第9話 騎士道と極道

 松田重左衛門の生涯は常に荒波だった。

 幼いころに両親が離婚。すぐさま親は再婚するが、その再婚相手から松田は度重なる虐待を受ける毎日が始まった。

 何度も殴られ、何十回も蹴られ――それでも松田は泣くことなく――反抗を始めた。手始めに再婚相手の指を噛み千切り、次にその両目を指で突き、最後に喉を締め付ける。手痛い反撃を受け、その再婚相手はまるで最初からこの世に存在していなかったかのように松田の前から姿を消した。

 中学に進学することには、喧嘩が日課。同級生上級生の相手に飽きた松田は、近隣の高校や暴走族に手を出し、その暴れっぷりは近畿中に広まったという。

 松田の根源にあるのは、この世界への怒り。理不尽に暴力を振るわれたからには、無慈悲に返すのが松田の流儀だった。

 破壊の限りを尽くそうという松田に転機が訪れたのは、近江八幡市に拠点を持つ六道会との接触――幹部である勝花という男に出会ってからだった。例によって勝花と路上で喧嘩を始めた松田だったが、呆気なく敗北。生まれて初めて無様に仰臥するという屈辱を味わった。

 そして、松田は勝花に諭される。


〝――お前は力の使い方を知らない野良犬だ。だが、見込みはある。ウチが面倒見てやる。お前を、野良犬から狂犬に躾けてやるわい〟


 その言葉を受け、松田は呪縛が解けたような顔を作り落涙。次の瞬間には頭を垂れ、土下座をすると六道会の一員となるのだった。勝花の付き人となった松田は、時には不良少年を懲らしめ、時には悪質な路上販売員を脅し、時には煽り運転のドライバーを返り討ちにし、時には老人を騙そうとする詐欺集団の事務所に乗り込み文字通り壊滅させた。

 松田は勝花を支え続け、やがて勝花は六道会の組長を継いだ。勝花の組長襲名を誰よりも喜んだのが、この松田重左衛門に他ならなかったのだ。

 だが――

 そんな松田の極道生活は、またもや一変してしまった。


 ジャスコ城である。


 この世紀の魔城の登場により、近江八幡市は封鎖され、六道会の面々も退去を余儀なくされたのだ。

 許せなかった。故郷が踏み躙られるような目に遭うことが。親しんだ街から離れなくてはならなくなる屈辱が。何より、シマを荒らされるのが何よりも耐えきれない。


〝――ワシらの街を返してもらうで〟


 老体となった勝花の代わりに六道会の代表として、魔の手から街を解放するために――

 松田は立ち上がったのである。




「……ちゅうわけで、この気味悪ィ城があったら、ワシらも商売ができへん。せやから、カチコミに来たんや」

「……極道。マフィアのようなものか? しかし、この瘴気溢れる魔城に、何一つ怯んではいない……いったい、どんな精神耐性の訓練を受けたんだ? やはり退魔師なのでは?」


