第27話 わいわいらんど

 モーリーの森林に突如現れた猛烈なボールの激流。カラフルなボールにもみくしゃにされ、ルゥナは流され続けていた。


「こんなジャスコ術を使うなんて、マジで想定外って感じ!」


 ボールに押され流され、方向感覚が狂うこの状況。ルゥナは突破すべく思案を巡らせていた。


「どうですか? 『モーリーアイランド』内のキッズスペース、『わいわいらんど』由来のジャスコ術! 童心に帰って、そのまま圧迫されて、死んでください!」


 視界不良の世界だが声が届く。森蘭丸の声だ。

 確かにこのままではボールに体を束縛され、呼吸も困難になるだろう。


「はいそうですかって死んでたまるかっつーの。あたしの肺活量ナメんなよ!」


 柳眉を逆立てて、ルゥナは体を懸命に動かし、スクールバッグから「秘密道具」を取り出した。それに思いっ切り息を吹き込むと、ボールだらけの世界は一変する。


 ぼふんっ!


 そんな音と共にボールが弾け飛んだのだった。


「あーやだやだ。圧迫祭でトラウマになるところだったわ」


 脂汗を流しながらも、どこか余裕のある表情でルゥナがモーリーの世界に再びそのギャル姿を晒す。彼女の目の前には、ボールプールから上半身だけを見せ、驚愕している森蘭丸の姿があった。


「……何ですか、それは」


 不可解そうに眉を顰める森蘭丸。ルゥナは素っ気なく答えた。


「ん? 『これ』? 見てわかんないの? ソニプラで買ったフロートなんだけど」


 ルゥナの足下にあったのは、カエルの形をした小型のボート。ルゥナはそのフロートを足場にして、ボールプールの上に浮いていたのだ。


「名前はええと、ジライヤ? って言うと忍者っぽいかな。カワイイでしょ。この夏、プールに遊びに行く時に使おうと思っていたんだけど、まさかボールプールで使うことになるなんてねー」

「僕のボールプールから脱出できたのが、そんな玩具だと言うのですか」

「玩具だからこそ、遊んで極めればどんな暗器にも負けない武器になる。それがあたしのポリシー。あんたたち『モーリーアイランド』の遊び心と、このあたし風魔ルゥナの遊び心、どっちが上なのか、パンダのように白黒付けてやろうじゃん!」


 まるでサーファーのようにバランスを取りながら、フロートを操作するルゥナ。その仕草はまさに、ガマガエルを操る江戸時代の忍者児来也のようでもあった。


「いいでしょう。僕の『わいわいらんど』の力で、あなたを満足させてみせます」


 戦意の光を目に宿し、森蘭丸がボールプールから飛び出す。その両手には、光輝く輪のようなものが束ねられた状態で生まれていた。


「あなたを捕えます!」


 輪のようなものではなく――輪そのものだった。森蘭丸は輪をルゥナに目掛けて投擲。


「輪投げ? あたしは夏祭りの景品かっつーの!」


 自身に向けて投げられた輪に向けて、ルゥナは【プリクラ手裏剣】を投擲し迎撃。空中でいくつもの輪が、ルゥナの力の込められたプリクラによって切り裂かれボールプールに落ちていく。


「やりますね」


 ボールプールにどぼんっと体の半分を入れながら森蘭丸が驚嘆した。


「一瞬でその浮き輪を生み出した肺活量といい、プリクラを手裏剣として使う技量といい。あなたは僕も感心してしまうほどのエンターテイナーのようです」

「エンターテイナーっつーか、ギャルなんですけど?」


 むっと唇を尖らせて注釈するルゥナ。


「あの明智家の子孫のパートナーに選ばれるほどの力の持ち主。やはりあなたはただの人間ではなさそうですね」

「だから言ってるじゃん。あたしはただのギャルだっつーの。その耳、キティちゃん付きの耳掻きで掃除したろか?」

「とぼけても無駄です。僕たちモーリーには一流のおもてなしが義務付けられています。お客様が何を考えているのか、何をしてほしいのか判断し、サプライズを提供しなければなりませんから。その観察眼が告げています。あなたは、忍の力を持つギャルではなく、ギャルに扮した忍であると」


