第26話 モモちゃん
「森長可! 覚悟!」
【近景】と【貞宗】を十字に構え、モーリーの大地を踏み締め、飛び出す十児。
相手は森長可。偉大なる先祖明智光秀が本能寺でも戦った相手だ。
四百年もの時を超え、その舞台はジャスコ城と変化を遂げたが、明智の血族の使命は変わらない。
〈明智流滅却術・陰陽十字斬〉
一子相伝の剣技が炸裂し、モーリーの森林に十字の閃光が迸る。
だが――
「その技はもう見たことがあるんだな、これが!」
森長可は身を屈めお辞儀。すると、聖なる斬撃は森長可の体を捉えることができずにすり抜けていく。
「お客様の顔を覚え、一言をプラスするのがウチの流儀。なので言わせてもらうぜ。またご来店いただきありがとうございます、とな」
森長可は十児に光秀の顔を重ねて対応しているのだ。だが、そのポリシーは確かな実力として十児の攻撃を阻む。あらゆるパターンで斬撃を与えようとしても、それらは森長可にひらりと回避されてしまうのだ。
「……光秀公とお前との間にも、死闘があったんだな」
彼我の距離を確保し、十児が出方を伺いながら話しかける。
「当たり前だ。あの日……本能寺で俺たち兄弟は光秀と戦った」
森長可の目に懐旧の色が浮かぶ。
「俺は弥助たちと同じように、生前から信長様から寵愛を受けた。その力で本能寺に攻め込んだ光秀を迎え討とうとした。光秀は恐ろしく強かった。兄弟たちが無残にも殺される様を、俺は見るだけだったし、光秀と実際に戦い、俺は殺されたというわけだ」
「それが本能寺での戦いか」
魔城本能寺で森長可は魔力によって強化された愛槍「鬼武蔵」で光秀を迎撃しようとしたというのは明智家の記録にも載っている。
「あれから何度も明智家の子孫とは戦ったさ。どいつもこいつも十字斬を使ってくる。さすがに馬鹿の一つ覚えだ。俺はもうその剣技を見切ったんだよな、これが」
「なるほど、魔の力を以てしても、狂人とはならず。猿よりは立派な学習能力があるようだな、森長可」
「煽っているつもりだろうが、今の俺はクレーマーにも冷静に対処できるんでね。誘いには乗らないぜ」
「…………」
十児が口を真一文字に結ぶ。これもまた、信長との因縁が長くなった弊害。何度も蘇るおかげで、信長の配下もその度に成長しているのだ。
そして今回はジャスコだ。想像を絶する力をその身に宿しているのは確かである。
森長可はその片鱗を十児に見せつけようとした。
「今回の俺はジャスコ術を身に付けている。その力、味わわせてやるぜ」
いつの間にか、森長可はマイクを握っていた。そのマイクごと体を輝かせ、ジャスコ術を発動させようとする。
〝――「モーリーアイランド」に由来するジャスコ術! UFOキャッチャーやボールプールなどを使ったが、森長可の場合は何だ?〟
どんな状況も解決できるよう身構えながら十児は森長可のジャスコ術を推測する。
〝――「モーリーアイランド」と言えば、クレーンゲーム機の他にもメダルゲームなどがある。それに則った力か? しかし、あの手にしているマイクは一体……〟
目の前の「モーリーアイランド」店長に注目する十児。刹那、その予想を大きく裏切るようなジャスコ術が展開された。
「〈モモちゃんイベント〉!」
そう叫ぶと、森長可の左脇に光のシルエットが浮かび上がる。光は凝縮されると、確かな像として結ばれ、具現化された。
「〈モモちゃんイベント〉……だと?」
大きな耳にくるりとした尻尾。ピンクの毛がとてもキュートでファンシー。
驚愕する十児の前に現れたのは、三頭身の動物を模した着ぐるみだった。
「はーい、モモちゃん! お友達が遊びに来たよー」
森長可がマイクを使って愛らしい声音で呼びかけると、着ぐるみ――モモちゃんはぺこりとお辞儀をした。その動作の一つ一つが愛らしい。
