第25話 モーリーの森林

 アリスが兎を追って不思議な国へ迷い込んだのと同じように――

 森長可を追った十児たちを待っていたのは、奇妙な世界だった。


「えっと、あたしたち確かにジャスコ城の中にいたよね? けどこれ、別世界って感じ」


 ルゥナがを振り仰ぐ。そう、ここは室内ではなく、屋外であった。

 空には燦々と輝く太陽が笑っており、雲が口を開けてびゅーびゅーっと風を送っている。

 比喩表現ではない。実際に、太陽にも雲にもメルヘンチックな顔があり、生きているのだ。周囲は一面緑。大草原を囲むように、木々が生え揃った森があった。そして、太陽や雲と同じように、そこに生えた花やキノコにも陽気な顔が描かれニコニコと笑みを湛えていた。


「まるで絵本の中に閉じ込められたみたいですネ。あいや、ビックリするほどファンタジー。ワタシはたじたじですヨ」

「つまらないことを言うな、ハマ。これは恐らく敵の術中。ジャスコ術だ」


 眉間に皺を刻み、注意深く辺りを見回す十児。ジャスコ術の奇妙な力を体験するのはこれで三度目だが、異世界のような空間に招かれるのは初めてだった。


「ご名答。改めて、『モーリーアイランド』へようこそ、明智十児とその仲間たち」


 刀を構え、プリクラを取り出し、水銀の根を出現させ、三者三様のスタイルで十児たちが声の主を注視する。


「森長可!」


 目の前に現れたのは、紛れもなく森長可。「モーリーアイランド」の一時区画で十児が破った森長隆の兄であり、店長を務めるジャスコ武将だ。


「『俺たち』と言ったな。なら、他の森兄弟もここにいるというわけだな」


 十児がそう言うと、長可は愉快そうに笑いながら拍手した。


「さすがは明智家。俺たちのことは詳しいようだな。いいだろう、スタッフを紹介してやる」


 森長可がぱちんっと指を鳴らすと、森の中からさらに二人の男が現れる。いずれも森長可に似た容姿。十児が推察した通りだった。


「いらっしゃいませ。明智十児様。御存知かと思われますが、一応自己紹介しましょう。僕は森蘭丸……この『モーリーアイランド』副店長を務めるジャスコ武将です」


 長い髪を後ろで結った少年がきっちりとお辞儀。

 森蘭丸。森兄弟の中でも特に有名な織田信長の小姓だ。使者としても活躍し、織田信長を支えてきた若者。その森蘭丸が、今はジャスコの中にある室内遊園地の制服を身に纏い、十児たちの前に現れた。

 森蘭丸は唇を緩ませ、艶やかに口元に手を添え笑い始めた。


「ああ、やはり光秀様とお顔がとても似ていますね。僕もなんだかゾクゾクしてきました」


 恍惚の響きを声に乗せ、十児を見つめる森蘭丸。


「森蘭丸。お前は生前も、本能寺で魔王信長の配下として光秀公と戦ったと聞く」


【近景】と【貞宗】を構えながら十児が問いかけると、森蘭丸はにっこり微笑んだ。


「はい、そうです。最初の魔城本能寺……そこで僕は光秀公と戦ったのですが、その刀によって討たれてしまいました。だから、とても嬉しいんですよ。時間と空間を越え、リピーターとなっていただけたことに……」

「リピーターって。接客魂が沁み込んでるって感じ?」


 二人の会話を聞いてルゥナが嘆息する。やはりジャスコ武将はジャスコの力を取り込んだことで、その思想が少し歪んでいるようだ。


「そして、もう一人。お前は森長氏だな」


 十児が睨んだ先には、森蘭丸よりも若い男の姿。


「うん! ぼくは森長氏! 兄さんたちのお手伝いをしているんだ! いらっしゃいませ、明智さん! そのお仲間も! 死ぬまでいーっぱい、いーっぱい遊びましょうね!」


 無邪気を装いながらも吐き気を催すほどの邪気に満ちた顔を作る森長氏。彼もまた森長可の弟であり、魔城本能寺で光秀に討たれた小姓の一人だ。


「どこもかしこも森と森で、夢がモリモリって感じ? それじゃ、キックベースで対決すんの?」

「それはお前が見ていたテレビ番組だろう」

「ここは『モーリーアイランド』ですからネ。それに準じた力を使って来るのでしょう」


 緊張を解そうとしたのかルゥナがボケたが、十児たちからダブル突っ込みを受けてしまった。


「ここは幻想の世界〈モーリーの森林〉だ。『モーリーアイランド』の中にあるファンタジーな世界。たくさんの可愛らしいキャラクターが暮らしており、子供たちの笑顔で溢れる空間。言うまでもないことだが、俺たちを斃さねば、この森から出ることはできない」


 ぴょこぴょこと兎のように跳ねながら、森兄弟の一人が手を挙げた。


「ちょうど三人いるんだし! 一人ずつ遊ぼうよ! それじゃ、ぼくはあのお客様と遊ぼっかな!」


 森長氏の手が光り、空に円盤が現れる。三本の爪を搭載したその円盤は、森長隆も使用していたジャスコ術〈ドリームキャッスル〉に酷似していた。


「ゲットしちゃうよー!」


 森長氏が操る円盤からアームが伸び、三本の爪がハマに向かって猛進!


