第13話 混み合う縁

『ただ今、食品レジが大変混み合っています。従業員の方は、至急レジ応援をお願いします。繰り返します……』


 ジャスコ城のスピーカーからそんな音声が響き、ルゥナはぎょっと目を見開いた。


「って、何今の放送? 食品レジってことは、この近くだよねー、十児」

「……間違いないな」


 十児とルゥナが周囲に目を巡らす。辺りにあるのは、壁。正確には、酒瓶や食料品、調味料、お菓子などがぎっしり詰められた棚である。

 二人は魔王信長が待ち構えていると思われる天主を目指して散策していたのだが、進むとこのエリア――食品売り場に辿り着いてしまったのだ。食品売り場は文字通り迷路。商品の棚がずらりと壁となっており、十児たちの方向感覚を狂わせている。

 二人が顔を見合わせていると、地鳴りが響いた。

 何事かと思えば、髑髏や鬼たちが大挙して押し寄せて来ているのである。


「レジ応援って、増援の隠語って感じ?」


 ムンクの「叫び」のように頬に手をあてげっそりするルゥナ。十児はすかさず【近景】と【貞宗】を抜き、迎撃態勢に移る。


「この狭い通路にあれだけの数……厄介だな。ん?」


 その凛々しい眉がぴくりと動いた。敵の群れの先頭を走っていたのは、肌がペールオレンジの色をした生気に満ちた人間だったのだ。


「あいやー。そこのお兄サンたち、朕を助けてくださいヨ!」


 ルゥナより少し背が高い、しかしあどけない顔をした人物が懸命に腕と脚を上下させ、必死の形相で助けを求めている。


「ジャスコ城で第一一般人発見! って空気じゃないね」


 そもそも一般人がこのジャスコ城で生きていけるはずがない。おそらくは、徐蛮が言っていたように信長目当てに潜り込んだ退魔師の誰かなのだろう。


「……仕方がない、一気に蹴散らす!」


 二振りの刀に霊力を注ぎ込み、十児は床を蹴る。そのまま助けを求めていた退魔師の横を通り過ぎると、暴風のような剣圧で一閃、二閃、三閃。髑髏の体は音を立ててバラバラになり、鬼の角は折れ、皮が斬り裂かれていく。

 レジ応援という名目で現れたジャスコ城の増援は、十児の手によって一瞬で片付けられたのだった。

 汗一つ搔いていない余裕の顔で十児は【近景】と【貞宗】を腰の鞘に戻す。そして、その目線が肩を大きく上下させて息を整えている退魔師へと注がれた。


「謝謝! 助かったですヨ~。まさかあんなに大量の髑髏と鬼が来るなんて、朕も想定外! そしてアナタはナイスガイ!」


 十児はまじまじと退魔師を見つめる。その特徴的な姿は誰が見てもこの者が普通の人間ではないと悟ることができるだろう。カンフーの修行でもしているのかと連想してしまう紺色の道着に身を包み、頭には古代中国の貴族が被っていそうな角付き帽子。その帽子から長い髪を結んだ辮髪が龍の体のようにうねり、肩から胸へと垂れ下げられていた。


「こんなことを聞くのも野暮だが、一応俺たちの義務だ」


 逞しい腕を組んで、十児は尋ねた。


「君は何者だ」

「ま、どう考えてもあたしらの同業者って感じだけどね」


 おでこに皺を刻んでいるルゥナに見つめられ、退魔師はけろりとした表情で答えた。


「アハハ。せっかく助けてもらったんです。答えないとバチが当たりますネ!」


 退魔師は両手を合わせて丁寧にお辞儀。そして、ソプラノな声を響かせ名乗った。


「朕の名前はハマ! 国籍不明、神出鬼没の仙術使い……とでも、名乗っておきますヨ」

「中国人か」

「あいや! なぜバレたのです? 朕の言葉のどこに落ち度が?」


 ぱくぱくと魚のように口を開け、ハマは脂汗を流して動揺した。


「いや、どー見ても中国人ですって言っているような格好と口調じゃん。それで誤魔化せると思ってんのなら超ウケるんですけど。てか、自分のこと朕って言う人初めて見たわ。どんなキャラ作りよ?」


