第2話 父親
父親にがんがみつかった。有楽町から家に帰っていつも通り食卓に着いて、お箸を握ったところで母親から切り出された。いつもよりゆっくり話す母親の声を聞きながら、私は意外に冷静だった。
あなたが思う以上に深刻なの、と母親がこちらを注意深く伺いながら言ったときも私は冷静だったと思う。そっか、とだけ言って目の前の白いご飯にお箸をつけた。口までご飯を運んで咀嚼している間も母親は私をじっと見つめていた。その目を見返す勇気は、あのときの私にはなかったと思う。
がんの治療が大概は通院で行われていることを私は知らなかった。病気の人はずっと病院にいるのだと思っていたのだ。病院に向かう父親が玄関から出る音を聞いて私は自室をでた。そしてしばらくその場で玄関のドアを見つめていた。簡単な見送りの言葉も忘れるほどに私は父親との関わりを持ってこなかった。
父親は寡黙な人で、それでも仕事はできるのだなと私は常々不思議に思っていた。父親はいつも家にはおらず気づいたときには会社に行っており、気づかないうちに家に帰り、また気づいたときにはいなくなっている。たまに休日にばったりとリビングで顔を合わせるとなんとなく気まずい気持ちになるぐらいに顔を合わせることはなかった。大学受験での合格を報告したときにも彼は「そうか」しか言わなかった。本当に寡黙で、何を考えているのかわからない、子供ながらに難しい人だったのだ。
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