第11話 出会いと別れと
百の出会いと百の別れをジャスコ城は求めている。
聖騎士フィールと極道松田の邂逅もその一部に過ぎない。
ほぼ同時刻。ジャスコ城の西門近くでは、即興の演奏会が行われていた。
二人組の演奏者。その名もビー兄妹。
黒髪を腰まで伸ばし、その細部まで編み込まれたドレッドヘアが特徴的な二人。シャツと半ズボンという活発な格好をしており、腕も太ももも筋肉の繊維が見えるほど引き締まっている。
ドンナ・ビーとアンナ・ビー。顔も体型も瓜二つな二人はメラネシアのとある島出身の退魔師であり賞金稼ぎだ。メラネシアは音楽が多様な地域であり、音楽演奏慣習が祖先からの伝統として今も息づいており、彼らの得物が楽器となるのは必然だった。
割れ目太鼓、搗奏竹筒、木琴、楽弓、木製トランペット……。数々の楽器の中からビー兄妹が選んだのは竹から作ったハンドベル。精霊の宿る竹を加工して作ったハンドベルは、金属製のハンドベルにはない魂に訴えるような音を奏でることができるのだ。【リゲムチャ】と名付けられたハンドベルを両手で演奏し、ビー兄妹はメラネシアはもちろん、各地に伝承の残る悪霊を退治し、賞金を獲得してきた。
今回ビー兄妹が挑むのはもちろん、魔王信長である。
多くの伝説を生んだ信長の魂を浄化させれば、莫大な富を得ることができる。一生どころか部族全員を楽にできるような大金だ。
〝――アンナと一緒なら〟
〝――ドンナと一緒なら〟
〝――絶対に倒せる!〟
〝――賞金はアンたちがいただき!〟
そのため、ビー兄妹はジャスコ城が現れ、街が封鎖されたと知るやすぐさま日本に旅立った。
ジャスコ城に西側から入城し、数多の悪霊を抜群のコンビネーションで浄化させ、魔王の元へと躍り出るビー兄妹。
だが、その先で彼らを待っていたのは――
モアイだった。
「アッハ! ターゲットはっけーん☆ ささ、アレキサンドリアちゅあん、始末してあげて・ね・ん」
通路にアルトな声が響き渡る。音感のあるビー兄妹には耳障りな声だった。無理して作っているような声音。男の癖に女の真似をしている声。
白衣を着たその人物の声を受けて、ジャスコ城の通路をモアイが疾走する。
イースター島で有名な人面彫刻のモアイ。二メートルほどもある顔からは足が生えており、頭を大きく揺らしながらビー兄妹に向けて突進してくるのである。
「アンナ!」
「ドンナ!」
ビー兄妹は息を合わせて左右に回避。二人の動きに翻弄され、アレキサンドリアと呼ばれたモアイは壁に激突した。
「うふふ。さすがにすばしっこいわね、ビー兄妹。だけどぉ、アタシのアレキサンドリアちゃんを甘く見ないこ・と・ね」
壁から頭を引き抜き、アレキサンドリアがまたもや猪突猛進。白衣の人物の隣に立つと、くるりと回転して二人に向き直った。
「ネメシスーッ!」
「アンたちを始末する気? それで、間違いない?」
ビー兄妹は二人揃って顔を向け、白衣の男――ネメシスを睨んだ。噂に違えぬマッドサイエンティストだと心の中で声を合わせながら。
ネメシスは質問には直接答えず、「うふっ」とだけ微笑んだ。
ネメシス。ゴーレムマスターである彼は、様々なゴーレムを生んではその性能をテストするために、各地の紛争地帯を転々としているという。そのゴーレムは人間にはもちろん、悪霊の類をも消滅させる力があり、退魔師界では最も関わりたくない退魔師ランキングの上位に君臨するほどだ。
退魔師がネメシスを邪険に扱うのは、ゴーレムの性能だけでなく彼自身が狂っていたからである。
紛争地帯に介入すると言っても、彼はどちらの軍に味方するかなど何も考えてはいない。ただ、ゴーレムを戦場で暴れさせることだけを目的としており、時には敵対していたはずの両軍を結託させることさえあったという。
そのゴーレムの最新作――アレキサンドリアと名付けられたモアイがビー兄妹の前に立ちはだかっていたのだ。
「アタシの目的はただ一つ……アレキサンドリアちゃんでこの城の魔王を斃すという・こ・と。そのためならぁ、邪魔な退魔師はみーんな殺してあ・げ・る」
ちゅっと投げキッスが宙を舞い、ビー兄妹の不快度は限界を超えようとしていた。
「醜悪。しかし、魔王を斃すのはドンたち。それだけは譲れない」