「お友達だと……何のつもりだ、森長可!」
「お友達はモモちゃんイベント初参加みたいだね! それじゃあモモちゃん、自己紹介しよっか!」
森長可は人が変わったように愛嬌のある笑顔でマイクから声を出す。
「モモちゃんはこのモーリーの森林で暮らしている、五歳のお猿さんの女の子なんだよ! 明るくて、どんなことにもチャレンジする元気いっぱいのモモちゃん。せっかちで失敗することもあるけど、遊ぶことが大好きなんだ! 今日はモモちゃんと遊ぶモモちゃんイベントを実施中! お友達も、モモちゃんと仲良くしてね!」
すらすらと台本を読み上げるかのように言葉を紡ぐ森長可。十児は戦慄しながらも理解した。このモモちゃんは元々「モーリーアイランド」のマスコット。「モモちゃんイベント」も実際に「モーリーアイランド」で行われているイベントであり、森長可は司会者の真似事をしているのだと。
〝――マスコットキャラクターを使ったジャスコ術! 何をするつもりかわからんが……翻弄されるわけにはいかない!〟
十児を嘲笑うかのように、悪夢めいた現実が牙を剥く。
「それじゃ、今日はモモちゃんとボウリングをして遊びたいと思います! 題して……モモモーレツボウリング!」
森長可がそう宣言した瞬間、モモちゃんの手に鉄球が生まれた。まさに、ボウリングの玉のようなサイズ。モモちゃんはその玉を、当然のように地面に転がし始める。
戦車の主砲のような猛烈な速さだった。
「がっ!」
ボウリングの玉は十児の脛に命中。前のめりになりかけ、受け身を取って回避するものの、脛からは骨に響くような激痛が生まれた。
「モモちゃんはボウリングがとっても得意なんだ! お友達はピンの役をやってもらうからね!」
この場の司会役である森長可が嬉々として声を弾ませる。ボウリングの玉を受け、無様な姿を晒す明智の子孫を目に焼き付け、胸中では快哉を叫んでいるに違いない。
「これがお前のジャスコ術……。ファンシーなキャラクターを利用して、俺を攻撃するのか」
「攻撃じゃあないよー。モモちゃんは遊んでいるだけだから!」
子供にも親しみがあるような声音で森長可はにこやかに答えた。
「遊ぶ……か……。どこまでも馬鹿にして……」
「モーリーアイランド」はアミューズメント施設。利用者に「楽しみ」や「喜び」、「遊び」を提供する場であるのは間違いない。だがしかし、遊びを理由に生殺与奪の権を掲げられるのは十児にとっては腹立たしい問題だった。
「馬鹿になどしていないさ。遊びは心を豊かにさせるからな、これが!」
マイクを外し、森長可は素の表情を作る。
「十児と言ったか。お前は惨めだよな。生まれた時から、信長様と戦うことを宿命づけられ、ガキの頃から修練を積んできたんだろう? その心には遊ぶ余裕などなかったんだろう? だからこうして、遊んでやってるんだぜ? 俺たちがよぉ!」
「…………」
十児は唇を噛み締める。
確かに、森長可の言う通りだった。物心ついた時から刀を握らされ、信長に関する座学を叩き込まれ、霊力を身に付ける修行の日々だった。
毎日刀を一万回以上振り続けたこともあった。
山の中に置き去りにされ、一週間以上サバイバルを続けたこともあった。
島根の洞窟に放り込まれ、闇の中を彷徨ったこともあった。
むろん、肉体を鍛えるために、普通の子供が行わないような筋肉トレーニングも繰り返してきた。
父親や祖父などから明智滅却術を伝授され、扱い切れずに体調を崩す日もあった。
どれも過酷な思い出。当然ながら人並みの娯楽を嗜むことはなく、許されたのは歴史に関する漫画や小説を読むことと、時代劇や大河ドラマを見ることくらいだった。
