第15話 笑顔があふれるモーリーアイランド

 この部屋の名が「モーリーアイランド」と判明し、十児はぎりりと歯を噛み締める。

「モーリーアイランド」――それはジャスコの中にある室内遊園地の名だった。低年齢層の子供向けの遊び場であり、メリーゴーラウンドといった豊富な種類の遊具やメダルゲームを各種取り揃えたアミューズメント施設。子供の好奇心や期待を感動に高め、笑顔を生み出す夢の空間なのだ。ゲーム機の中にはもちろん、プライズ品が入手できるクレーンゲーム機も存在する。

 その夢の舞台に、十児たちは足を踏み入れたのだ。


「森だからモーリー担当なの?」

「そんなことを言っている場合か。来るぞ!」


 十児は身を屈め、森の出方を伺った。

 森が両手を小刻みに動かす。まるで「何か」を操っているかのような仕草だ。


「ああ! 『あの時』光秀公に斬られた傷が疼き出す……。これは、丁重におもてなししなければならないっ! 先ほど、あなたは僕の首を獲ると言いましたね。ならば僕は、あなた自身を獲ってみせましょうっ!」


 十児と出会えた歓喜に身が焦がされたかのように震える森。その身が妖しく輝き出し、異端な奇跡を現出させる。


「うおっ、何の光!?」


 眩い光にルゥナが目を細める。対して十児はしっかりとその現象を見つめ続けていた。

 光が収まり、モーリーアイランド内に「それ」が現れた。

 光沢が眩しい白いボディ。レモンを横にしたような円盤状の「それ」はいわゆる未確認飛行物体――UFOであった。UFOの底面には三本の爪が生え揃っており、がちがちと動き続けていた。そして、UFO自体はちゃぶ台サイズ。そう、人が乗れる大きさだった。


「これぞ我がジャスコ術――〈ドリームキャッスル〉!」


 森が跳躍し、UFOに乗り込む。UFOは森を乗せたまま、縦に横に機敏に動き、十児たちを翻弄し始めた。

 まるで、クレーンゲームの代表格――UFOキャッチャーのような動きだ。


「ってか、UFOキャッチャーまんまじゃん! セガに訴えるよ!」

「……それがお前のジャスコ術か!」


 天井を見上げながら十児は叫んだ。UFOに乗り込んだ森が愉悦に顔を歪ませる。


「さあさあ、獲ってやりますよ、その珍しい景品をね!」


 刹那。森のUFOの底面がぱかりと外れ、三本の爪が十児目掛けて迫り来る。それはまさにUFOキャッチャーのアームであった。


「俺を人形扱いするか、森!」


【近景】と【貞宗】を構え、アームを斬り裂こうと十児が十字の軌跡を宙に生み出す。

〈明智流滅却術・陰陽十字斬〉

 あらゆる魔を屠る必殺の剣技が森の「ジャスコ術」を打ち破ろうとする。

が――


「はい、ゲット」


 一瞬の出来事だった。アームは斬撃をがきんっと弾くと、そのまま【近景】と【貞宗】両方を力強く掴み、十児の手から奪い取ったのだ。アームがUFOの元に戻ると、森は軽やかな手つきでその両刀を回収する。


「あはは! 伝説の名刀を二振りとも同時ゲット。うんうん、僕のテクは絶好調!」


 自分の顔が映った【近景】の刀身を見つめ、うっとりするような顔を森は作った。


「げ。ちょっと十児! 明智家に先祖代々伝わるありがた~い聖刀があっさりゲットされちゃってるんですけど! 十児の力なら抵抗できたっしょ!」


 ルゥナが顔を青くして相棒を責める。

 十児は空になった両手を開きながら悶えるように言った。


「わからん……。あのアームに【近景】と【貞宗】が掴まった時……俺の膂力をも上回る力が発生していた。そして、この様だ。光秀公がここにいたら、俺はありとあらゆる罵詈雑言を受けていたに違いないな」

「それマジで言ってる? 十児より強い力って、まさかそれがジャスコ術の効果?」

「その通り」


【近景】と【貞宗】を手にした森が答えた。


「僕の〈ドリームキャッスル〉のアームはあらゆる景品をゲットできるよう、パワーが最大の『確定ゲットモード』に設定されているんですよ。そう、実際のUFOキャッチャーのように……」

「マジかよ。あたしがいつも遊んでるゲーセンだと、アームが鰯みたいにクソ雑魚だっつーのに、セコすぎる」


 地団太を踏むルゥナ。森の嘲笑がその屈辱と言う名の傷に塩を塗る。


「これもまたジャスコ武将である僕の特権ですよ。ははは。剣士のくせに大事な刀を二本とも奪われた気分はどうです? 明智十児さん?」

「…………」


 命以上に大事な武器を奪われ、十児は声を失う。おまけに、森は天井近くを浮遊しており、とてもじゃないが奪い返せる距離にはない。ルゥナも迂闊に手数を失いたくないのか、【プリクラ手裏剣】を手に持ったままだ。


「万事休す、という顔ですね。あはは。僕たちジャスコ武将を侮ったからですよ。ああ、【近景】……久しぶりですね。今でも、光秀公に斬られたあの瞬間が、瞼の裏に焼き付いて離れませんよ……」


 森が【近景】の刀身と柄を握り締め、怨嗟の声と共に力を加え始める。聖刀はいともたやすく弓のようにしなり始め、今にもぽっきりと折れそうな状態となってしまっていた。


「ちょ、マジでやめろって! それ壊したら損害賠償が国家予算レベルだよ! だからやめて!」


 ルゥナが力強く叫ぶが、森は聞く耳持たず。


「あの本能寺での屈辱! 僕は! 絶対に! 忘れない!」


 目を尖らせ、森が【近景】を二つに分とうとするその瞬間だった。

 緊迫の糸が張り巡らされた「モーリーアイランド」……。

 そこに、一発の銃砲が鳴り響いた。


「え……?」


 目を見開いた森の体に衝撃が迸り、その身がUFOから投げ出される。どすんっと大きな音を立てて床に落とされた森。その反動で【近景】と【貞宗】が床を滑り始めた。


「あ……ぐ……? なんだ、この焼けるような痛み! 僕は、撃たれたのか?」

動揺する森の肩には服を破るほどの銃創が刻まれ、血が溢れ出していた。


「『剣士のくせに』……だと?」


 狼狽する森に向けてじっとりと十児が歩み寄る。


「いつから俺を剣士だと思い込んでいた?」


 その手には、拳銃が握り締められていた。豪壮精緻な金の装丁が施された、見るからに特注品のリボルバー拳銃だ。その金の銃身に、憔悴する森の顔が浮かび上がる。


「け、拳銃……」

「確かに【近景】と【貞宗】は大事な刀だ。だが、だからこそ、失ったときの対策も叩き込まれている」


 その拳銃の名は【金橘きんきつ】と言った。明智家が開発した、この世に一つしかない拳銃だ。

 通常の弾に十児の霊力を上乗せさせることで、いかなる魔も穿つ霊弾となる武器である。


「光秀公は銃の名手とも言われている。そのため、明智家には銃の作法も伝わっていたんだ。覚えておくことだな、森」

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