 聖騎士フィールは思案顔で松田を見つめる。


「オイオイ。いくらワシでも男には興味ないで。そんなうっとりするような目で見んなや。どうせなら、殺す気で睨んで来い」


「ならば、望み通り」とフィールはきっと睨んだ。


「松田。先程あなたは僕に協力してほしいと言ったな」

「せや。勇み足でジャスコに乗り込んだんやけどな、さすがに原口と二人だけやとしんどいんや。せやから、組長代行として命令するで。アンちゃん、六道会の一員になれや」

「……は?」

「面倒なしきたりは、外に出てからでええわ。とにかく今は、ワシらと目に見えへん杯を交わそうや」

「待て、松田。僕は母国に忠誠を誓った聖騎士だ。他の組織に属するなど許されない。第一、マフィアと聖騎士が手を組むなどあってはならない」

「はっ。頭の固いアンちゃんやな。マニュアルがないと動けん、コンビニの店員かいな」

「兄ちゃん、松田の兄貴の話聞いてなかったんかいな。松田の兄貴は兄ちゃんに命令したんや。ウチら六道会の一員になれと。そこに拒否権はあらへん」


 松田と原口。合わせて三つの瞳に、静かな怒りを湛える聖騎士の顔が映り込んだ。


「聞く耳持たずか。ならば、聖騎士道原則に乗っ取り、僕も行動しよう」

「あン?」


 フィールは【オズサーベル】を引き抜き、その切っ先を松田に向けた。


「『自由を縛る者に抗うべし』……松田、原口。悪いが、この魔城からお引き取り願おう」


 聖騎士の気迫を受け、聖剣が淡く輝き始める。城内に緊張の糸がぴんと張り巡らされた。


「なンや。やる気かいな。ワシらなら仲良くできると思うとったんやけどな」


 ぽりぽりとオールバックを掻き、一息吐いたあと松田も腹を括る。


「死なない程度に加減はする。覚悟っ!」


 刹那。竜巻のように身を捻り、フィールは【オズサーベル】を薙いだ。

 だが、松田は果敢にも木刀を縦に構えると、鬼気に近い気迫を纏い、腹筋に力を入れる。


「フンっ!」

「何っ!」


 フィールが瞠目する。【オズサーベル】が、松田の木刀によってぴたりと止められてしまったのだ。フィールは両腕に力を込めるが、聖剣はわずかに揺れるのみであった。


「力比べならワシの勝ちやな、アンちゃん」

「……なんだ、この膂力は。いや、その木刀……ただの木刀ではないのかっ!」

「ハッ!」


 呼気と共に松田が木刀を振るえば、フィールは弾き飛ばされ通路の上で横転。受け身を取ると、すかさず剣を構えて松田を凝視する。


「アンちゃんの剣も大層なモンのようやけどな、ワシの【神梛刀かみなぎとう】には敵わんようやの」

「【神梛刀】……。それは、日本の神器なのか?」


 松田は白い歯を見せ、【神梛刀】の美しい木目模様を人差し指と中指で優しくなぞっていく。


「ある神社の神木やった梛っちゅう丈夫な木を加工して作られたんがこの【神梛刀】や。せやから、神様の加護があるんちゃうんか? よう知らんけどな」


【神梛刀】――それは六道会の縄張りで商売していた露天商から接収した木刀である。松田自身もその力を信じずにいたのだが、ジャスコ城へ乗り込む際に勝花に勧められ、愛用するようになった。


「組長の見込んだ通り、ワシはこの木刀でジャスコん中のバケモンを退治することができた」


 幼少からの戦闘力と死線を潜り抜けた経験を元に、退魔師ではない松田も魔物を屠る力を得たのである。その道中はとても愉しく、無慈悲に暴力の嵐を巻き起こしたのだが、さすがに一時間もするころには飽きてしまったのだった。


「他にも、胡散臭い露天商から貰った退魔グッズも持っとるが、試してみるか?」

「……松田。あなたは、僕が出会った人間の中でも、最上位の戦闘力を持つ男だ。それは保証しよう」

「ほう、六道会に入る気になったか?」

「……いや、一人の戦士として見込んだんだ。僕も『本気』を出させてもらう。その【神梛刀】を叩き折ったら、この城から出ると約束してくれるか?」

「はっ。これは象が踏んでも壊れへん筆箱よりも固いで。そう簡単に、うまくいくと思うなよ」


 極道である松田に恐れなどない。相手が異能の力を持つ外国の騎士だろうと、人間ならばねじ伏せることができる。そう確信して、松田は【神梛刀】を片手で構え、くいっと顎を引きフィールを煽った。

 フィールが床を蹴り、弾丸のような速さで迫ると、雨のような剣捌きを松田に繰り出す。しかし、松田はその全てを【神梛刀】で悠然と受け流し、防ぎ切る。重く速い一撃を受け、普通の木刀どころか日本刀ですら折られてしまうはずだが、【神梛刀】は耐え切っていたのだった。

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