「なるへそなるへそ。確かにいい目をしているって感じ」


 ルゥナはけらけら笑う声のトーンを落とし、


「それじゃあ、あたしもマジであんたを潰さないと、失礼だよね」


 ドスの効いた声でそう告げた。

 ボールプールで溢れているが、緊張の糸は確かに張り巡らされた。


「あなたの存在は未知数! 信長様の障害となる可能性は十分! その力、僕が暴いてみせます!」


 先に仕掛けたのは森蘭丸だった。ボールプールから飛び出すと――その身がアニメの魔法少女のように変化した。愛らしいピンクのエプロンを付け、右手にはフライパンが握られたその姿は、料理人としか言いようがない。


「あなたを料理してみせましょう。ジャスコ術〈わいわいらんど〉――おままごとキッチンの型!」

「って何そのコスプレ!」

「『わいわいらんど』は子供向けに職業体験ができるコーナーがあるんですよ。それを僕が実践します!」


 森蘭丸がフライパンをルゥナ目掛けて振り下ろす!


「わっと! おままごとどころかタダゴトじゃないんですけど!」


 ルゥナがひらりと回避するが、そこを狙い森蘭丸は次の手を打つ。左手にはいつの間にか包丁が握られており、森蘭丸が刺突を繰り出した。


「うっ!」


 どすっと、包丁がルゥナの左腕に吸い込まれるかのように深々と突き刺さる。苦悶の表情を浮かべるルゥナ。森蘭丸は手応えを感じ、にやりと笑ったが――


「なんちゃって!」


 ルゥナは素早く、【プリクラ手裏剣】を投擲。森蘭丸の左頬にすっと赤い筋が生まれた。森蘭丸は離脱すると再びボールプールに飛び込み、怪訝な表情を浮かべる。


「確かに手応えはあったはず……それは一体」


 森蘭丸の目に映ったのは、包丁が刺さった。ただし、それはルゥナのものではなかった。


「ん、これ?」


 ルゥナは、森蘭丸に見せつける。


「これもソニプラでもらったマネキンの腕。つまりは、〈ギャル忍法身代わりマネキンの術〉って感じ? こんなこともあろうかと、持ってきてよかったわー。あそこの店員さんには感謝感激雨アラレちゃんだね」

 

 身代わりとなったマネキンの腕を投げ捨て、ルゥナはにっと笑った。


「ならば次です。ジャスコ術〈わいわいらんど〉――おいしゃさんごっこの型!」


 森蘭丸の姿が再び変化する。白衣を纏ったその姿は確かに医者である。


「圧迫!」


 森蘭丸の右手がルゥナの鳩尾を捉えた。余りにも速く、力強い掌底打ち。ルゥナは目を見開き、口角泡を飛ばす。それでも懸命に堪え、カエルのフロートからは転落しなかった。


「心臓マッサージに耐えるとは、肉体も素晴らしいようですね」

「……心臓マッサージっつーか、ただの暴力じゃん……。はあ、ジャスコに来てから一番効いたわこれ」

「では、オペを開始します」


 よろめくルゥナに森蘭丸が追撃。その手にはまたもや新たな武器――メスが握られており、白衣の医者は一心不乱に突きを繰り出す。


「心臓マッサージの次にやることじゃないよね、それ。っつーか、麻酔なしでメス使うとか、闇医者どころか暗黒宇宙医者じゃん。ま、ごっこ遊びする子供ならやりそうなことだけどさ」


 森蘭丸の攻撃を懸命に躱すルゥナ。その悉くを抜群の運動神経で回避させてみせた。

 しかし、この僅かな時間の中で森蘭丸はルゥナの回避の癖を読み取り――

 メスの刃を煌めかせた。


「そこです!」

「え……」


 畢竟、ばっさりと無残にもルゥナの体の一部が切り裂かれてしまったのだった。

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