第14話 夢と冒険のファンタジー
「……この一階だけで最低でも三人もいるのか」
闘志を込め、奥歯を力強く噛み締める十児。
「一人は、『ジャスコサイクル』のジャスコ武将……。エントランスから右に入ったところにあるエリアにいましたネ。何やら自転車をメンテ中でした」
「佐々成政だな。俺たちがもう倒した」
十児がそう答えると、ハマは目を丸くして調子よく手を叩く。
「それは快哉善哉。やりますネ、十児サン。それで、もう一人はこの食品エリアの隣……鮮魚エリアにいたジャスコ武将ですヨ」
「鮮魚って、魚売っているとこ?」
ルゥナが片目を細め、怪訝な声色を出すと、ハマはにやりと笑って答えた。
「ハイ。包丁を持った、恐ろしい殺気の持ち主で……詳しいことはわかりませんでしたヨ。そして、どこかへふらふらっと移動してしまいましたネ」
「……得物が包丁ということはわかった。用心しよう。それで、最後の一人は?」
眉根を引き締め、十児は問いを重ねる。
「ハイ! この食品エリアの向こうに待ち構えている、ゲームコーナー。そこに、一人のジャスコ武将がいるのを発見したのですヨ。そこが、朕の行動範囲の限界。どう出方を伺おうか観察していたのですガ……」
「ですが?」
ハマは頬を赤くして、照れ笑いを浮かべる。
「小腹が空きまして、この食品エリアに戻り、食料を拝借しようとしたのですヨ。そしたらなんとビックリ仰天。髑髏と鬼が湧いて出てきて、朕を追いかけ始めたのです。きっと、朕が食料を盗んだと思ったのでしょう。あいや、実際盗もうとしたんですけどネ」
「それでさっきの顛末というわけか」
綺麗な歯並びを見せつけるかのように、ハマは口角を吊り上げた。
「ここで会ったのも何かの縁。そのゲームコーナーのジャスコ武将を倒し、拷問……、イエ、尋問してこのジャスコ城の情報をもっと聞き出したいのですヨ。敵の情報や、なぜ信長がこのジャスコを魔城に選んだのか。朕は気になって気になって仕方ありませんからネ。十児サンたち、協力してくれませんカ?」
少し不穏な響きが含まれているような気もしたが、
「いいだろう。どの道、信長の力を受けた者は全て討ち滅ぼすつもりだ」
十児は即答した。
「謝謝! では、朕たちは同志ですネ! 今後ともヨロシクです!」
ハマが両手で十児の右手を掴み、ぶんぶんと大きく揺さぶって友好の証とする。
ジャスコ城内で初めて遭遇した他の退魔師だったが、徐蛮とは違い敵意はないようだった。十児は少し頬を引き攣らせながらも、ハマと行動を共にする道を選んだのだ。
「ハマっち面白そうだから、あたしもダチになれて嬉しいって感じ。目が合ったら退魔師バトル! な女じゃなくてマジ助かったわー」
ルゥナがハマににじり寄り、その肩をポンと叩いた。
すると――
ハマの朗らかな顔が一瞬にして神妙になる。
「ハテ、朕はいつ自分が女だと言いましたカ?」
中性的な顔立ち。男なのか女なのか、出会ってすぐには判断できないようなハマをルゥナはたやすく女だと見抜いたのだ。ギャルはけらけらと笑いながら答える。
「トボけちゃって。女ってのは、秘密が多い生き物だもんねー」
つんつんと道着越しにハマの胸を突っつくルゥナだ。
「なるほどなるほど。では、ルゥナサンも秘密があるというコトですネ。それは興味深い。では、仲良くしましょうネー」
愛らしい瞳を輝かせるルゥナとハマ。微笑み合いながらも、心中では何か探り合いを始めているようだ。十児は小さく嘆息した。
賑やかになったが、このジャスコ城に渦巻く気配は依然として殺伐としている。
この空気を少しでも変えるべく、十児はハマが見たというジャスコ武将が待ち構えている「ゲームコーナー」を目指すのだった。
食品エリアの迷路を抜け、一行は通路を進む。ときどきすれ違い様にショッピングカートを押す髑髏やカートラックを引く鬼が現れるが、それらは全て十児が斬り伏せていた。
探索自体は順調だった。ルゥナが談笑を始めるくらいには。
「ゲームコーナーって、どんなとこなんだろうねー。やっぱアーケードの筐体なんかがぎっしり詰まっているって感じかな? プリクラもあるんだろうねー。だとしたらマジ楽しみ。あたし、ゲームは得意だからさー」
ルゥナが左手でレバーを動かし、右手でボタンを叩く素振りを見せる。
「あ、ハマっちはカプコン派? SNK派?」
「秘密ですヨー」
抑揚のない声でハマが答える。ゲームには興味がないのだろう。
「あっそう。ちなみにあたしはKONAMI派だからヨロシク! ポップンとかダンレボあるかなー」
「……格ゲーを嗜んでいるようなジェスチャーはなんだったんだ」
