第5話 ジャスコ武将
十児が十字架の斬撃を佐々成政に浴びせようとする。しかし、その先端はやはり回避され、残像を斬るだけだった。
「遅し遅し! 実に遅し!」
飛ぶ回るハエの羽音のように、四方八方から佐々成政の声が響き渡った。
「現代の乗り物――自転車は実に快適なり! 峻厳な立山連峰もさらさらっと越えられること間違いなし!」
「十児、どうやらあたしたち、囲まれているって感じ」
「……一人しかいないのに囲まれているとは、妙な気分だ」
十児は精神を統一する。目で追っても無駄ならば、相手の邪気を読み取り攻撃するしかない。呼吸を整え、十児は刀を構え続ける。
その直後、背後に殺気が迸った。十児の意識に電撃が走り、超人的な反射速度で【近景】を翻す!
がきいん!
重厚な音と火花が散る。十児の【近景】が佐々成政の棍棒を捌いたのだ。
「ほっほ! 速し! 儂の速度に対応したとはな! さすがは明智家なり!」
「……お前の体を斬ったつもりだったがな……」
息を荒くして、十児は言葉を継ぐ。
「だが、覚えた。お前の邪気を。次は翻弄されることなく、お前を捉え、斬り刻んでみせる」
「やっるう! さ、反撃開始だね、十児!」
ルゥナが快活に笑い、希望が蕾から花開こうとする時だった。
佐々成政はニヤリと悪魔のように笑った。いや、実際魔王信長から力を受けているのだから、悪魔に間違いはないのだが。
「ふはは! 儂を捉える? 無理無謀無駄! ならば儂はお主の刀よりも速く動けばいいというだけのこと!」
佐々成政の体から、おんっと邪気が溢れ出す。常人ならば速失神してしまいそうなほどの圧力。それはまさに、この男の中で何かが変わったという合図だった。
「『ジャスコ術』……〈ギアチェンジ〉……」
「何――」
そう呟いた刹那。佐々成政の姿がまたもや消失。まるで最初からこの場に存在しなかったかのように。いや、そう感じさせるほど、残像を残さないほど速く移動しているのだ。十児の背筋にぞわりと名状し難い感覚が疾走する。
「ふはははは! ジャスコ武将だけが持つこのジャスコ術はァ! ジャスコ的奇跡を起こす! 儂の場合は、〈ギアチェンジ〉! この自転車の速度を最大限にまで高め、超高速移動がァ! できるのだ!」
地面から、街角から、空から佐々成政の声が映画館の音響のように聞こえた。まるで周囲に佐々成政が溶け込んでいるかのようだ。先程とは比較にならない超高速移動を成し遂げているという証拠だった。
「ジャスコ術って何……って突っ込むのも許されないほど速い! マジでなんなのこれ!」
ジャスコ武将が持つジャスコ術の脅威に、ルゥナは戦慄し顔をげっそりさせる。
「十児、ヤバいよこれ。もう見える見えないってレベルじゃないって感じ」
「……妙な技だ!」
肩を大きく上下させ、警戒心を強める十児とルゥナ。しかし、何も感じられないほど速く動いているのであれば、反撃のしようがないのだ。
瞬きをした直後には、あの棍棒で胸を貫かれるのかもしれない。
極度の緊張感を味わい、十児は表情を硬くする。
だが、相棒のギャルは、
「だったら、こっちも技を見せないとねー」
けらけらと真夏の太陽のように笑うのだった。
「ふはは。儂に恐れ、理性を失ったか小娘よ! ならば、お主から始末してやろう! 見たところ、明智家の子孫の相棒! お主を失えば、明智の小僧もさぞかし悔やむことだろう!」
「おっ。おやじっちのナンパ宣言? いーよ、あたしを好きにしても。ささ、その自慢の自転車で、あたしの胸に飛び込んでおいで!」
ルゥナがまるで相手を抱擁するかのように両腕を広げた。佐々成政の言う通り、この状況を打破する術を失い、全てを諦めたかのように。
「ルゥナ!」
十児が名を呼ぶと、相棒の少女はふふっと柔らかく微笑んだ。
そして、次の瞬間――
ぱあんっ!
道路に炸裂音が響き渡る。続いて、車と車が正面衝突したかのような音が、道路の脇にある薬局から大音声で轟いた。
「はい、釣れた釣れた」
にししとルゥナが心底愉快そうに白い歯を見せて表情をやわらげる。観念したかに見えたルゥナの行動。しかし、実はこれこそが佐々成政を誘い込むための罠だったのである。彼女の視線の先には、自転車から横転して地面に這いつくばる男の姿があった。
「な……何が起きた……? 儂に、ジャスコ武将であるこの儂に!」
佐々成政は目を研ぎ澄ますと、薬局に激突した愛車を見つけた。超高速移動を可能としたそのロードバイクは衝撃でぽっきりと折れ、さらにはタイヤが大きく破裂している。
「おお、なんということだ! 儂の自転車が……パンクしている! なぜ、なぜだ! 万全の整備で出陣したというのに!」
「佐々成政。スピードに夢中で道路を見ていなかったようだな。これを安全不確認と言うんだ。覚えておけ」
十児が【近景】の切っ先を、道路の上に散らばっている〝それ〟へと向けた。
「お、おお! なんだ、なんだそれはーッ!」
十児とルゥナの周囲に散らばっている小石サイズの物体。それは立方体やら長方体やら様々な形をしており、その角はとても鋭利だった。さらには凸凹が上下の面に存在し、物体同士を結合させることも可能となっているようだ。
「あたしが教えてあげるよ。これ、あたしがソニプラで買った『ブロックトイ』だよん」
口笛を吹き、ルゥナがブロックトイの一つを拾い上げて答える。プラスチック製のブロックを組み合わせ、車や家などを作ることもできるこの玩具は、知育教材としても親しまれ、数多くの子供が世話になったことだろう。
このブロックトイこそが、ルゥナの「武器」だった。
「現代の玩具ブロックトイ! だが、そんなものを踏んで儂の自転車がこうなるはずが、ないッ!」
ブロックトイの角には自転車のタイヤのゴムが引っ掛かっていた。玩具にしてはその角は角張り過ぎており、鋭利。万が一子供が飲み込めば裁判沙汰になってしまう。
「当たり前じゃん。これはあたしが加工した特製の【ブロックトイマキビシ】だもん」
誇らしげに胸を反らし、ブロックトイを見せつけるルゥナ。
「ま、撒き菱? お主、明智家の子孫と行動を共にするからにはただの女子ではないと思っていたが……まさか!」
威勢に満ちていた佐々成政の顔が蒼褪めていく。
「遅し遅し。今更気付くなんて、まさに時すでに遅しって感じ」
不敵な笑みを浮かべて、ルゥナは手品のように指の隙間に【ブロックトイマキビシ】を挟んで見せつけた。
「あたしは風魔ルゥナ。渋谷最強のギャル忍者……ルゥナ!」
ルゥナはまるで歌舞伎の舞台のように見得を切ると、腰や手足を揺らしてその場で踊り始めたのだった。
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