「ネメシス。協調性、感じられない。だから、アンたちが止める」
「いいわ、いいわよっ! かかってらっしゃい!」
頭の上で拍手を鳴らし、ネメシスが挑発。その合図を受けて、アレキサンドリアが突進を始める。
「いくぞ、アンナ」
「マナ、燃やして、音に乗せる!」
両手の【リゲムチャ】を振り、二人は息を合わせて音を奏で始めた。
体に宿るマナを【リゲムチャ】に乗せ、演奏すればそれは時間と空間を越え、彼らが崇拝する神に届く。そして、神は奇跡を起こす。
ビー兄妹の体が淡く輝き――
「〈カイアの雷鳴〉!」
その掛け声とともに、【リゲムチャ】から雷が迸り、アレキサンドリアに向けて宙を駆ける。雷は蛇のようにうねるとアレキサンドリアの体を拘束し、強烈な閃光と共に焼き焦がそうとする。それは、メラネシアで信奉されている蛇の神カイアを体現している攻撃であった。
「わあお。これが、ビー兄妹の音響術! 間近で見られてアタシ、カ・ン・ゲ・キ」
両手を結んで片足を立てるネメシスの姿はまるでぶりっ子。
そして、余裕の現れでもあった。
「はい、耐久テストおっけー。アレキサンドリアちゃんには焦げ跡一つ付いていませーん。〈カイアの雷鳴〉……評価、Eマイナス!」
調子よくネメシスがそう言うように、アレキサンドリアは健在。神の力を借りても、ゴーレムには敵わなかったのである。
「な……」
「ドンナ。ダメ。手を緩めちゃ。次の演奏を――」
呆気にとられたドンナにアンナが声をかけた次の瞬間。
モアイの目が光った。
それは熱量を持った矢となり――
ドンナの心臓を穿つ。
「ドンナ!?」
アンナは現実を直視できなくなった。
生まれたときから、ずっとずっと傍にいた兄が――
何をするにも一緒だったドンナが――
今、アンナとは違う動作をしている。
すなわち、血の泡を吹き、通路に突っ伏すということ。
肉の焦げる不快な刺激臭が鼻腔を突く。その死の香りを嗅ぎ、アンナの顔が蒼褪めた。
「ドンナ……ドンナ……。嘘。嘘嘘嘘!」
愛する兄の、呆気ない幕切れだった。
目の前が真っ暗になりそうになりながらも、アンナは動かなくなったドンナを見つめる。
かける言葉が見つからず、ただ激しい嘔吐の感覚が喉を登ってくるだけだ。
「はい、驚いた? アレキサンドリアちゃんのビーーーム! あっは! モアイだからって、物理攻撃だけなわけないじゃないっ。アンタたち、想像力が致命的に欠如しているわね! と・に・か・く。これでもうアンタはビー兄妹じゃあない。ただのアンナ・ビーよ!」
「ネメシス……」
声と足を奮わせ、力の限り仇を睨みつける。しかし、兄と共に戦意も失ってしまった。
もう今までのように【リゲムチャ】を奏でることなどできない。
下唇を変色するほど強く噛み締める。
もはや、ここまでだ。
猟犬に追い込まれた獣のような心境だった。アンナはその場にぺたりと座り込むと、白目を剥いている兄の顔を引き寄せた。
抗戦の意思を見せないアンナの姿を見たネメシスは、細い眉をびくんと引き上げる。
「あら? もう降参ってこと? もーう、そんな態度取られちゃ、アタシもなんだか罪悪感が生まれちゃうわねぇ。だ・か・ら……」
そして、パチンっと指を鳴らすと、
「後腐れなく殺しまーす」
再びアレキサンドリアの目が光り、熱が集まる。
〝――これで、いい。アンも、ドンナのところへ……〟
少女が目を閉じ、涙を流し、全てを受け入れようとした瞬間だった。
「ベアタックル!」
その野太い声が聞こえたかと思うと、アレキサンドリアはどすんという音を出して横転。ビームはアンナから逸れ、鞭のようにしなると魔城の床を焼き焦がす。
「え?」
「は?」
自分の命がまだ崖の上に立っていることに気付き、アンナは目を開けた。
ようやく理解する。謎の闖入者が現れ、自分の窮地を救ったのだと。
だが――明瞭になる視界に飛び込んで来たのは、またまた奇妙なモノだった。
自分はもう現世にいないのではないかと思ったほうが納得できるほどだ。
「少女よ、生きることを諦めるでないッ!」
アンナの窮地を救ったのは――
熊だった。
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