第6話 ギャル忍者

「ぎゃ、ぎゃる忍者だとぉ!」


 佐々成政が驚愕したように、ルゥナは当然ながらただの少女ではない。室町時代から大名などに仕え、隠密活動や暗殺などを行ってきた風魔一族の一員だったのである。優れた戦闘センスを持つ彼女のポリシーは「擬態」だ。今のルゥナはどこからどう見てもギャルなのだが、それは仮の姿。その体や小道具には古代から受け継がれてきた忍の武器を隠しているのである。


「佐々成政、俺ばかりに気を取られんことだな。ルゥナは、ある意味俺より強いぞ」

「いしし。さあ、おやじっち。終わりにしよっか」

「ふははは! だが! 儂はジャスコサイクル店長! 壊れた自転車を直すジャスコ術〈サイクル補償〉があるのだ! さあさあ、いざ迅速に、自転車よ蘇れ――」


 その言葉は最後まで続かなかった。佐々成政の喉元に、名刺サイズのカードが突き刺さっていたからだ。


「あ……が……?」


 顔を青くさせ、佐々成政は喉に突き刺さっていた〝それ〟を引き抜き注視する。そこには、Vサインをして微笑むギャルの写真が映っていた。それも、同じ写真が四つ一枚に纏められている妙なカードだ。


「あたしの……おやじっちにア・ゲ・ル♡」


 ルゥナが小悪魔的に微笑みウインクする。

 これもまたルゥナの忍者道具【プリクラ手裏剣】である。ルゥナが霊力を加え投げたプリクラは木の枝を裂き、鉄にも食い込む。その【プリクラ手裏剣】が佐々成政の息の根を文字通り止めようとしているのだ。


「どうせなら死ぬ前にピチピチの若い子の顔を見て死んだ方が浮かばれるっしょ。う~ん、あたしってばなんて慈悲深いんだろっ!」

「これまでだな、佐々成政」


 苛立ちを込めた響きで、十児は敵の名を呼んだ。そして、【近景】と【貞宗】を交差させ、筋肉を躍動させると刃に霊力を乗せる。


「徐蛮をいたぶった礼だ。存分に味わえ!」


〈明智流滅却術・陰陽十字斬〉

 必殺の剣技が佐々成政の体を四分割し、装備していたプロテクターも容赦なく叩き潰す。さらに十児は【近景】を素早く一閃。佐々成政の首を斬り飛ばした。


「成敗っ!」


 佐々成政の体が道路に散らばり、ドス黒い瘴気のようなものがその各部から血の代わりに噴出。まるで蛸が吐き出す墨のようだ。


「があっ……み、見事なり……明智家の子孫よ……」


 首だけになった佐々成政が顔を歪めながらも、十児の力を讃えた。


「だが……儂を斃したくらいで調子に乗るなよ……。城内には、儂よりも力あるジャスコ武将がまだまだ控えている……。この先は地獄! 儂に討たれなかったことを、後悔するのだな……」


 呪詛めいた言葉を吐き捨てると、ヘルメットを被った佐々成政の首から上が塵となって市街に消えていった。最期を確認したところで、十児は愛刀を腰の鞘に収め、一息吐く。


「これが信長の配下の大名か。まったく想像外の戦法だった」

「なんか、『佐々成政は四天王の中でも最弱』……って感じなこと言ってたんですけど」

「加えて、本陣であるあのジャスコ城から離れたことで、力が弱まっていた可能性もある」


 魔城は文字通りパワースポットであるため、魔の力を持つ者を活性化させる場だ。しかし、佐々成政は自転車での戦法を好むからか、外に飛び出てしまっていたのだろう。


「これがジャスコ城内での戦闘なら、あたしたちどうなっていたと思う?」

「それを愚問と言うんだ、ルゥナ。何があろうと、俺は信長とそれに連なる者を斬る! そのために、今まで生きてきたんだからな」

「頼もしいねぇ。……でさ、ジャスコ城に乗り込む前に、ジャスコ武将について考えてみない?」

「奴と戦って、おおよそのことはわかった。ジャスコ城には、元となったジャスコの売場を陣地として、そこを統括している担当――ジャスコ武将が存在している。ジャスコ武将は、売り場に関係する異能の力――ジャスコ術を使うことができる」

「あたしと同じ考えって感じ。ほんと、マジヤバだよね~」


 その言葉とは裏腹に、ルゥナの顔に曇りはなかった。


「そう言うルゥナは、楽しそうだな」

「十児だって。血沸き肉躍るって顔してるよ」


 十児とルゥナは視線を交差させると、頬を和らげる。


「当たり前だ。明智家の宿命とも言える信長討伐の任。俺の代になって、信長はジャスコ城だの妙な策を執り始めた。それをこの手でぶち壊せるかと思うと、痛快でたまらない」

「そうそう、その意気!」

「さて、休憩は終わりだ。乗り込むぞ、ジャスコ城に」


 腕を大きく旋回させ、ストレッチを始めた十児。まだまだ体力は有り余っているというアピールだ。


「と、その前に……」


 ルゥナは薬局の店先に放置されていた幟をおもむろに破り裂くと、徐蛮の遺体へと駆け寄った。彼の粉砕された顔が隠れるように幟をそっと優しく被せる。


「徐蛮っちも、ある意味信長に狂わされた人間だった」


 神妙な顔でルゥナは手を合わせ、彼の魂に向かって祈る。明るく振る舞うギャルの顔を隠し、黙祷するその姿は儚くも美しい。


「……そうだな。最後まで、良きライバルでいたかったものだ」


 ジャスコ城へ今にも駆け込みたい衝動を抑えて、十児もまた瞑目する。徐蛮を止められなかった自分への戒めとして、全てが終わったあと彼の遺灰は奈良の山に還したいところだ。


「徐蛮っちの話が本当なら、他の退魔師とジャスコ城で出くわす可能性もあるって感じだよね」

「…………」


 ルゥナはしんみりとしていた空気を吸い取るかのように声を弾ませて、


「あたしは、できたら仲良くしたいけどなー。連絡先も交換して、あとでカラオケオールでできる関係になったら激ヤバ!」

「相手にもその気があることを祈ろう」


 十児は小さく微笑み、ルゥナに感謝した。

 この先で十児に百の戦いがあろうと、その百の痛みが信長討伐の原動力となる。ルゥナはそんな彼を和まし癒すための役割も担っていた。彼女の言葉、仕草の一つ一つが確かに十児を支えているのだ。そして彼女自身の強さも十児は認めていた。その華奢な体には、数えきれないほどの技が隠されており、ジャスコ城攻略の役に立つはずだと確信している。


 静寂の街に、二人の戦士が並び立った。

 偉大なる先祖の意思を継ぎ、明智十児は敵陣へと向かう。

 腕に奇跡、胸に希望を込め、風魔ルゥナは彼に付き添う。

 四百年前から続く因縁の舞台――魔城にしてジャスコ城へと――

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