獲物に牙を剥く爬虫類のようでもあった。


「入念に手入れしたあたしの髪……安室ちゃんヘアーを台無しにしやがって……」


 大きく溜め息を吐くと、ルゥナはきっと眦を吊り上げて堂々と宣言した。


「ぶっ殺してやる!」


 迸る殺気と霊力によりルゥナの髪が逆立ち、うねうねと触手のように動き回る。それはまさに神話のメドゥーサのような面妖さ。鬼気迫る表情をしっかりと目に焼き付け、森蘭丸は満足気に微笑んだ。


「この豹変っぷり……。期待通りで面白いですね。さあ、最高の自分を見せてください!」

「あたしが最高の笑顔を見せるのはプリクラの中だけだよ!」


 ルゥナの手――指と指の間には鋭利なカードが挟まれていた。だがそれは今まで使っていた【プリクラ手裏剣】ではない。


「【ポストカード手裏剣】!」


 これもまたソニプラで購入したポストカードを利用したギャル忍術だ。ルゥナが勢いよくポストカードを投擲すると、森蘭丸の白衣がばっさりと切り裂かれた。


「ならばこちらも……ジャスコ術〈メリーゴーラウンド〉!」


 森蘭丸の傍に馬の乗り物の群れが出現。森蘭丸がその一つに乗り込むと、馬はまるで見えない羽が生えているかのように上下に動き出し、ルゥナに向かって突進を開始。メリーゴーラウンドの名を冠した通り、馬の群れは大きく回転をしながらルゥナに向かってくる。ボールプールを撒き散らしながら接近するその姿はまさに竜巻のような光景だった。

 夥しい魔力を伴ったあのメリーゴーラウンドに巻き込まれては、魂ごと肉体が粉砕されてもおかしくはないだろう。


「…………」


 その嵐を前にして、ルゥナはおもむろにPHSを取り出した。じゃらじゃらと本体を隠すかのように大量に取り付けられたストラップが特徴的なPHS。いかにもギャルの標準装備品といった、何の変哲もない代物である。


「どうしましたか? 観念して、仲間に連絡するつもりですか?」


 回転するメリーゴーラウンドの中で森蘭丸が囁くように尋ねてきた。


「いんや、ピッチでキャッチしてやるよ」


 凪のような境地で、ルゥナが答え……PHSを投擲する!


「そんなもので一体何を……」


 森蘭丸が不思議に思った次の瞬間、その若き体にPHSが絡まった。


「な!」


 森蘭丸の首筋にはPHSの本体。そこからはじゃらじゃらとストラップがまるで鎖のように繋がっており、先端をルゥナが掴んでいたのだ。


「これはまさか……鎖鎌?」

「森蘭丸、ゲットだぜー!」


 PHSの正体に気付いた瞬間、森蘭丸が宙に放り出されてしまった。まるで、釣竿で引っ張られる魚のような情けない姿である。


「無意味にストラップ付けているわけないじゃん。渋谷のギャルはこれで男を捕まえるんだかんねー!」


 と言うのはルゥナ流のジョークだが、森蘭丸が指摘した通りこれもまたルゥナの忍び道具【PHS鎖鎌】である。鎖状に繋いだストラップを伸ばし、獲物を捕らえる恐るべきPHSだ。


「さあ、あたしの本気、受けてみな!」


 ルゥナが瞳を凛と輝かせると、全身に霊力を漲らせ跳躍。ストラップに絡まり身動きができない森蘭丸に向け、肉体を躍動させた。


「虎のように雄々しく、兎のように愛らしく……ステージの主役はこのあたし!」


 乱舞である。【プリクラ手裏剣】を指に挟み、まるで虎の爪よろしく獲物を切り裂きながら、兎のような軽やかさで蹴りを繰り出す。その華やかな動きは浮世離れしており、遊郭において魅力的な肢体で艶めかしく客をもてなす花魁のようであった。


「お待たせしました凄いヤツ! スーパーギャルの力、もってけ上等! 〈虎兎舞姫・乱ことぶき・らん〉!」


 ルーズソックスによる回し蹴りが森蘭丸の首に打ち込まれ、バチンっと光輝く。その凄まじい威力は常人ならば首がぽっきり折れてもおかしくないほどだ。

 森蘭丸は流星のような勢いで地上へ落ちていく。


「がっは……」


 その体がボールプールに沈むが、すぐさまそのカラフルな川は消失。術の使い手である森蘭丸の力が弱まったという何よりの証左であった。


「よっと」


 ルゥナが軽やかに地上に降り立つ。厄介なボールプールは消え、草木が生い茂るモーリーの大地。幻想的だがどこか不気味な世界をるんるんと歩み、ルゥナは仰臥している森蘭丸に近付く。


「ふふ……まさかこの僕が……現代の女子に敗れるとは思いませんでした」


 胸を大きく上下させ、言葉を紡ぐのも苦しそうな顔で森蘭丸はその目にギャルの姿を映した。ルゥナは腰を下ろし、にんまりと笑う。


「あたしの遊び心の方が一枚上手だったって、認めてくれるわけ?」

「そうですね。現代の道具に忍びの要素を仕込む技量。そして、その力量。どれを取っても素晴らしい。敵ながら、心躍る勝負でした」

「あたしも、楽しくて楽しくてチョベリグだったよ、森蘭丸。それじゃ、子供のようにおネンネしてくれる? あたしは、十児のところに戻らなきゃ」

「ですが、遊び心無くして兄さんは斃せません。明智十児様に、それがあるとは思えませんが……」

「確かにねー。十児は宿命に呪われた堅物って感じ。だけど、傾奇者であるのも確かなんだ。だから、どーにかなるって。何より、あたしは十児の『師匠』だからね」


 けらけらと笑うルゥナ。その瞳に憂いの色は全くなくポジティブそのものである。


「……相棒への厚い信頼……それもまた、あなたの強さなんですね。風魔ルゥナさん……」

「お、あたしの名前覚えてくれたの?」

「もちろん。お客様の名前を覚えることも、おもてなしの大事な要素、サプライズですから」

「サービス業に徹しすぎって感じ。けど、残念。敵と電話番号を交換するつもりはないからね」


 ルゥナは森蘭丸の体に絡まっていたPHSを回収する。それと同時に、森蘭丸の体が輝き出し、手足がぼろぼろと塵に変化し始めた。とうとうその命にも限界が来たのだ。


「もう時間か……。兄さん、あとは……頼みましたよ……」


 瞼を閉じる森蘭丸。魔性めいた美貌も二の間を置かず崩れ去り、「モーリーアイランド」の風が塵と化した副店長を空へと流していく。


「はーしんど。これがジャスコ武将森蘭丸の力かー」


 森蘭丸の消失を確認したところで、ルゥナは大きく息を吐き出した。殴打を受けた体がずきりと痛むのを堪え、森蘭丸に切り裂かれて短くなった髪を愛おしげに摘む。


「あたしの安室ちゃんヘアー。維持できなかったかー。はいはいチョベリバチョベリバ」


 しかし、その嘆きの顔も一瞬のことだった。


「ま、いっか。すぐ生えて来るんだし」


 ぱっと髪から手を離すと、そこには戦闘前と変わらぬ長髪が出現していたのだった。


「十児、あたしは信じているからね。あんたの遊び心を……」


 森長可と戦闘中の相棒の顔を思い浮かべながら、ルゥナはモーリーの大地を疾風のように駆けていく。

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