第16話 尋問

 銃口を向けられ、森は泡を食うような顔を作った。その隙に、ルゥナが散らばっていた【近景】と【貞宗】を回収する。


「あたしも名演技だったっしょ。刀を奪われ焦るギャル! こりゃアカデミー賞助演女優賞ものって感じ!」


 もちろん、ルゥナも十児が拳銃を扱うことを熟知していた。その上で、あのように焦りを込めたポーズを見せていたのだ。その結果、森は慢心し――油断したのである。


「ルゥナ、お前の腕なら【プリクラ手裏剣】でも仕留められたはず。他にも隠してある手があったはずだ」


 十児が嘆息しながらそう言うと、ルゥナは両手を背中に隠し、


「んーなんのことかなー」


 と口笛を吹いてとぼけ始めた。十児はもう一度盛大に息を吐き、呼吸を整えてから目の前のジャスコ武将に意識を集中する。


「年貢の納め時だな、森。【近景】と【貞宗】に触れた罪は重いぞ」

「くっ……」


 十児が【金橘】の銃口を森の額に突き付ける。引き金を引けば、一瞬にしてその頭は砕け散り、このモーリーアイランドの支配者は息絶えることだろう。

 だが、すぐに森を地獄へ送るような真似をこの時ばかりは慎む。


「ハイハイ。そこまでですネー!」


 十児たちの協力者がふわりとその場に姿を現した。


「っ、誰だ? 他にも仲間がいたのか?」


 どうやらハマの気配は森には全く気付かれなかったようだ。驚愕する森を尻目に、ルゥナはにやけ顔。


「ハマっち。あたしらの活躍、ちゃんと見てた?」

「ええ、バッチリとこの愛嬌ある瞳で記録しましたヨ。ルゥナさんは特に何もしていませんでしたが」

「いや、だから演技したって言ったじゃんこのやろー」


 猫のようにぐぬーと声を出し、ハマを睨むルゥナ。絡んでくるギャルを無視し、仙術使いは降伏している森に向けて歩を進めた。


「さあて、ジャスコ武将の森サン。朕の『尋問』に付き合ってもらいましょうカ」


 ハマがそう言うと、ぶかぶかの袖の下から何かを取り出す。

 それは長さが一メートル程度ある棍棒。ただし、銀色に鈍く輝くその様はただの棍棒ではないことを物語っている。


「……いやいや、どうやって袖に入れてたのそれ。ワンドラの四次元袖?」

「企業秘密ですヨ」


 ルゥナの疑問を一刀両断するハマ。そして、秘境の泉のような笑みを湛えていたその顔が、一瞬にして嵐のような気迫で満ちる。悪霊退治が日課の十児やルゥナですら怖気を覚えるほどの変化だった。


「あいよ」


 ハマが声をかけると、その棍棒の姿が変化。先が注射針のように鋭くなり――森の肩に突き刺さった。


「あぐっ!」


 森が目をゴマのように小さくして悶絶。

 ルゥナが長い睫を瞬かせ尋ねる。無邪気さに欠けた、普段よりも真剣な声のトーンで、


「ハマっち。何をしたの?」

「朕の『タオ』を込めて、変形させました。この道具の名は【水銀棍】……その名の通り、水銀で作られた棍棒ですヨ」


 口角を吊り上げ、壺の中で煮え滾る薬を作る魔女のように嗜虐的に笑い出すハマ。その慣れた所作から、この「尋問」は今まで幾度も行ってきたのだろう。


「『氣』……それがハマの力の源か」


 中国思想や道教で使われている概念。万象の変化流動の原理を持つ生体エネルギー。霊的な生命力を扱う点では、霊力やエーテルと共通点もある。つまりは、氣の力で魔を屠ることも可能なのだ。ハマが気配を消せるのも氣の応用。存在感を薄めて認識できないようにしたのだろう。