「ハマ! お前が狙われているぞ!」

「アッハイ。わかっていますヨ! では、朕は森長氏を討ちますネ!」


 ハマが天狗のような俊敏な身のこなしでアームを避け、さらに【水銀根】でカウンター。細く見えて強烈な一撃。アームを見事に叩き割った。


「一丁あがりですネ!」


 ハマが得意気に微笑み、森長氏に肉薄する。

 その瞬間だった。


「あいや?」


 ひょいっと、ハマの体が宙に浮く。いや、その体が三本の爪に捕まっていたのだった。


「ちょ待ってよ。ハマっちが壊したはずのアームが復活しているよ! どゆこと?」

「よく見ろ、ルゥナ。あれは別のアームだ!」


 十児が指差した先には、「もう一つ」の円盤が浮かんでおり、ハマを拘束していた。


「あはは! 引っ掛かった! 僕のジャスコ術は〈ドリームキャッスルツイン〉!

長隆兄さんが使っていたジャスコ術〈ドリームキャッスル〉の別バージョンなんだよ!」


「なんですか、ソレ!」


 じたばたと懸命にもがくハマ。だが、奮闘虚しくその体ごと円盤は移動を始めてしまう。


「それじゃ、あっちで遊ぼうね! お客様!」


 ひょいっと森長氏が円盤に飛び乗ると、そのままモーリーの空を飛行。その姿はまさに空飛ぶ円盤。一瞬のうちに十児たちから隔離されてしまった。


「ハマっちー! もう、マジでセガに怒られろよ、森兄弟!」

「……あちらはハマに任せるしかない。俺たちはこいつらの相手を……」

「いえいえ。そうはさせませんよ」


 そう口を開いたのは森蘭丸だった。


「あなたたちが優れたコンビだというのは、立ち姿を見ただけでわかります。お互いの弱点を補うかのように攻撃されると厄介なので、僕も引き離させてもらいますね」


 森蘭丸の体が輝く。もう見慣れたジャスコ術発動の合図だった。


「気を付けろ、ルゥナ!」

「あいあい。二の轍は踏まないって感じ! 何が出て来ようが、渋谷最強のギャル様が華麗に相手してやんよ!」


 強い自信を胸に、森蘭丸を警戒するルゥナ。

 そして、奇跡がモーリーの森林に訪れた。


「ジャスコ術〈ボールプール〉!」


 瞬間。森蘭丸の前から大量にボールがぽこぽこと生まれ始めた。赤、黄、白、青、緑、桃……とてもカラフルなボール。だが、その数は千も万もあるほどだった。


「って、うわ。ボールプールって、何じゃそりゃそりゃわけわからん!」


 それはまさにボールの激流だった。ルゥナはボールに足を取られ、瞬く間にボールと言う名の川に流されてしまう。あのギャルの姿はもうどこにも確認することができず、ただ虹のような色の川がそこにあるだけだった。


「さあ! 体験しましょう! 夢溢れるモーリーの世界を!」


 森蘭丸が自ら生み出したボールの激流の中に飛び込み、ルゥナを追い始めた。


「ルゥナ!」

「十児―! あたしのことはいいから、そっちは、頼んだよー。よー。よー」


 ボールの中で流されているらしいルゥナの叫び声が聞こえる。セルフエコーだったので、十児はルゥナに余裕があるのだろうと確信し、改めて残された森長可と対峙する。


「悪いな。全員分断させてもらった。だがこれも、一人一人丁寧に接客するという『モーリーアイランド』の性なんだ。許してくれるよなァ?」

「……いいだろう。そのふざけたおもてなし……俺が台無しにしてやるッ!」


 力強く【近景】と【貞宗】を握り締めると、見得を切る十児。


「我が名は明智十児。聖戦士の血の力を見せつけるため、『モーリーアイランド』の敵を討ち滅ぼすため……推して参るッ!」


「モーリーアイランド」店長森長可との死闘は、こうして火蓋が切られたのだった。

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