第8話 遭遇

 碧眼が収縮する。初めて見る異形だった。


「さっきの骸骨とは違う……魔物か?」


 髑髏とは違い、その敵にはしっかりと肉が付いていた。ぶよんとした腹を踊らせ、毛皮のようなものをズボンの代わりに履いている生物。異質な存在であると主張するかのように、頭からは一本の角が生えていた。


「その角、そうか。日本の悪魔――鬼だな」


 フィールは恐れるどころか心を弾ませた。日本の有名な悪魔を斬れることに歓喜していたのだ。

 だが――その鬼はこのジャスコ城においてはただの鬼ではなかった。


「ダイシャトオリマスッ!」


 鬼はガラガラと何かを引いている。それは、ジャスコの店員が段ボールに詰まった商品などを運ぶ台車――カートラックであった。


「な……」


 鬼はフィールを発見するや否や、腕をびゅんっと引き、遠心力を利用してカートラックを滑らせた。小型車ほどの全長のあるカートラックがフィールに迫る。激突すれば重症では済まなくなるだろう。

 フィールは逃げなかった。極めて冷静な顔色で【オズサーベル】を握り締め、意識を集中する。自然に宿る生体エネルギーエーテルを【オズサーベル】に注ぎ、さらに心を燃やすイメージ。すると【オズサーベル】に赤い光が宿り、それは燃え盛る炎として具現化した。


「喰らうがいい、〈火竜の爪〉!」


 フィールが【オズサーベル】を逆袈裟に振るうと同時にカートラックに三本の亀裂が走り、瞬時に炎上。熱風がマフラーを揺らし、フィールは身を屈めた。


「たあっ!」


 床を蹴り、距離を詰めるとフィールは鬼の首を斬り落とす。断末魔すら許さない剣速だ。鮮やかな所作で【オズサーベル】を下段に構え、フィールは一息吐いた。


「日本の魔物は、こんな武器を使うのか。全く予想外だった」


 ジャスコ城の洗礼を受け、フィールは驚嘆する。日本の悪鬼なのだから、日本刀や竹槍、火縄銃と言った武器を使うものだとフィールは想像していたのだ。

 そして、聖騎士に休息は許されず、想像を凌駕する邂逅が訪れるのであった。


「なンや。えらい爆発があったかと思うたら、アンちゃんがやったんか? ああ?」


 フィールの凛々しい眉がぴくりと動く。通路の奥から響いたのはドスの効いた声。フィールは一瞬で【オズサーベル】を向けると、猛禽類のような眼光を作った。


〝――今の魔物とは違い、はっきりとした声だ。まさか、魔王配下の上位の兵か?〟


 ショッピングカートを押す髑髏も、カートラックを引く鬼も雑魚だと理解しながら、フィールは警戒心を最大限にまで高め、息を詰める。

 やがて、声の主がゆらりとフィールの前に現れる。


「はっ。立派な鎧着よってからに。今日はハロウインとちゃうで、アンちゃんよぉ」


 その男は見るからに強面だった。オールバックの髪型に、彫りの深い顔。そして、右目を覆うは黒い眼帯。只ならぬ気迫を、約百九十センチという長身から放ち続けている。灰色のスーツとスラックス、そして革のブーツを身に纏った姿をしており、手には木刀のような武器を持っていた。どう見ても戦場に赴く戦士の姿ではなくフィールは訝しんだ。


〝――魔王の配下ではない? なぜ、一般人がこの魔城に?〟


 魔の力を得た悪鬼には近代兵器など無効。雨のような銃弾を浴びせても瞬時に傷を癒し、突貫してくることだろう。故に自衛隊などはジャスコに突入することができず、魔の力を破る技術を持つ退魔師に頼らざるを得ないのだ。

 そんなジャスコの中で、一般人としか思えない男が――いや、男たちと聖騎士は遭遇したのだ。


「松田の兄貴、この兄ちゃん、えらい強そうでっせ。力になってくれるんとちゃいまっか?」


 松田と呼ばれた長身の男の傍らには、今まで存在感がなかったが小柄な男が立っていた。こちらはアロハシャツのようなものを着たラフな姿。フィールからすればこの魔城を舐めているとしか思えない格好だ。


「せやなぁ、原口」


 ばんばんと松田が原口の背中を豪快に叩く。フィールは脂汗を流しながら、鋭い声を放った。


「……聞きたいことは山ほどある。しかし、まずは騎士の性分に乗っ取り、名乗らせてもらおう。僕の名はフィール・トリニティ。この城の魔王から魔界の謎を解くべく日本に来た騎士だ」


 聖剣を構えフィールは凛々しい表情で名乗った。

 対面の松田と原口はにいっと笑ってから、


「ワシは六道会の幹部、松田重左衛門。そしてこいつは使い走りの原口や」

「六道会……? なんだそれは。日本の退魔師の組織なのか?」


 表情を引き締め尋ねると、松田は通路に響き渡るほど大声で笑い出した。


「はっ。そんなんやない。ワシらは『極道』や」


 フィールは小首を捻る。


「ゴクドー……?」


 聞き慣れない響きだった。もしや、退魔師を超えた存在なのだろうか。それとも、魔に堕ちた者のことなのだろうか。緊迫した時間の中で、フィールは思考を巡らせる。とにかく、この者たちが只者ではないのは確かのようだ。

 松田は頬を邪悪に染めると、


「なあ、アンちゃん。ワシに協力してくれへんか?」


 全く想定外の答えに、フィールは豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしてしまった。

 聖騎士と極道。

 決して交わってはならない彼らによって、ジャスコ城の混沌はさらに加速するのであった。

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