 どの口が言うと十児がルゥナを睥睨していると、


「っと、これは朕流のジョークですヨ。初対面の人と、円滑なコミュニケーションを施せるように、ネ!」


 こほんと空咳し、ハマはきらきらと輝く笑みを見せた。

 明るく振る舞っている中国の退魔師を前に、十児は怪訝な顔。


「仙術使いのハマ、か。聞いたことのない退魔師だな」

「だねー。ルーキー? だったら、回れ右。さっさとジャスコ城から出たほうが身のためだよー。さっきだって髑髏に追われていたし」

「イエイエ。帰るわけにはいきませんヨ。朕はどうしても、魔王信長の秘密を知りたくて日本に来たのですからっ」


 ちっちっちっちと指を振り、ハマは不敵に笑う。


「それにい、この城の情報知りたくないですカ?」

「ジャスコ城の情報?」

「ハイ! 情報こそ生き残るための何よりの武器! 無知のままこの先へ進んでしまっては、いつ命を落としてもおかしくナイ。それが、この魔城! っと、そんなコトは釈迦に説法でしたネ、。それに!」


 十児が身を強張らせる。まだ二人は名乗っていなかったからだ。


「俺たちのことも調査済みというわけか」

「ハイ。初めて信長を討伐した明智光秀公の直系の子孫。それが十児サン。誰よりも強い使命感で、この魔城へ挑んだのですネ。そして、ルゥナサン。渋谷でその姿を知らない者はいないというギャル。ソニプラでしょうもないグッズを買い漁るのが趣味ですネ」

「違うし。マイブームはドクペとルートビアをかき混ぜて一気飲みすることだし」


 ぷくっと頬を膨らませて咄嗟にそう答えるルゥナ。ハマはほくそ笑んだ。


「……それで、情報というのは?」


 笑みの欠片も浮かべず、至極真面目な顔で十児は尋ねた。


「ハイっ! 朕も命懸けでこのフロアを探索したのですが、わかったコトがいくつかあるんですヨ」

「ふむ」

「まず、この城は、安土城とジャスコ両方の特色が混ざった城だというコト!」

「……まあ、それは一目瞭然と言うんだが」


 十児は肩をすくめ、金髪をぽりぽりと掻いた。

 ハマは拳法の型を作っているかのように、その場で手と足を動かしながら説明を続ける。


「ジャスコというショッピングセンターにいるのに、見通しが悪い悪い。これは、信長の魔力によって普通の城の性質に、ジャスコという要素が上書きされていると見て間違いナイですネ。そして、ジャスコ城は迷宮。敵に攻められても、主の元へ辿り着くのが難しいように作られているというコト。その最中には売り場を模したエリアがあり、そこには普通の兵ではない猛者が待ち構えているというコト」

「ジャスコ武将を知っているのか? まさか、誰かと戦ったのか?」


 佐々成政との激闘が脳裏を過ぎる。ジャスコ武将と戦って生き残ったというのならば、ハマは見かけによらず相当の腕の持ち主だと言えるのだが。


「イエ。朕は気配を消し、遠くからそーっと観察していただけですヨ。何せ、情報収集優先ですから」

「それでも、相手に気付かれずにいるなんてやるじゃん」


 それがハマの特技、仙術の力のことなのだろうと十児は推測し、耳を傾け続ける。


「朕がこのフロアで見つけた猛者……えと、正確にはジャスコ武将ですカ? 変な名前。さておき、そのジャスコ武将を三名ほど見つけました」


 ハマが指を三本立てると、十児は眉間に皺を刻んだ。

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