十児が肩をすくめる。敵地の真っただ中においても緊張感のないルゥナだった。
しかしそんなピクニックのような気分も幕引き。三人の足がピタリと止まり、その表情が一瞬にして引き締まる。
「ああ、到着しましたヨ。ここが朕が見たゲームコーナー……」
通路の奥には開けた空間があった。それはまさに日本の城にありそうな部屋――座敷のようでもあった。
だが、そこにあるのは畳や屛風、箪笥といった瀟洒な物ではなく――
きらきらと装飾のライトがやけに眩しく光るゲーム機――クレーンゲーム機であった。
機械の中にぬいぐるみなどのプライズ品が入れられ、興味を誘うように軽快なBGMが流れている。
「マジでゲームコーナーじゃん。キティちゃんとかピカチュウの人形があるよ」
クレーンゲームのガラスに向かって指を差し、「うほうー」と息を吐くギャルだ。
『今日はラッキーデー!』
クレーンゲームの一台から機械音声が流れ、コインを入れるように誘い始めた。
十児の目が剣のように研ぎ澄まされる。
「……不可解だ。信長はいったい何を考えてこんなものを……」
「あたしもオフならクレーンゲームで遊びたいけどねー。ちょっと空気が悪いって感じ」
「だが、油断はできない。佐々成政のようなジャスコ武将がいると言うのなら……」
鞘から【近景】と【貞宗】を引き抜き、十児は闘志を燃やす。
「っつーかクレーンゲームだけ? ここはプリクラないの? なんかショボいね」
どこからか手品のように【プリクラ手裏剣】を取り出し、ルゥナはあざとく笑う。
この空気に惑わされないように、戦闘態勢に移行する「天地」のエージェント。
そして、もう一人の退魔師ハマは――
「……では、お二人サン。朕は応援していますので……頑張ってくださいネ!」
そう言うと十児とルゥナの背中をどんっと強く押し、通路からゲームコーナーに入店させたのだった。
「ちょ、ハマっちも戦えっつーの!」
「朕は情報収集が主な役目。ここから観察させてもらいますから……」
そう言うハマの体が霞のように朧げになっていく。そこに「いる」のがわかるはずなのに、存在感が極めて薄くなったのだ。これが、彼女の仙術なのだろう。
「食えない退魔師だ……。まあいい。時は今……ジャスコ武将は討ち滅ぼす」
ハマへの恨み節を飲み込み、十児は豪胆に声を吐き出す。
「ジャスコ武将! ここにいるのはわかっている。俺は明智光秀公直系の子孫……明智十児だ。その首、俺に獲らせろっ!」
正々堂々と名乗りをあげ、十児は挑発した。
電子音や爽快な緑の丘を連想させるような曲が流れる中、
「いらっしゃいませ」
そんなアルトな声が返ってきた。恐ろしく丁寧な返事だったので、十児は虚を衝かれてしまう。
クレーンゲーム機の間からぬすっと現れたのは、緑色を基調とした制服に身を包んだ小柄な男だった。
まだあどけなさの残る人懐っこい顔。その耳にはイヤホン、胸元にはマイクが付けられていた。インカムセットなのだろう。佐々成政のような豪快な姿のようなジャスコ武将を想像していたので、拍子抜けもいいところだ。
〝――誰だ?〟
十児は困惑した。信長の配下の者なら、幾人かは名前を諳んじることができる。
だが、目の前の男の正体が見当もつかない。この「少年」はとても武将には見えないのだ。
「本日は当店にご来店いただきまして、誠にありがとうございます」
台本が用意されているかのようにすらすらと言葉を走らせ、礼儀正しく男が頭を下げた。
「僕はずっと待っていました。こうして、明智家の者と再び出会えることを……」
感極まったように声を奮わせる男。この態度から察するに、やはり信長の関係者。さらに言えば光秀と因縁の相手であることに間違いはない。
「ジャスコ武将って言うからどんなゴリラが来るかと思ったら、ちんちくりんじゃん。えと、誰さん? あたしはルゥナだけど」
「まあ、僕は他のジャスコ武将ほど目立った逸話はありませんでしたからね。ですが、この名をあなた方は御存知なはず」
男はそう言うと無邪気な顔で、
「森」
とだけ口に出した。
「森! まさか、信長の小姓だった、森か!」
「ってことは、蘭丸とか?」
十児とルゥナが驚愕し、ゲームコーナーの空気が一変する。
男――森はぱちぱちと拍手をして声を大きくした。
「そう! ここは僕の店――『モーリーアイランド』! 夢と冒険のファンタジーな世界へお連れするために! 心を込めておもてなします!」
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