「……針のように変化させたが……何かを射ち込んだのか?」

「御明察。朕の氣入りの水銀を、この者の体に射ち込みました。アルコールを注射する自白剤がありますよネ。ま、そんな感じです。とても気分が良くなって、なんでも話してくれますヨ!」


 かかかっと歯を鳴らして笑うハマ。


〝――簡単に言ってくれる……〟


 十児は内心ハマに恐れを抱く。水銀は不老不死を求めた始皇帝を死に追いやったほどの強烈な猛毒だ。おそらく想像を絶する痛みを味わい、その末に絶命することだろう。


「がっ……ぐっ……」


 氣入りの水銀に体を蝕まれ、森の体中の血管が浮かび上がる。


「では、話してもらいますヨ。森サン。まずはそうですネ。なぜ、魔王信長はよりによってこのジャスコの力を取り入れたのでしょうカ?」

「が……く……」


 苦痛で顔を歪め、涙を浮かべつつ、森は声を絞り出そうとする。


「……信長様と……ジャスコの意思が一致したから……ですよ……」

「どゆこと?」


 こめかみに指を突き立て、あざとく首を傾げるルゥナ。


「知っているはずですよ……信長様は商業重視者だったと……」

「……なるほどな」


 腕を組んで十児は頷いた。


「信長は生前、楽市楽座のような商業政策を行っていた。特権的な座や独占的な販売を取り締まり、課税免除を促していたんだ。それにより城下町には自由な商業が営まれるようになった、と」


 信長のことについては誰よりも詳しい十児が語るが、ギャルの頭は理解が追い付かない。

 細い眉を蛇のようにぴくぴくとくねらせ、


「えーっと、つまり?」

「ジャスコは多くのテナントが同居している。これこそ、信長の目指した市場の理想的な姿なんだろう。加えて、ジャスコは外国人に対して免税も取り扱っている。その有り方に信長が惹き付けられたに違いない」

「それマジ?」


 十児の意見を受け、ルゥナが森を睨む。


「ふふ……ご名答……。そう、ジャスコこそが信長様の理想とされた商業施設! ここには自由が溢れていたのですよ」

「アホらし」


 ルゥナが大きく溜め息を吐いた。


「……他にも、信長様とジャスコの意思が一致したことがありますよ……。ジャスコは、日本中に店舗を拡大している……。これぞまさに、信長様の目指している『天下布武』!」

「ただの全国展開じゃん!」

「そして、その勢いは海外……特に大陸アジアへも向けられています……。そう、信長様も生前は、大陸へと侵攻を始める予定だったのは……あなたたちもご存じのはず……」

「信長のみん侵攻説か」


 十児は森の言葉をしっかりと吟味し、目を見開いた。

 明侵攻説。それは信長が天下統一を果たした後に、当時の中国――明を攻める予定だったという説である。最も、本能寺で光秀が信長を討伐したため、それは歴史学者の空論となっていたはずだったのだが。


「ジャスコの大陸に進出したいという意思と、信長様の意思が合致し、このジャスコは魔城となった……。信長様がその魔力を高めれば、この日本各地のジャスコは全て魔城と化すのです……」

「そんな馬鹿げた話があってたまるか。その進出計画は俺が水泡に帰してやる」


 ぎりぎりと歯を噛み締め、今にも死を招く弾丸を放ちそうになる十児。その逞しい腕に、ハマが掌を乗せる。


「どうどう、落ち着いて、十児サン。まだまだ聞き出すべき情報がありますからネ」


 天女のように微笑んでから、般若のように睨んでハマは問いを重ねる。


「サテ、残りのジャスコ武将の情報を教えて貰えませんカ?」

「そうそう。名前はもちろん、弱点も通用する裏技も全部攻略本みたいに教えてよねー。あ、ウソテクは勘弁って感じだけどさ」


 森の顔の血管がより深くなり、唇も腐食したかのように紫色へと変化していく。ハマの毒は相当回っているようだ。

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