第17話 愚問

「あ、はは。イイでショウ……」


 森の目が十児を見ていない。おそらく朦朧とした世界の中で森は最後の命の炎を燃やしているのだろう。それでも、訊かれたことには愚直にも答えようとしていた。


「ジャスコ武将……それは生前から信長様に縁のあった武将たちが、ジャスコの力を取り入れ進化した武将……」


 森が緩やかに唇を吊り上げる。仲間の情報を十児たちに売り出し始めたのだ。


「『ジャスコサイクル』店長……佐々成政……。『ジャスコペット』店長……堀秀政……。『ジャスコフィットネスクラブ』店長……弥助……。『鮮魚コーナー』責任者……細川忠興……」

「……わーお。勉強嫌いなあたしでも知っている名前が何人か出てきたって感じ」


 その綺羅星のごとき武将の名前を耳にし、ルゥナは身を震わせた。

 そして、ルゥナ以上に彼らの知識を叩き込まれてきた十児は【金橘】の銃身を森の額に突き付け叫ぶ。


「ジャスコ武将……まだいるのだろ? 『あいつら』が信長の下にいないわけがないッ!」


 胸がざわめき、それは激情となって十児の体を衝き動かしていく。

「あいつら」――信長を語る上で欠かせない武将が、大名が、残っているはずなのだ。


「がっ……ハハ……もちろん……。ここより上の階には……さらにジャスコ武将が控えていますよ……。その名も……」


 森が残りのジャスコ武将の名を告げようとしたとき、その首ががくんっと折れた。まるで夏の終わりの向日葵のように生気を感じなくなったジャスコ武将。十児はその顎に手をかけ、ぐいっと持ち上げる。


「おいッ、残りのジャスコ武将は……」

「あー、チョベリバ。もう、死んでいるよ。結局裏技教えてくれなかったなぁ」


 ハマの水銀に体を冒され、ジャスコ武将森は息絶えた。十児は怪訝な表情でハマを見つめる。


「ハマ、毒が効きすぎていたんじゃないか?」


 対するハマも不可解そうに首を傾げる。


「イエ、これでも加減したんですヨ。なのに死んでしまったのは朕も不思議で不本意。ですが……考えられるとしたら……」


 一瞬の出来事だった。

 ハマが【水銀根】を横に一閃。森の首を処刑人のように鮮やかに弾き飛ばし、介錯を果たす。そして、瘴気を生み出しながら体が消失し始める森の有様を見つつ、まるで物足りないように溜め息を吐いた。


「この森はジャスコ武将にしては弱すぎる……というコトですネ!」

「えっ、それマジ? ジャスコ術っての使っていたし、ジャスコ武将なのは間違いないんじゃないの?」

「……なるほどな、俺も違和感があった」


 ルゥナから【近景】と【貞宗】を受け取り、【金橘】もジャケットの内側に収め、腕組みをした十児。


「ジャスコ城においてその魔力は高められているはずだというのに、森には全く歯応えがなかった」


 辺りに目を巡らせ、核心的な言葉を放つ。


「そもそもここは『モーリーアイランド』なのか?」


 改めてルゥナもハマも、このクレーンゲームで埋め尽くされた部屋を見つめる。得心したように息を吐くと、片足を立ててぐりぐりと床の上で回し始める。


「あーなるほどねー。ここ、クレーンゲームしかないしー」

「すみません。朕はジャスコに詳しくないので、情報お願いしますヨ」

「『モーリーアイランド』は室内遊園地だからね。メリーゴーラウンドとか、メダルゲームとか、ボールプールとか、あともちろんプリクラもある……はずなんだけどー、ここにはない。なんつーか、寂しすぎって感じ。プリクラがないゲーセンとか生きる価値ないっしょ」

「ずいぶんと辛辣ですが、わかったような気がしますヨ」


 ハマが結論を言おうとしたときだった。



「あーあ、あっさり殺されちまって、可哀そうなだ」



「モーリーアイランド」にその声が響いた。

 十児が二刀を構え、ルゥナがプリクラを取り出し、ハマが棍棒を向ける。

 そこには、血気盛んそうな男が立っていた。まるで、鬼のような形相をした男。その激情を孕んだ瞳に、十児の驚愕する顔が映り込む。


「お前は……」


 十児は唖然とした。その男の顔には、今まで対峙していた森の面影があったからだ。身に纏っているのも、森と同じ制服。彼の関係者なのは一目瞭然だ。


「あーわかるよ。何が言いたいのか。お客様の顔を観察して、それより先に物事を成すのも、俺たち『モーリーアイランド』の仕事だからな。だから、答えてやろう」


 男は頬を緩ませると、轟然と名乗り始める。


「俺は『モーリーアイランド』店長……森長可! 弟の長隆と遊んでくれてありがとな」


「森長可だと……!」


 織田信長に仕えた槍の名手。「鬼武蔵」の異名を持ち、戦場で奮闘した逸話を多く持つ武将。その森長可が今、ジャスコ武将として蘇り、十児の目の前に立っていたのだ。


「違和感の正体がわかったか? 長隆は店員の一人に過ぎないんだよ。そしてここは『一時区画』! 真のモーリーアイランドじゃあねえんだな、これがッ!」


 一時区画。それは本来の店の中に置けない機械などを、別のテナントの空き地に移動させて営業させること。いわゆる飛び地のことである。


「俺たちが今まで戦っていたここは一時区画……」

「だからプリクラ置いてなかったの?」

「さあ、来いよ『モーリーアイランド』に。『俺たち』が全力でおもてなしして、長隆への礼をしてやるからな」


 くいくいっと手招きをすると、森長可は一瞬にして十児たちの前から姿を消失。

一時区画の奥の通路からは陽気な笑い声が響くだけである。


「誘われちゃったよ、十児」

「きっとあの先に、『モーリーアイランド』があるんでしょうネ。どうします、十児サン?」

「それを愚問と言うんだ、ハマ。奴を斃さねば先への道も見つからんのだろう。引き返すことはできない。そして俺は、信長に連なる者も全て討ち滅ぼさなければ気が済まない!」


【近景】と【貞宗】を構え、十児は駆け出す。


「敵は『モーリーアイランド』にあり! 行くぞ!」


 その先に待ち構えているのが罠だとしても、罠ごと潰す。そんな豪胆さを胸に、十児は敵地へと乗り込むのだった。

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