第7話 ジャスコに集う者たち

 ジャスコ近江八幡店。

 一九九一年に開業したこの大型ショッピングセンターは近江八幡駅と接しており、地元の住民はもちろん、名勝目当てに訪れる観光客たちにも愛された店でもあった。

「JUSCO」の大きな看板と、壁に刻まれた「ジャスコはよる10時まで営業」という文字がやけに目立つジャスコだ。四階建てなので全高は三十メートルもないのだが、今では天主がどんとジャスコに乗っているため、より高く見えている。


 十児とルゥナはこの異様な建物に近付き、改めて信長の魔力の恐ろしさを味わった。建物全体からは禍々しい殺気のようなものが溢れており、とても人々に快適な生活を送らせるショッピングセンターには見えない。

 ルゥナが不機嫌そうにジャスコ城を仰ぐ。


「なんつーか、本当にブスな城」

「それだけ壊しがいがあるということだ」

「それで、十児。どこから攻める? このジャスコには入り口がいくつかあるみたいだけど」


 ルゥナが首を傾げ尋ねたときだった。

 ジャスコ城の自動ドアが横に開いた。誰も前に立っていないのだが。


「っと、歓迎されているみたい?」

「正面突破だ」


 身を屈め、十児は地面を蹴ってジャスコ城へと乗り込んだ。


「俺の先祖も、正面から堂々と乗り込み、信長を討ったと聞いている」


 父や祖父から聞かされていた信長の魔城の話を思い出す。

 最初の魔城――本能寺のときから、信長は城内部に多くの罠や魑魅魍魎や悪鬼を放っていると。そして、その魔力によって城の内部の構造を変えたり、空間を歪ませたりすることもできるとも。

 十児はより警戒心を研ぎ澄ました。いつ佐々成政のようなジャスコ武将と会敵するかわからない。神経を集中する。この集中力が途切れたとき、死ぬようなものだと自分に言い聞かせながら。


「ここがジャスコ城……」


 辺りを見回す。

 照明が灯されており、網膜にくっきりと様子が刻まれた。

 公衆電話やリサイクルの回収用ゴミ箱が設置されたエントランス。有名女優がジャスコの会員カードを勧める広告。これではただのジャスコだ。

 だが、ジャスコ城は早速牙を剥き、十児たちを歓迎するのだった。


「イラッシャイマセッ」


 そんな言葉とともに、異形が現れたのだ。カタカタと体から軽い音を鳴らすその姿は、市街でも見かけた髑髏。しかし、このジャスコ城の髑髏は――

 ガラガラガラガラ……。

 そんな音を出しながらショッピングカートを押していたのである。


「さっそく妙なの来たって感じ?」

「ジャスコ兵と言ったところか!」


 ジャスコ兵はショッピングカートを押しながら、十児とルゥナに向かって突進を開始。

 佐々成政ほどではないが、若干その動きは速くなっているようにも見えた。


「だが、雑魚だ! お前たちに用はない!」


 十児が刀を閃かせる。瞬時にジャスコ兵はカートごと切り刻まれ、フロアに崩れ落ちた。


「仕事熱心な髑髏さん。時給八百円くらいかな?」


 踊るようにステップを踏みながら、ルゥナも【プリクラ手裏剣】を放ち迎撃する。


「それにしては、人員が多い気がするがな」


 十児が見つめる先には、ショッピングカートを押すジャスコ兵が十も二十も控え、まさに軍隊のように進行していた。


「数で勝負するつもりか。だが、百人だろうが千人だろうが、斬り伏せてみせる!」


 髑髏の群れに怯むことなく、十児は一騎当千の境地で迎え撃つ。

 屍の山が築かれていくジャスコ城正門。

 しかし、この悪鬼が蠢く魔城での戦闘は、他の場所でも発生していたのである。




 ジェヴォーダン。

 それは名の通りフランスのジェヴォーダン地方で発見されたことにより名付けられた魔獣である。どこからか現れては村の人々の腸を喰い、どこかへと消えていく謎の多い生物。一般には狼のような大きさで、ライオンのような毛皮を持つ姿をしているらしいが、見る人によってその姿が変わるとまで言われている。その身に宿した魔力により、姿を隠蔽しているという説がフランスの退魔師協会の結論である。十六世紀に初めてその姿が確認されてから現在に至るまで、その実態は明らかになっていない。倒しても亡骸が瞬時に溶けてしまい、解剖することすら彼の獣は許してくれないのだ。

