第10話 狂犬、吠える
「ははっ。松田の兄貴は六道会最強なんやで! どうや!」
聖騎士と極道の一騎打ちを観戦し、原口が声を弾ませる。
原口は松田が最も可愛がっていた部下であり、原口もまた松田を最も信頼していた。
だからこそ、このジャスコ城に共に乗り込み、どんな苦難があろうとも支える覚悟をしたのだ。
原口はヒーローショーを間近で見る少年のように目を輝かせる。
彼もまた、かつては荒れに荒れていたチンピラだった。喧嘩に明け暮れ、この近江八幡市に流れ着き、やがて松田に出会い、半殺しにされた。それから、六道会の一員となって下積みを続け、今に至る。
松田は原口にかつての自分を重ねていたのだ。だからこそ、生涯の証人として原口を付き人に選んだのである。
「ええぞ、松田の兄貴! そこや! やれっやれっ!」
拳を突き上げ、声援を上げる原口。目が爛々と輝き続ける。
「ああっ。やっぱ松田の兄貴は、カッコええわッ!」
だが――
その瞳は唐突に曇ってしまった。
「は……がががっ……?」
原口の声にならない声が、喉から這いずるように出てきた。
「原口?」
異変に気付いた松田がフィールの相手を止め、原口に目を遣る。戦意喪失と見たか、フィールもピタリと【オズサーベル】を制止させると、彼の視線をなぞった。
はたして、松田とフィールの二人が見たのは――
人間ほどの大きさの狼に、頭から噛み砕かれている原口の姿だった。
「原口っ! オイ、な、なンやコイツはっ! 原口を離さんかい!」
原口を助けるべく、松田は木刀を狼に向けて突く。だが、狼はぷいと顎を振ると、原口の体を投げ捨て、ひらりと【神梛刀】を回避した。
床に叩き付けられた原口の元へ松田が駆け寄る。
「原口、しっかりせえ!」
しゃくりあげに近い声で原口の名を叫んだ。
しかし、白眼を剥き、口をぱくぱくと動かしてその体は痙攣。頭からは脳漿と重油のようにねっとりと血が流れ続けていた。肌の感触も体温も、次第に劣化した写真のように薄れていくようだ。フィールは居た堪れない思いで口を歪ませ、狂乱に陥ろうとしている松田を叱咤する。
「松田。原口はもう事切れている」
「クソがッ!」
鼻息を荒くし、松田は自分の拳をジャスコの床へと打ちつけた。
「僕たちの相手は、『こいつら』だ!」
【オズサーベル】を通路の奥に向け、フィールが叫ぶ。
心の奥で警報が鳴り続けた。
やがて――
通路の奥から男が現れた。一頭の狼を従え、その頭を優しく撫でながら。
「騒がしいと思ったら、人間が入り込んでいたんだね。ふふ、お掃除ご苦労様。えらいねえ。ほうら、ご褒美のペットフードだよぉ。よく噛んで、食べて、大きくなってねぇ」
奇妙な姿をした男だった。
白衣に袴という出で立ち。それだけならごく普通の和装である。
だが、その男はさらにエプロンを着ていたのだ。男はエプロンのポケットから、小石サイズのペットフードを宙に向けて放つ。すると、狼は軽やかにジャンプし、空中でぱくりと食べた。
「なンやジブン……。その狼の飼い主かっ! 原口に襲わせたんやな!」
激昂した松田が叫ぶと、男は顎先に人差し指を添えて、
「うーん、飼い主と言うのは、ちょっと違うかな。ただ、買い手が見つかるまで育てているだけで」
「……? 何を言うとるんや、お前は……」
顔を顰めた松田に騎士は告げる。
「松田、感じないのか。この男から迸る禍々しい力――魔力を」
「魔力かどうかは知らん。けど、カタギやないのはわかる」
「こいつは……魔王の配下……。それも、かなり魔王に近い立場の者だ」
「魔王っちゅうんは、このジャスコを乗っ取ったアホのことか? んじゃ、コイツは幹部ってとこか。なら、ワシと同じやないか」
血管がはち切れそうなほど力強く【神梛刀】を握り締め、松田は瞳に瞋恚の炎を灯す。
「ははっ。幹部か。その呼び方も悪くないね。だけど、私は信長様からしっかりと役職を与えられているんだ」
狼を愛でながら、うっとりとした声で男は答えた。
「ジャスコ武将――『ジャスコペット』店長、堀秀政ってね」
「ジャスコ武将……?」
松田がぴくぴくとこめかみを動かす。
「『ジャスコペット』……?」
フィールがしっかりと【オズサーベル】を握り締める。
まったく意味がわからない言葉だった。
「あれ、私の名前……堀秀政には反応ない? 困ったなあ。これでも、生きていたころには、それなりに名の知れた美男子だったんだけれど」
怜悧な瞳に困惑の色を浮かんだ。
「知らんな。ちゅーか、さっき信長って言いおったか? この城乗っ取ったアホは、信長の亡霊なんか?」
「あはは。そこから言わないとダメ? この城に乗り込んだからには、私たちのことを知っていたかと思っていたんだけれど」
ジャスコ武将にして「ジャスコペット」店長堀秀政が頬を搔き、照れ顔を浮かべる。その顔は確かに眉目秀麗。現代ならば、男性アイドルグループの一員となってもおかしくないほどだ。
ぷちぷちと松田の血管が動くのを一瞥したあと、フィールは警戒しながら、
「松田。このジャスコなる店を乗っ取ったのは、確かに貴方も知る織田信長……魔王織田信長だ。もっとも、僕の知識の信長と、今の信長とでは齟齬があるようにも思えるが」
「信長が地獄から蘇りおって、それから幹部連中も生き返らせた。そんでもって、ジャスコの仕事をさせるようにした。あーはいはい。だいたいわかったわ」
【神梛刀】を脇に挟むと、松田はパキパキと両手の骨を鳴らす。
そして、咆哮。
「ザケんなアホがッ! そんなアホに原口が殺されたままでたまるかドアホッ!」
「おお。怖い怖い。まるで丸一週間何も食べていない野犬のような凶暴さだ」
怒号を聞き、堀秀政の狼が身を起こして「グルル」と威嚇を始める。その剣幕はまさに縄張り争いをしている野生動物のような迫力だった。
「ジブン、覚悟せえよ。六道会幹部松田重左衛門と、六道会新入りのビールがジブンを、八十五年の日本シリーズんンときの西武みたいにボコったるわ!」
「……まず僕は君の仲間になったつもりはないし、僕の名前はフィールだ。だけど、わかる。ジャスコ武将堀秀政……貴様を斃さなければ、魔王の元へは辿り着けないと!」
松田の【神梛刀】とフィールの【オズサーベル】の切っ先が堀秀政の首に向けられる。ほんの数分前まで火花を散らしていた極道と聖騎士は、ジャスコ武将の登場により死線を重ねることを選んだのだ。
散ってしまった者へ報いるために――
一秒でも生き抜き、魔王の首を獲るために――
「いいだろう。私も蘇ってから退屈していたんだ。それじゃあ、私の商品と一緒に、遊んでくれるかい?」
「歯ァ食い縛れやッ!」
「聖騎士の名の下に、悪を断つ!」
松田とフィールが同時に床を蹴り、堀秀政に立ち向かう。
ジャスコ城は血を求めている。殺戮を求めている。そして、贄を求めている。
魔王が不敵な笑みを浮かべていることを知らないまま、役者は舞台の上で踊り始めたのであった。
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