しかし、その経験があったからこそ、十児は退魔師として成熟したのも確かだ。
「確かに俺は、普通の高校生のようにゲームセンターで遊んだり、スポーツに勤しんだりすることもなかった。明智家の宿命は、ある意味生活を制限する呪いかもしれない。だが、それでも。人々を魔の脅威から退けられるのならば、本望だ!」
【近景】と【貞宗】を構え、霊力を漲らせる十児。
人並みの生活が送れなくとも、十児は明智家の誇りを胸に生き続けてきた。打倒信長。その重圧に耐えながら、懸命に血と汗を流してきた。遊びを武器にする悪鬼などに負けてはならないのだ。
「ははっ、そうかそうか。お前は――明智家は随分と狂っているな」
「そうさせたのはお前たちだろうがッ!」
十児を嘲笑うかのように、森長可はマイクを口元に向け、
「それじゃあモモちゃんイベント、続き行くよ! 今回のイベントはジェスチャーゲーム! モモちゃんが何の動きをしているか、お友達は当ててみてね! それじゃ、モモちゃん! レッツゴー!」
その声に応じ、モモちゃんが体を動かし始めた。
だんだんだん、と。腰を屈め、開いた右手を上下に動かすモモちゃん。やがて、胸の前に両手を置くと、前方――十児に向けて手を押し出す!
「何を……!」
こめかみをぴくぴくと動かし、モモちゃんの動作に注意していた十児だったが、突如その頬に衝撃が走る。
「ぐっ……?」
何も、何も見えなかった。見えない拳に殴られたかのように、頬に激痛が生まれたのだ。
「まるで見えないボールを投げつけられたかのような……まさか」
「うーん、お友達はわからなかったのかな? 正解は『バスケットボール』でした!」
森長可とモモちゃんがぱちぱちと拍手する。
「ジェスチャーゲーム……そうか。モモちゃんのジェスチャーがそのまま不可視の攻撃になるということか!」
十児がその力を理解したところで、第二問開始。
モモちゃんは棒状の何かを両手で動かすジェスチャーを始めた。十児に着想の雷が落ちた。
〝――棒状……槍か? 見えない槍で俺を刺すつもりか? ならば!〟
接近戦は危険と判断し、十児はバックステップ。【近景】を鞘に収めると、代わりに【金橘】を取り出し、その銃口をモモちゃんと森長可に向け――撃鉄が弾丸を叩いた。
霊力を伴った滅殺の弾丸が宙を駆ける。
刀より威力は劣るが、牽制の効果はあるはず。そう確信したのだが――
【金橘】の弾はモモちゃんの体に当たる寸前で、「見えない何か」に吸い込まれて消えた。
「何?」
驚愕する十児。モモちゃんが棒状の何かを十児に向けると、その逞しい体が宙に浮き、移動を始めてしまった。
「ぐっ……? 体が……吸い込まれる?」
「正解は『掃除機』でした! 続いて第三問!」
確保していた距離がゼロになる。モモちゃんのジェスチャーによって生み出された掃除機に吸い込まれ、十児はピンクの猿の足下で倒れ込んでしまった。追い打ちをかけるように、モモちゃんは膝に手を置き、ずしんずしんと大地に力強く足を踏み出し始める。
左右交互に足を踏み下ろす動作。それは四股だった。
〝――そうか、これは相撲取りのジェスチャーか!〟
十児が理解した次の瞬間。モモちゃんの開いた手が十児の胸を圧迫した。
張り手である。
「ごふっ……!」
内臓に響き渡る衝撃。見た目によらず怪力だった。いや、これもジェスチャーで相撲取りと化しているからかもしれない。十児の体は吹き飛ばされ、モーリーの大地を転がる。
太陽も雲も、木々たちも笑っている。十児の惨めな姿を楽しんでいるかのようだった。
「さあさあ、もっと遊ぼうね! 明智十児くん!」
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