エピローグ そして次の幕があがる


 過去、エルフと結ばれた人間がいなかったわけではない。


「パーンだってそうだし」

「うん。ロードスそこから離れないか?」


 ともあれ、降る時の違いが重くのしかかるのは、フィクションだろうと現実だろうと同じである。

 だからこそ、エルフたちは人間の寿命を延ばす方法や、若返りする方法を研究してきた。


「ただまあ、ベースが人間の肉体だからね。若く保てるのは二百年くらいで関の山なわけよ。そっからは普通に老いて普通に死んじゃうわ」

「それでもすごいけどな」

「良いことばっかりじゃないわよ? ただの人間に比べたら二倍も三倍も生きるんだもん。姿もほとんど変わらずにね」


 周囲からバケモノ扱いされるし、一ヶ所に住み続けることも難しくなる。

 七条の場合は陰陽師なので、最初からバケモノ扱いだろうけど。

 つまり、デメリットになりそうな部分はすでに存在しているという話だ。


 怪しい連中だと思われるのはいまさらだし、各地を転々としなくて良いように権力者の庇護を受ける。


「だから、私たちと手結ぶ方がはるかに利益があるのよ」


 クンネチュプアイが笑う。


 長老たちが帰ったあと、どうして彼らがあれほどへりくだった態度だったのか、という命の質問に答えてのことである。

 エルフが老人に若返りの秘薬を使ったことで、もしかしたら自分にも使ってもらえるかも、と、欲望が芽生えた。


「そんな可能性があるのか?」

「あるわよ。私とミコトが結婚したら、七条の血族は家族ってことだからね。家族にはなるべく長生きして欲しいってのは、エルフでも人間でも同じ」


 それでも人間って儚いんだけどね、と、付け加えて寂しげに笑う。

 悠久の時を生きるエルフたちにとっては、二、三百年など一夜の夢と異ならない。


「なるべく長生きするよ。アイ」

「頑張れ」






 今後、陰陽師の筆頭は七条家ということになるだろう。

 エルフを迎え、鬼の頭領や妖どもの相談役、金星人とも親しく交流を持ち、RCBとも協定を結んだ。

 これが、七条の当主たる命の功績である。


「いや、俺なにもしてないよな。べつに。コネクションはアイが持っていたわけだし」

「相棒ってのはセットで功罪を語られるもんなのよ。私の功績はミコトの功績だし、ミコトの恥は私の恥でもあるってこと」


 ツーマンセルとかコンビとかいうのは、そういうものなのだ。

 もちろん恋人でも夫婦でも一緒。

 なんだか釈然としない部分もあるが、この国の伝統だったりする。


「今後はにわか同盟の維持と、京都のエナジー安定化か」

「観光客のマナー向上もね」


 なかなかに大変な道程だ。

 貧乏暮らしをしていたときの方がはるかにラクだった気がする。

 戻りたいとは思わないが。


「ところで、今日はどうするの?」


 朝から連れだって出かけているのである。


「市長から顔を出せって連絡がきてさ」

「なんだろ?」

「つきあい始めたんなら報告に来いってさ」

「やつは私らの父親か」


 エルフが笑う。


「昼飯おごってくれるってさ」

「これからはお父さんと呼んであげよう」


 ご飯を食べさせてくれる人はみんないい人。

 じつに判りやすいクンネチュプアイの価値観である。


「まあ実際、マナー向上委員会の進捗状況も知りたいしね」

「だな」


 いまが一番しんどい時期なのだ。

 人間が動いていないから、妖たちが主戦力にならざるを得ない。


 彼らが主体だと、どうしても先日の若者のように微妙な違和感をおぼえるものが出てきてしまう。

 毎度毎度、出張って精神を操ってというのは、さすがにめんどくさいのだ。






 市長が案内してくれた店は、明治時代のサロンを移築したというレストランだった。

 場所は高級ホテルの一角で、お値段だって雰囲気に相応しい。


「すごく和のテイストなのにイタリアンというのも面白いだろう? クンネチュプアイさん」

「そうね。独特な風情だわ」


 昼間からワインを楽しみ、エルフが相づちを打つ。

 こいつ、戸籍上は未成年である。念のため。

 もちろん実年齢では、この中の誰よりも年上だ。


「なんで食事に誘ってくれたんです? そこまで親しい間柄ではないと思うんですがね?」


 一方の命はうろんげな表情だ。

 高級レストランの美味も、彼の気分を完全には上げてくれない。

 どうにも裏を疑ってしまう。


「他意はないよ。ひとつには感謝の印かな」


 にやりと笑う市長。

 彼は人外との独自チャンネルを構築した。

 間にRCBなどを挟まなくても、酒呑童子やサナート、エモンらと話ができる。


 もちろんクンネチュプアイのように親しく接することができるというわけではないが、これはチカラだ。


「あんまり深入りしないように、と、忠告だけはしておくわよ」

「判ってる。判ってますよ」


 横から口を挟んだエルフに向き合い、頷いてみせる。

 すでにして市に対して巨額の寄付の申し出があったのだ。酒呑童子から。


 ざっと四兆円。

 京都市が抱える莫大な借金を完済して、なお半分残る金額だ。

 思わず飛びつきそうなる心に必死に制動をかけ、市長はこの話を断った。


「それで正解よ」


 もし飛びついていたら、酒呑童子は市長のことを金に目が眩む程度の相手だと断じただろう。

 それは、今後の交渉において大変な不利になる。


 なにしろ関係はまだまだこの先も続くのだ。

 弱みを握られてしまうというのは避けたい。


「断ったら、飲みに誘われましたよ」

「それは行っちゃって大丈夫よ。あいつ、人と飲むのが大好きだから」


 食事は順調に進み、三人の前にはデザートが置かれた。


「明日から実戦投入できます」

「その言葉を待ってたよ。市長さん」


 市長の言葉に、命が大きく頷く。

 人間側の監視部隊だ。

 さしあたり、これで妖たちの正体が露見する可能性が大きくさがる。


「期待以上に早かったわ」

「お金をかけたからねえ」


 ボランティアを頼むのではなく、ちゃんと報酬を出して監視業務に就いてもらう、というかたちにしたらしい。

 報酬が発生するのとしないのでは、やはりスタッフのやる気が違う。


「では、作戦の第二段階スタートね」

「ああ」


 クンネチュプアイが席を立ち、差し出した右手を市長が力強く握りかえした。


「ところでアイ。俺の分のデザートがなくなっているんだが」

「おっかしいねー ふっしぎだねー」

「食べたわね。あなた」


 半眼で睨みつけたりして。


「私のもないね」


 やれやれと肩をすくめる市長だった。

 男どもが話している間に、ちゃっかりクンネチュプアイが食べちゃったらしい。


 エルフの早業である。

 まさに技能の無駄遣いだ。


 諦めて、市長がウェイターを呼ぶ。

 追加でデザートをオーダーするために。


 さすがに有終の美を飾らずにレストランをあとにするという気分にはなれないから。


「きみ、済まないが、デザートを追加で」

「三つお願い!」


 かぶせるようにクンネチュプアイが言った。


『まだ食べるんかーい!』


 声を重ねる命と市長。

 高級レストランに勤務する洗練されたウェイターが、困ったように笑っていた。



 

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京都にエルフ!? 南野 雪花 @yukika_minamino

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