 だが、魔力を有するからには、この物質界とは違う魔界由来の生物に違いない。

 聖騎士フィール・トリニティは常々そう考えながら、ジェヴォーダンを狩り続けてきた。

 魔界とは、いったい何なのか。物語でよく見るような、この世界と似て非なる異世界なのか。それとも、地獄のような世界なのか。

 その謎を解く鍵は、日本の魔王信長にあるに違いない。

 フィールはそう確信し、愛剣を携えてはるばる日本へと羽を伸ばした。ジェヴォーダンが出現したのは十六世紀。魔王信長が降臨した直後なのだ。因果関係があってもおかしくない。


「これが日本の魔城。なんて禍々しいんだ」


 そして、彼はジャスコ城に到達した。十児たちがジャスコ城に乗り込むほんの一時間ほど前、彼らとは別の入り口――南門から入城……いや、入店したのである。

 金髪碧眼。その凛々しい姿はまさにお伽話に出てくる王子のようだ。爽やかな笑顔を常に浮かべることから女性人気も高いフィールだが、今は笑える状況ではない。

 マフラーを首に巻き、銀の鎧に身を固め、フィールはジャスコ城を進む。


「イラッシャイマセェッ!」


 どこからともなく現れるカートを押す髑髏兵。フィールは目を見開き、聖剣【オズサーベル】でカートごと髑髏を斬り裂く。豪胆にして流麗な剣筋は、彗星のような軌跡だ。


「……これで何度目だ」


 フィールは半ば呆れ気味に嘆息した。


「魔王と会わねば、魔界の情報を得ることができない。しかし、このジャスコなる魔城は、まさに地下迷宮のようだ」


 魔城と化したジャスコは信長の膨大な魔力によって空間が歪み、ほぼ迷路として構築されていた。見通しが悪く、壁のようなものが左右にあり、通路も距離感覚が掴めないほどの長さとなっている。


「そう、ダンジョンだな。これは」


 古典的なテーブルトークRPGをフィールは連想する。

 自分はその駒だ。怪物の蔓延る迷宮を探索し、様々な罠や危険と出会う。

 ジャスコ城はそんな神秘や財宝が眠る場所。そして、最後に待ち受けるのは魔王だ。


「神はダイスを振り、僕にどんな目を遭わせるのだろう」


 フィールは【オズサーベル】をしっかりと握り締める。

 聖剣【オズサーベル】。それはその名の通り、オズと言う名の賢者が造り上げた聖剣であり、魔獣と戦うフランスの聖騎士に代々伝わる武器でもある。

 フィールはその【オズサーベル】の正統なる継承者。この剣を手にするまで、仲間の聖騎士と剣技の研鑽を高め、ジェヴォーダンの多くを屠ってきた。今までの経験がフィールを生かし、このジャスコ城での活力に変えている。

 実際、彼の剣技は信長の配下にも通用している。

 今のところは――


「魔王はやはり、外から見えたあの天主にいるのだろう。ならば、上階に行く方法を探さねば」


 フィールの額に脂汗が浮かぶ。彼はこのジャスコ城に入り込んでから一時間、まったく階段やエスカレーターといったフロアを移動するものを目にしていないからだ。


「ふふ。魔王はさすがに、すぐには僕と会ってくれないようだね」


 そう一息吐いたそのときだった。


「イラッシャイマセッ!」


 フィールの目の前から。また新たな敵が出現した。

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