第18話 ジャスコペット

「フムフム、察するに君たちは異国の騎士様と、地元のヤクザくんというわけかい。これは珍しい組み合わせだ」


 ジャスコ城の通路で観察眼が煌めく。その聡明な目の持ち主の名は堀秀政。

「ジャスコペット」店長のジャスコ武将である。その傍らには、唸り声をあげる狼が牙を剥いていた。堀秀政の相棒、ではない。あくまで買い手が見つかるまでの「商品」である。


「このジャスコを魔城としてから、興味本位で乗り込んできた人間は何人もいたそうだ。だけど、その何れも私たちジャスコ武将に辿り着くことなく、始末された。だから、一応はおめでとうと言っておこう。君たちは確かに強者であると」

「褒められても全然嬉しないわドアホ」


 狼相手に木刀を振り、六道会幹部松田重左衛門が唾を吐く。その一振りで相手を昏倒させる威力のはずだが、狼には届かない。


「クソ、チョロチョロチョロチョロとすばしっこい犬っころやなぁ。はよ死ねや!」


 苛立ちが募るものの、怒りに身を任せるわけにはいかない。それではかつての自分が蘇るだけだ。暴力が全てであり、勝花に屈服したあの未熟な時の自分と。


「ははは。口だけのようだね、ヤクザくん。それじゃあ私が育てている狼を仕留めることはできないよ」

「お前の相手は僕だ、堀秀政!」


 フィールが叫ぶと【オズサーベル】から火が迸った。エーテルを込めて放たれた〈火竜の爪〉が堀秀政の体を焼き焦がす!

 こともなく――ひらりと躱されてしまった。


「面白い技を使うね。私たちの魔力に似ているが……きっと根源は同じ物なんだろう」

「エーテルは魔力ではない! お前たち悪魔を滅ぼすための力だ!」


 フィールの反論を無視して、堀秀政は講義を始める。エプロンのポケットから再びペットフードを取り出して見せた。


「では、私が魔力の使い方を教えてあげよう。ここにあるのは一握りのペットフード。しかし、私のジャスコ武将としての力が込められた特製商品だ。これを、ペットが食べると……」


 堀秀政が松田と交戦中の狼に向けてペットフードを投げる。狼は素早くそれをぱくりと咥え、豪快に噛み砕いた。すると、狼の毛が逆立ち、目がより鋭くなり、牙から涎が滴り落ち……みるみる活力が漲っているのが素人の目でもわかる。

 刹那。狼は疾風となり、松田に襲い掛かった。


「な、なんじゃァ!」


 まるで洗濯機の中に閉じ込められたかのような心地だ。黙視できないほどの速さで狼が前から後ろから、所構わずナイフのような爪で切り刻んでくるのだ。それは蹂躙だった。狼に襲われるたび、松田のスーツが裂け、傷痕が走り、血が噴き出す。


「松田!」


 暴力の旋風を目にし、フィールの瞳が曇る。


「ほうら、ご覧の通り。おっと、よくできたペットには褒めてあげることも忘れずに。よくやったよ、君は最高の商品だ!」


 出血し、足下が覚束なくなった松田の元から狼を呼び戻すと、堀秀政はその頭を優しく撫でた。凶暴さに満ち溢れていた狼も、この「ジャスコペット」店長の前では愛くるしい顔を見せている。


「『ジャスコペット』はしつけ教室も開いているからね。ペットとのコミュニケーションの取り方も、私の仕事なんだ」

「アホらしい。なァにが『ジャスコペット』や……。そんなのゴッコ遊びやないか……。ママゴトは公園でやれやドアホゥ」


 傷付いても威勢はそのままで松田が罵倒。

 堀秀政は冷たい仮面を被ったかのように神妙な顔つきを作った。


「だけどこれこそ信長様の答え。私たちが魔力を高めるための修行のようなものなんだ」

「……この店の仕事の真似事が、お前たちの力になっているだと……」


 語気強く言い、目元を険しくするフィール。


「騎士様は知らないかもしれないけど、私は信長様から誰よりも寵愛を受けていてね。それはそれは、素晴らしい施しだった。その思いを、私はペットたちにも与えてあげたい。可愛がってあげたい。この気持ちこそ私の魔力。寵愛の力で、ペットたちを強くさせているんだ」


 うっとりするような目で美青年は狼の頭を撫で続ける。その懐旧の瞳には、生前の信長からの寵愛が映っているかのようだった。


「この子たちもいずれは一騎当千の力を持つ魔狼へと進化するだろう。かつての、私のように、ね。ああ、その時が楽しみだ」

「ならばこそ、排除しなければならない!」


 その瞳に炎が立ち、フィールが聖剣を構え、狼と向き合った。


「その獰猛さ、凶暴さ、素早さ……ジェヴォーダン以上だ。絶対に外へ解き放つわけにはいかない! お前の野望は僕が止める!」

「よーしよしよし、なら、冥途の土産だ。僕の真なる力を見せてあげよう」


 堀秀政が獰猛な笑みを浮かべると、その体に淡い光が宿り出す。魔力が溢れている証だ。

 フィールと松田が警戒心を強める中、


「ジャスコ術――〈ドッグラン〉」


 その一言で世界は書き換えられた。




「な!」

「おいおい、ワシらジャスコの中におったやろがい……」


 二人とも自分の身に起きた現象に目を疑う。


 晴れ渡る青空。足下には長さの整えられた芝生。解放感に溢れる大自然の世界。

 そこは地の果てまでが緑に染まった空間だった。


「店から外に転移させられた……? いや、結界の一種なのか?」


 脂汗を掻きながらも、フィールは敵から目を離さない。


「これが私のジャスコ術、〈ドッグラン〉だ。ペットの運動不足やストレスを解放させるために、開放された場所。ここでなら、ペットもより『本気』で戦えるんだよ」


 堀秀政がそう言う通り、狼は四肢を躍動させ、より興奮した様子で遠吠えを放つ。まさに水を得た魚のよう。地の利は完全に向こうの物だ。


「ハア、今までのが本気やなかったやと?」


 松田が大きく息を吐き出し、肩をすくめる。


「絶望したかい? この力量の差に」

「いいや、オモロイと思ったんや。これでワシも後悔することなく犬ッコロボコれるわ」


 ここで膝をついては六道会の恥。何より勝花や原口に申し訳が立たなくなってしまう。

 虚勢ではなく本気で、松田はこの死を賭けた戦いに身を投じる。

 その先に絶望の二文字などありはしないのだ。


「行くで新入り。死ぬまで死ぬ気で戦えや」

「新入りではないが、その命令には従おう。動物を痛めつけるのは騎士道、いや人の道から外れているようで気が引ける。だが、相手が魔狼ならばその限りではない!」


 木刀と聖剣の切っ先が重なり、鉄琴を叩いたような音が鳴り響く。

 それが、決戦の合図だった。

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